負けられない戦い


 目の前で悪戯っぽい笑みを浮かべたまま、ヴァルキリーさんの体からが闇夜に包まれていく。


 「今度はさっきより速く行くわね?」


 その一言を残し、僕の前から姿を消す。


 ────ザッ。


 右後方から聞こえてきた音と共に、僕は身を投げる様にして頭を下げる───と同時、ヒュッと剣が通り過ぎた音が耳へと届く。


 さっきみたいに、後ろを振り向く余裕も無かった。


 「そんなんだとお父さんには追いつけないわよ?」


 ほんの少し前に追いつきたくなくなってきたんで大丈夫です。ほら、僕の場合は静かに狩りだけ出来れば暮らして行けるし、しばらくは生活費に困っている訳ではないので。


 流石に息子としては言わないでおくけれど。


 僕のそんな想いとは裏腹に、目の前のヴァルキリーさんはさっきとは比べ物にならないほど速度を上げ、二本の剣が織りなす連撃は苛烈を極める。


 僕みたいに一閃ごとに流れて加速していく訳ではないけど、一つ一つの動作がすごく流暢。それにも関わらず、さっきから受けている手から全身に駆け抜ける衝撃の重さには驚かされる。


 上段からの斬り降ろし、繋げて刺突。それをバックステップすれば分かっていたかの様に間合いを詰められて肩口から脇腹目掛けての素早い一閃。


 最後は刀で受け止めたけど、どれもが致命傷になりそうな重さ。元から目では追えなかったのに、出鼻を挫かれたぶんだけ僕の動きは追いつけていない。今もスピリットパスを使って何とか気配を追っている状態が続いている。


 幾度の連撃を搔い潜り、一つの隙が如実に表れるのを僕は見逃さない。


 ヴァルキリーさんの癖なのか一撃一撃を重くするためのなのか、斬りこむ直後につま先を軸に踵を滑らせるような動作が入る。


 普通だったら隙にもならない動作だけど、それが僕の裏閃で砕いた石畳の付近だと更にワンテンポ遅れて、それは確実な隙となって顔を覗かせる。


 それなら、と、僕は避ける方向をずらしながら誘導していく。


 僕のそれに気付いているのか、未だ剣雨とかした連撃を続けながらもニヤリと口角を上げたヴァルキリーさん。だけどそのまま砕けた石の上に足を乗せ、踵を滑らせる。


 その刹那、強引に態勢を立て直して前へと突き進む。

 瞬間、ヴァルキリーさんが滑らせた踵を戻すのが見える。


 僕の読みは完全にバレていた。それでも、強引に前へと押し出した体を止めれば僕が隙だらけ。


 ────っく!


 歯を噛み締めて覚悟を決める。


 劣化版、裏閃っ!!

 「───三幕、裏閃」


 僕の心の声とヴァルキリーさんとの声が重なる。


 お互いに前へと加速し、すれ違った直後に踏み込んだ足で石畳が砕け宙を舞う。


 ガキンッ!


 刀と剣がぶつかり、撒き散らした火花越しにヴァルキリーさんの顔が近くに映る。


 「何度も見たから真似しちゃった♪」


 まるでおままごとでもしている様に楽しそうに言い放つヴァルキリーさん。

 実際、小さな隙でも見つけなきゃ先取交代すらできない程、速度もパワーも負けている。唯一勝ったのは、刀を貰った時から練習してきた円舞だけだと思う。だからこそ拮抗できたんだろう。


 ………僕の長年の努力、どんまい。

 流石に自分の土俵で負けると悔しいから、後で時間見つけてもう少し練習しよ。うん。


 「ちょっと自信なくします……」

 「お姉さんが慰めてあげましょうか?」

 「ちょっと怖いので遠慮しておきます」

 「あら、これでも聖女なんて呼んでくれる人もいるのに……」


 それは流石に……と思うけれど?

 誰か、聖女なんて呼んだ人の目を覚まさせてあげて

 この人は人の弱みを握って戦わせるような人ですよ?

 


 その後も、何度も攻守を交代しながらも火花を散らすけど、終ぞ僕の刀がヴァルキリーさんに届く事は無かった。

 むしろ、最後の一撃はヴァルキリーさん曰く「ご褒美よ」という事で、なんか必殺技的なのを全身で頂きました。


 さっきまでの打ち合いが遊びだったんだなって痛感した連撃。

 止まっている状態からの急加速。そこからの連撃だってことまでは分かったんだけど、一体、何回斬られたのかまでは全く分からなかった。


 自分なりには頑張って鍛えてきたつもりなんだけどなぁ……。


 最初はアイラと一緒に食べて生き残る為。

 次はアイラと一緒に生きて行く為。


 もしも、僕が出会った人型の魔物がヴァルキリーさんみたいに強かったら?


 そんな疑問は問いかけなくても分かっている。


 「今日は楽しかったわ♪」


 石畳に寝っ転がっている僕に手を差し伸べるヴァルキリーさん。


 「ありがとうございます」

 「いいのよ。本当に楽しかったんだから」

 「そう言って貰えると………って、リーザさんが無理やり連れて来たんじゃないですか」


 世間の広さを教えてもらえたのはいい事だけど、殆ど無理矢理。


 「あっ! そう言えば罰ゲームよねっ!」

 「………あっ」


 ───あかんっ!


 観客席の方へと体を向けたヴァルキリーさんが大きく息を吸い込み、両手を口の横に添えてメガホンを作る。


 「ぜん─────」

 「あああああぁぁぁぁぁぁあああああああーーーーーーーーっ!!!!!!!!」


 ヴァルキリーさんの声に被せる様にして、腹の底から大声を上げる。


 むすぅーと頬を膨らませて僕を見てくるけれど、聞かれなきゃ勝ちみたいなもんなんですよ。別に勝つことが目的じゃないんだもんっ!!


 再び観客へと向けて手でメガホンを作り声を上げ、そして僕もそれ以上に声を上げる。


 負けられない戦いが今ここに始まったんだっ!!

 

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