卑怯だと思いませんか??
僕の背から離れると、今度はゆっくりと距離を取る。
僕が立っている場所から目測で十メートル。その位置でくるりと反転し、視線がぶつかる。
未だに微笑みを崩さないけれど、僕に向ける視線は「早く始めましょ?」といっている様に思えた。
とりあえず、僕は腰に納まっている二本の直刀を握りしめて鞘から引き抜く。
その瞬間、空気が破裂でもしたのかと勘違いしていしまいそうな程、観客達が一斉に喝采を上げる。もちろん、全てが目の前のヴァルキリーさんへと向けられた物だ。
それに応える様に観客に向かって笑顔を振り撒いたヴァルキリーさんが、すぅーっと片方の剣を上げると、自然と観客の声が薄くなっていく。
だが、僕のやることは変わらない。
いかに迅速に、いかにバレない様に負けるかだ。
いや、ほんとこれだよ。
なんでこんな事をしようとしたのかは分からないけど、僕がただの狩人だってこと忘れてるんだと思うのよ。うん。
それに「戦おうぜっ!」なんて雰囲気満載だけど、そこで「おうっ!」と応えるのは脳筋熱血系だけだよ。僕に戦う理由なんてこれっぽっちも無いんだから。
ただ「手を抜いたからもう一度っ!」みたいな展開は避けたいから、一応はそれっぽく構えを取っておく。
笑みを深めたヴァルキリーさんが上げていた剣を降ろし、だらりと両腕から力を抜いた瞬間、僕はまたヴァルキリーさんを見失う。
咄嗟に後ろへと振り返り、持っていた刀を頭上でクロスさせる。直後には、ずしりと重い感触が体に走り、骨が軋むような音が内側から聞こえてくるようだ。
「やっぱり何度も見せているから反応するわよねぇ」
「い、いえいえっ! もう限界ですっ!」
これは演技ではなく、僕の本心。
クロスした刀で受け止めた後も、それを押し込む様にしているヴァルキリーさんのせいで硬直状態になっている。
しかも僕、負けようとしていただけあってヒキガエルになりそうです。
もぉアームレスリングでひたすらと手の甲を付けまいと踏ん張っているかわいそうな男の子です。
ただ、初撃でやられたとなると「手を抜いたからもう一度っ!」作戦が実行されそうな気がするので、ここは歯を食いしばって耐えますっ。えぇ、耐えますともっ!
と、僕のそんな気合が空振りでもするかのように、体に感じていた重みが消える。
「……いきなりだとやる気が出ないのもしょうがないわねぇ」
そんな呟きと共に、指を顎に当てて天井を見上げる様なポーズ。
「そうね……。じゃあこうしましょ♪」
顎に当てていた指を離し、満面の笑みを浮かべたヴァルキリーさん。
「もしローグが負けたら……この間メアリーに何をされたかみんなに言っちゃお♪」
僕の顔からサーっと血の気が引いていくのが分かった。
「な、な、ななななんのことですかッ!」
「この間、イケないお店でメアリーに捕まったでしょ? その後、はだ────」
「分かりましたっ!! 戦いますっ!! 全力で戦いますっ!!」
「それじゃあよかった♪」
ぜっんぜんよくありませんー! 世間的に死にますー! 僕が死にますー!!
メアリーさんっ! あとでしっかりと話し合いをしようねっ!!
「ふふふ、じゃあもっと使えるんでしょ? スピリットパス」
心の葛藤はメアリーさんにぶつけるために錠をかけておいて………。
なんでスピリットパスが全開じゃないのがバレたんだろ?
「……なんで分かったんですか……」
「だって人型魔物と戦っている時のローグの輝きは凄かったのよ?」
あっ、そう言えばあの時見てたんだっけ?
必死だったからなぁ……。
「じゃあ先取交代、今度はローグから来て?」
「………はぁ、じゃあ行きます」
僕がリアルで痛めつけられるか、それとも世間的な死を迎えるか。
せめて、本気で闘ってリアルで痛めつけられよう。体の傷は消えるけど、心の傷はきえないもんっ。
体から漏れ出る精霊を一斉抑制せず、僕は地面を蹴り飛ばす。
もう僕に後戻りするなんて選択肢はない。僕の精神的未来の為にっ。
まるで僕が斬りこむのが待ち遠しいといった感じで、動かずに見てるだけのヴァルキリーさん。その脇を通り抜け、本気の踏み込みと同時に石畳が宙を舞う。
────劣化版 裏閃っ!
ヴァルキリーさんの背を見ながら横なぎへと刀を振るう。体が振り回されるようなスピードを出していないから、完全な劣化版。
それでも普通に振り抜くよりは明らかに速い一太刀。風すら斬り落とせそうな一太刀だ。
ガキンッ!
「確か……《円舞 第三幕 裏閃》。そんな名前じゃなかったかしら?」
ヴァルキリーさんは後ろを見ることなく、持っていた剣の腹で僕の刀を受け止めて問いかけてくる。
はて? 僕の円舞って父さんが練り上げた刀剣術で………。なんでヴァルキリーさんが知ってるんだろ。
「ふふふ、そんなに不思議なことわないわよ。ほら、周りを見て?」
ヴァルキリーさんに言われ、刀に込める力はそのままに観客席を見渡す。
ガヤガヤと騒がしく思えた。ごちゃごちゃとだけど、耳を澄まして声に集中してみる。
「……なぁ、あれって《円舞》じゃなかったか?」
「あぁ、確かグースが使っていた刀の技だよな?」
騒がしくしている観客達の殆どが似た様な会話をしていた。
「………えっ? なんで父さんの名前が出てるんですか??」
「やっぱり知らなかったのね」
剣をゆっくりと下げたヴァルキリーさんが振り返る。
「ローグのお父さん、グース・ミストリアは武装大会、無敗の優勝者よ。結婚してからは出場しなかったらしいけれど、私も小さい頃に見た時は憧れたのよ」
……父さん。1度も聞いたことがなかったと思いますが?
見たかったなぁ……と思うのは後悔なのかな?
と言っても、今の話だと僕が産まれる前の話みたいだし、映像に残せないんだからしょうがないけど……。
「……父さんは強かったですか?」
「えぇ、物凄く。今の私でも手が届くのかしら?」
「そんなに……ですか」
「そうそう。それに魅せる戦いって言えばいいのかしら? 凄く目立つのよねぇ」
「ん? 目立つ??」
魔法とかスピリットパスとかある世界で、刀だけで戦う父さんが目立つ?
僕はまだ見たことがないけれど、魔法合戦的な方が目立つと思うけど……。
「1番印象に残ってるのは、決勝戦が始まった直後に刀を相手に突きつけて《命を業火へと捧げた俺に貫けるものがあるなら貫いてみろ》とか言ってたのはよく覚えてるわね。それからも刀を交える度に技の名前を叫びながら戦っていたし……。確か円舞って一幕から続いて七幕が終演でよかったかしら?」
六歳から読んできた父さんの本に円舞のことは確かに書いてあったけど、確か第一幕から五幕で終演だったよね……。書くの、面倒になったのかなぁ………。それともありもしないこと言っちゃったのかなぁ……。
っていうか、この世界にも中二病ってあるんだね。それが僕の父さんで、かなりの有名人だとは想像できなかったけど。
「さ、さぁ? どうなんでしょ。僕が小さい頃には死んじゃってるんで……」
ごめんね。父さんの黒歴史聞いちゃって。
………あれ、まさかそれを知られたくなくて集落で暮らしていたなんてことないよね? 武装大会の優勝者って賞金出るはずだから生活に苦労しないはずなんだけど……。
「あっ……、ごめんなさい。変なこと聞いちゃったわね」
「いえ、父さんがそんなすごい人だって知らなかったんで嬉しかったです」
中二病以外のところですけどね?
「そう言ってくれてよかったわ。────じゃあ、お姉さんにもあなたのお父さんが言っていた業火、その片鱗くらいは私に見せてね。もし使えるなら終演まで見せてくれていいのよ?」
あぁ、僕の人生の終演なら今すぐ見せられそうですよ?
精神的な破滅っていう終演ならですけれども。
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