拒否権は……あっはい。知ってましたよ
うわ……緊張する。
目の前に見える光景を見て、僕の心に湧き出た感情がこれだ。
建屋は三階建ての小さなお城といった佇まいで、一際大きな扉の横には僕よりも二倍の大きさはある剣と盾が左右に飾られている。
ことの発端、なんていうほど畏まった事じゃないんだけど、メアリーからここに来る様にと言われた。田舎暮らしの僕が一人でこんな場所に来れば緊張せずにいはいられないよ。
僕は委縮したまま、近くに立っている騎士へと呼ばれた事を告げると、なぜか「スピリットパスを開いてください」と言われ、疑問に思いながらも少しだけ自分の体から金色のオーラを漏らす。………漏らすって、何か嫌な言葉だね。
僕のスピリットパスを見るや否や、目の前の騎士はすぐに扉を開いてくれた。この感じで言うと、僕が転生者だってことは伝わっているのかもしれないね。
案内されたのは三階で、どうやらこの階は一つのフロアになっている様だった。
「───剣聖様っ、お連れしましたっ」
僕は目をぎょっとさせる。
剣聖? なんでそんな人が僕を呼んだのさっ!!
「あら、思ったより早かったのね。入って来て頂戴」
………どこかで来たことのある声が僕の耳にも届きましたね。
「では失礼致しますっ」
そう言って、僕の前にいた騎士が扉を開け、中へ入る様にと目で訴えかけてくる。
とりあえずその騎士に「ありがとうございます」と小声でお礼を言ってから室内へと足を踏み入れたのですが、僕は既に逃げ出したくてしょうがないのです。まぁ逃げられないのは既に分かってるんですけどねっ!
「二日ぶりね。入って入って♪」
腰の辺りまである濃い金髪の長くウェーブした髪を揺らしながら、部屋の中央にある対談用のソファーらしき場所で手招きをする女性。
「はぁ……、僕、帰っちゃだめですか?」
「それはだーめ。せっかく時間を作ったんだからお話ししましょ?」
「………ですよねぇ」
ちょっとムスッとした顔を作るヴァルキリーさんに向かって最大なため息を吐き出す。どうせ逃げ出そうとすると逃げ道を塞ぐんだろうな……。
一気に重くなった体を動かそうとして、腰の辺りにコンッと鋭い痛みが走る。
「貴様、リーザ様のお誘いを受けながらなんだその態度は?」
痛みと一緒に背中から聞こえてきた声へと目を向けると、小声の割に鬼の形相を浮かべている騎士が持っていた槍の切っ先で僕の背中を突いていた。
いっそのこと、後ろに騎士さんとヴァルキリーさんで語り合ってもらうのはどうでしょうか? ────あっ、はい、すぐ行きます。
目力の増した騎士さんから逃げる様に、僕はヴァルキリーさんの元へと向かう。
「お茶の準備はしてあるのよ。さぁ座って」
今にも鼻歌が聞こえてきそうなほどご機嫌なヴァルキリーさんは、流れる様な動作で二つのカップにハーブティーを注いでいく。
「ちなみに、僕は今日なんで呼ばれたんですか??」
一瞬、今なら逃げられるのでは? と思ったけど、入り口の前には眼力Maxの騎士さんが僕を見張っていて、逃げ出すのを諦めてソファーへと腰を降ろす。
「そんなに急かしちゃダメよ?」
「えぇ………、何か用があったから呼んだんじゃないんですか?」
手に持ったティーポットをテーブルの端に置き、顎に人差し指を当てて上を見るヴァルキリーさん。
「う~ん、用はもちろんあるのだけど………どちらかというと興味の方が強いかしら?」
「またメアリーの事ですか?」
初めて出会った時もメアリーがどうのこうのと言って僕の逃げ道を塞いだくらいなのだ。もしかしたら聞きそびれたことでもあったのかもしれないね。
「あら、それだけじゃこんな場所まで呼ばないわよ」
ヴァルキリーさんがソファーへと腰を降ろし、「遠慮せずに飲んでね?」というので、とりあえず準備されたカップを手に持って口に含ませる。
………うん、これもアイラがクレイグさんに卸していた茶葉だねっ。
実はこの世界、アイラの作った物しか出回ってないんじゃないかな?
「最近のお気に入りなのよ、これ♪」
僕の目の前で幸せ満載の微笑みを浮かべているヴァルキリーさんがいますが、僕は何も言いません。絶対話が面倒になるからっ。特にアイラが会ってくれない今は絶対ダメっ。
それからは、あれが美味しいだのあの国は面白いだの面倒だのと……。本当に雑談ばかりが続いた。それも非常に楽しそうに。僕が唖然としている姿など気にもせずに。
唯一感じたのは、目の前のヴァルキリーさんが笑えば笑うほど、扉の前にいる騎士さんから飛ばされる目力が僕の心をギュウギュウと締め付けて来る位だ。
いや、ほんとなんで呼ばれたの、僕。これじゃ営業先で接待してるのと何もかわらないんですけれど??
「ほんとローグにも一度は見せてあげたいわ~♪」
気付けば僕の名前もだいぶフランクに呼んで頂いてるようで……。
「リ、リーザさん?? そろそろ本題に入りません??」
ヴァルキリーさんの話をぶった切っておく。このままだと気付けば夜になってしまいそうだし。
すると、「あらやだっ」と言いながら口に手を当てたヴァルキリーさんがそそくさと窓際ま小走りで向かって外を眺めはじめる。
一体何をしてるんだろうと思っていると、再び戻ってきたヴァルキリーさんは「私ったら楽しくて本題忘れちゃってたわ」などとおっしゃりました。僕のギュウギュウされて変形した心臓を元に戻してもらってもよろしいですかな??
「じゃあ行きましょうか?」
「はい?? 行くって??」
「向こうに着いたらちゃんと教えてあげるからっ♪ ねっ♪」
僕の話など聞く耳を持たないヴァルキリーさんは、なぜか僕の腕を引っ張って立たせると、腕を絡ませてくる。
「な、なにしてるんですかっ!?」
「私からのサービスよ♪ 頼まれたってしてあげないんだから光栄に思う様にっ」
ニコッと笑うヴァルキリーさんですが、騎士の視線には気付かないと。案外鈍感だということはよぉーく分かりましたが。
引きずられるようにして騎士団を出たヴァルキリーさんはニコニコとしたまま何も言わずにティーグの中心へと向かって歩き始める。
最初は戸惑いが強くて気付かなかったけど、街を歩き始めた僕たちを避ける様に人々が道を作っている。それだけじゃなくて、中には僕たちに向かって頭を下げる者までいる。
「………なんで街の人達は僕たちを避けるんですか?」
思ったことをそのままヴァルキリーさんへとぶつけてみると、クスクスと笑ってから小さな声で「本当にローグは私のこと知らないのね」と、何故か嬉しそうにしたまま、僕の問いかけにはそれ以上答えてはくれなかった。
ティーグの中央、この街で一番大きなドーム状の建物まで来ると、そのまま中へと僕を引き摺って行く。
中はまるでアリーナの様で、いくつもの控室が並んでいて、それを通り過ぎると一段と開けた場所に出る。昔もこういった場所と縁が無かった僕は引きずられながらも見入ってしまう。
こういった場所でドラマが生まれるんだろうな……、と。
開けた場所はまるで闘技場を彷彿させる場所で、中央は板状の石が敷かれ、それをすり鉢状に囲む観客席。それを隔ててある場所にはジャンプしても届かない位の高さで、分厚い壁で仕切られている。
「………初めて来ましたけど、中はこんな風になっていたんですね」
「ローグは武装大会とかは見に来てないの?」
「えぇ、あの時は店の開店準備もあって暇なんてなかったですし……」
僕に絡めていた腕を解いたヴァルキリーさんがくるりと体を回して僕の正面に立つ。僕はそんな事に目もくれず、辺りをぐるりと一周見渡す。
なんというか、前の世界でも観客席なら入った事はあるけど、僕が今立っている場所は選手が試合をするような場所で、何をするわけでもないのに自然と緊張感に包まれていく気分だ。
ただ、ちょっとおかしいのではないだろうか??
「……なんで観客席が埋まってるんですか?」
観客席の全てが人で埋まっていて、立ち見客もいるほどだ。多少話し声なんかは聞こえるけれど、嵐の前の静けさと言うべきか、いる人数の割には静けさの方が勝っている。
これから何かの催し物があって、せっかく知り合ったから特等席で見せてあげるとか?
「あら、人の口に戸は立てられないって言うけど、運営の人が漏らしたみたいね」
ヴァルキリーさん、漏らすって言葉、使わない事をお勧めしてますよ。僕は。
「じゃあローグ、闘いましょうか?」
………はぁ?
「………もしかして、僕の腕を離さなかったのも?」
「言ったら逃げちゃいそうだもん」
「部屋でやたらと無駄な話が長かったのも?」
「ここの準備待ちね」
「じゃ今日の用事って……」
「ローグと戦って見たかったの♪」
腰から漆黒の剣を二本抜きながらも、笑顔を絶やさないヴァルキリーさん。
うん。今度からサイコパスって呼ぼ。うん。
「一応聞きますけど、拒否権は───」
言い終える前、僕は目の前にいたはずのヴァルキリーさんを見失った。
「───逃げちゃうの?」
───っ!!?
さっきまで目の前にいたはずのヴァルキリーさんの声が、なぜか僕の耳元から聞こえてくる。
「男の子でしょ?」
「…………僕は、どちらかというと気の弱い男の子だと自負してます………よ?」
「ふふふ、そんな男の子が大好きな女の子のために魔物と戦ったりしないの」
逃げようとしたら捕まりますよねぇ……。それに、後々尾を引くのも………ねぇ。つまり、僕が女の子になる以外、拒否権は無いという事ですね。
………性転換の手術ってこの世界でもやってるのかな。
あっ、そしたらアイラと結婚できなくなっちゃう?
あれ? この世界って同性婚認められてるのかな??
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