真実はいらないわ? ~メアリーさん~


 まったく。

 もう少し素直になってもいいと思うのだけど。


 私は心の中でため息を吐き出し、ベッドですやすやと眠る愛しい人を見下ろしてから外行の服へと着替える。


 昨日の晩に千鳥足になった彼を見つけ、向かう方向と一緒にいる相手からすぐに予想がついたからいいものの、本当に手間を掛けさせてくれる愛しい人。


 まぁ、少しやり過ぎてしまったかもしれないけど。


 着替えが終わった私は、置手紙を彼の横に残して商会で借りている別宅を後にする。


 「メアリー様、お迎えに上がりました」


 玄関から家を出ると、人がそれなりに行き交っているとはいえ、まだ彼我の場って間もないと言うのに、磨き抜かれた輝く銀の鎧を付けた赤髪の男が槍の石突を地面へと着け、深々と頭を下げている。


 彼の名は……なんだったかしら?

 いちいち護衛の名前を憶えてるほど暇ではないのよ。


 「ご苦労様、突発的な予定は入っているかしら?」

 「リーザ様から言付けを預かっています」

 「内容は?」

 「本日中に一度顔を見せて欲しいとのことです」


 私は赤髪の男に視線を向けることなく歩き始める。


 ここ最近の予定としては料理教室の案件が第一優先。クルス商会において飲食部門でトップを走るアズールセレスティアは、お父様からも押されている事業。


 各店舗の経営状況の確認は………この男に任せましょう。

 どちらかと言えば、アイラさんの様子を見に行かないと。そっちの方が今後の予定に差し支えてしまうわね。


 「あなた、各店舗の数字を全部持ってきて頂戴。場所は………そうね、夜はリーザと過ごすことになると思うからそちらに」

 「メアリー様、お言葉ですが私はあなたの騎士です。おいそれと離れる訳には行きません」


 ほんと……、これだからローグ以外の男って嫌いなのよ。


 「貴方がいてもいなくても私に支障はありません。今のこのやり取りが無駄な時間だと気付いてないのかしら?」


 「………はっ、申し訳ありません」


 騎士の男がグッと奥歯を噛み締めた跡、すぐに頭を下げる。けれど、握りしめた拳がプルプルと震えているのは横目に見てもはっきりと分かってしまう。


 イラついてるの丸わかりよ?

 こんな小娘に顎で使われるのは嫌いでしょうね。男のちゃちなプライドなんてほんと捨ててしまえばいいと思うのに。なんで捨てられないのかしら?


 赤髪の男をその場に残し、私はアイラさんを匿っている別宅へと向かう事にした。


 別宅に辿り着いて玄関を開ければ、殺風景な室内からは想像しがたいジュージューといった家庭体kな音と芳ばしい香りが漂ってくる。


 暇だからと、また料理を作ってくれてるのかしら?


 キッチンへと顔を出すとジューッと言ったお腹を刺激する音とエプロン姿のアイラさんが見える。


 「アイラさん、また私のご飯作ってくれてるの?」

 「あっ、お帰り♪ 昨日の夕ご飯が無駄にならない様に作り直しているの」


 本当に器用な女性ねぇ……。どうやったら一度作った料理をもう一度再利用して美味しくできるのかしら。


 「ありがとう。じゃあそれだけ頂こうかしら」

 「うん♪ すぐに準備しちゃうね♪」


 その後、私がリビングに戻ると同時に、アイラさんが手と腕に器用に5枚のお皿を抱え、次々にテーブルへと並べていく。


 ………ちょっと私には出来そうにないわ。


 「「いただきます」」


 アイラさんの作る料理は本当に美味しくて、あまり食にこだわってこなかった私でさえ涎が口に中を一杯にしてしまうの。こんな料理を毎日食べていたと思うと……もう少しくらい彼を虐めてあげてもよかったかしら?


 そんな事を考えながら、アイラさんが作ってくれた料理を口に運んでいく。気付いた時には奇麗になった皿だけがテーブルに置かれていた。


 それを見てニコリと微笑んだ彼女にドキリとしてしまいながらも、片付けを始めようと席を立つアイラさんを呼び止める。


 「なにかな??」


 首を傾げながら、もう一度椅子に腰を掛けるアイラさんを見据え、私は口を開く。


 「アイラさん。このままじゃいけないのは分かっているのよね?」


 さっきまでの笑顔は見る見るうちに陰りを見せ始め、とうとう俯いたアイラさんは小さな声で「………うん」と言う。


 「ローグは何が悪いかなんて分かっていないわ。それだけあなたの事で頭が一杯だったのでしょ。私から見たら少し羨ましいくらいよ?」

 「だって………、どう見てもローグが辛かったはずなのに………」


 まぁ外見が父親なのだから何も感じないはずはないでしょうね。本人は偽物って断言してたけど。


 「それで、あなたはどうしたかったのかしら? 一緒に残ってもローグの足手まといにしかならないのは分かっていたのでしょ?」

 「だからって私だけ逃がすなんておかしいよっ!」


 あら、感情的な子。

 しょうがないわよね。私とローグは精神年齢だけでみればかなりの歳だし。歳を取ると小さい事とか気にならなくなっちゃうのよね………。羨ましいわ、青春って感じで。


 「貴方だけではなかったはずよ?」


 さっきの勢いは何処へ行ったのか。また顔を俯かせてしまったわ。


 「貴方がキスをした姿を見ても、ローグはあなたを助けようとしたの。なかなか簡単には出来ないと思うのだけど?」


 愛とは与えるもので、ねだるものじゃないわ。それをローグが分かっているとは思えないけど、本能でやるから信用できるのよね。

 実際、そんなことを真顔で言っている人がいたら計算だと思って気持ち悪くなってしまうもの。


 私?

 私は与えているじゃない。私を。

 彼が受け取ってくれないのがすごく悲しいけれど。


 

 「まぁいいわ。もう少し考えてみて? 貴方が本当はどうしたいのか。それまではここを自由に使ってもらって構わないから」

 「………うん」

 「時間はまだあるもの。それと余計なお世話かも知れないけれど、本当に大切なものって寄ってこないものよ? 自分から行動起こさないとすぐに逃げて行っちゃうんだから」


 私は席を立ち、お皿を片付け始める。すぐにアイラさんがハッとしたように同じ行動に移る。ほんと、優しい子よね。


 「なんか……ごめんね? 迷惑かけちゃって………」

 「気にしてないわ」


 バツの悪そうな表情を浮かべたアイラさんに、私はニコリと笑みを浮かべる。

 あっ、でもせっかく本人がこういってるんだもの。少し位は我儘言っても平気よね?


 「そうね……、アイラさんがそう言ってくれるなら、ローグと結婚させてくれてもいいのよ? 二人まで結婚できるように許可貰うの、結構大変だったんだから」

 「メアリーさんっ、それはまだ・・駄目ですっ!」


 もう答えが出てるじゃない。

 せっかくだからもう一押しくらいしておこうかしら。


 「ふふふ、アイラさんは亡くなったご家族の事が大切ではなかったの?」

 「それは今でも大切ですけど……??」

 「それと同じよ。大切な人が何人いても全然かまわないわ。むしろ、それはたくさんの人と深い絆で結ばれている証拠だもの」

 「????」


 あら、まだ分からないのかしら?


 「私達も同じという事よ。私とアイラさんはお互いにローグが大切でしょ? それに私はアイラさんも大切。私には持っていない物をあなたはたくさんもっているわ。でも、あなたにはない物を私もたくさん持ってる。だから二人で大切な人を支えればいいんじゃないかしら?」



 そう言ってアイラさんの髪を撫でる。

 ほんと、若いって羨ましいわ。体つきも………これは気にしたら負けね。


 私は俯いたままのアイラさんに留守をお願いして、今度は冒険者教会へと足を向ける。


 昨日ローグが討伐した人型魔物の見聞をそこで行う予定になっている。情報共有の為ね。ついでにリーザも顔を出しているはずだからそこで合流してしまえば楽でしょうし。


 冒険者教会のに辿り着き、正面入り口の扉を開ける。

 ここは冒険者が集まるという事もあって、扉を開けると少し匂うからあまり来たくはないのだけど。


 それと………。


 「クルス様っ!?」


 扉を開けてすぐ、目の合った冒険者が目を見開いて私を見る。

 そんな彼の声を聞いて、騒がしかった室内が一斉に静まり返ってカウンターまでの道を作り出すの。


 何で毎度こうなるのかしら?

 確かにクルス商会は冒険者協会の物流も一括して行っているけど、それは冒険者自身にはまるで関係のない話よね?

 協会側が気を使うのならまだわかるのだけど………。


 私はそのまま人で作られた道を進み、受付カウンターで自分の名を告げる。聞くや否や、すぐに走り出した受付嬢。その帰りを待っていると、リーザが姿を見せた。


 「助かったわ~。目撃者は多いに越したことはないもの」

 「そうだと思ったわ。リーザが呼んでいると聞いたものだから、そのままこちらに足を運んだの」

 「さすがメアリー♪ 無駄が無くて助かるわ」


 ニコニコと笑顔を浮かべたリーザが案内役を買って出る。


 その後ろを歩き始めると、傍で棄てられた子犬の様になっている受付嬢に「ありがとう」と小声で告げておく。すると、彼女は顔を真っ赤にして走り去ってしまった。これも毎度のことなのだけど、私、何も変なことしていないわよね?

 

 リーザに案内された部屋へと足を踏み入れると、汗臭さと一緒にたくさんの男がテーブルを囲む様に群れていた。


 「ごめんなさいね、ちょっといいかしら?」


 リーザが声を掛けると、群れた男の中から筋肉達磨のような風貌をした男が前へと進み出る。

 彼はこの風の国の冒険協会を纏めている若い男で、私も商売上なんども顔を合わせている男。肉体を鍛えるのはいいのだけど、少し暑苦しと思うわ?


 「リーザ様、お待ちしていました」

 「ご苦労様、少し友人を待っていたので」


 そう言ってリーザが体を横にずらし、私の姿がその場にいる皆に見える様にする。


 「お世話になっています」


 一応は取引先であるのだから礼節はしっかりとしないといけない。

 なによりも、さっきのリーザの口ぶりだと私が来ると知っていたうえで待たせていたのだし。


 「これはメアリー様、相変わらずお美しい………」


 筋肉達磨が私の眼前までやってくると、私の髪へと向かって手を伸ばしてくる。ローグ以外の男に触らせる気など毛頭ない私はすぐに体を引いて逃げる。


 「まだまだ時間が必要なようですね………」

 「時間は関係ありませんね」


 こういう輩は本当に面倒。さっさと要件を済ませてどこかでゆっくりとお茶でも飲みたいわ。ここ、汗臭いし。もう一度言っておくわ。ここ、本当に汗臭いし。


 「リーザ、さっさと済ませましょう。時間がもったいないわ?」

 「そうね」


 リーザの声でテーブルを囲んでいた人たちが列をなして道を作る。

 それをリーザと共に進むと、テーブルの上に置かれたいるのは、先日の人型魔物。そして、その傍には魔法士らしき人物が一人。


 「一応、昨日も騎士団で確認を取らせてはいるのだけど、どういった感じ?」


 テーブルの元まで辿り着いたリーザが目の前の魔法士に尋ねると、その魔法士は大きな帽子を頭から取り、深く頭を下げた後に口を開いた。


 「体内に薇精霊を流してみましたが、やはりスピリットパスの肥大と侵食が見られました。魔物で間違いありません」

 「そう……。それじゃあ………」

 「えぇ。元は人間です」

 「原因は特定できないのよね?」

 「……はい。申し訳ありません」


 リーザが「そうよね……」と呟く。


 人型の魔物に関わらず、魔物になってしまうと大人しかった獣でさ人を襲う様になってしまう。原因が特定できれば根本的な解決になるかもしれないけれど、それは今の技術ではどうにもできないのが現状。


 それからは、どういった状態でこれが発見されただとか、見つけた後の対処法をリーザと筋肉達磨とで話し合い、終わる頃には外は赤焼けていた。


 冒険者協会を後にした私とリーザはとある宿へと向かう。


 リーザが借りている宿で、このティーグの中では最高級の宿。私でもなかなか泊まる機会が無くて、我儘だけど一度中を見せてとお願いしてあったの。それを覚えていたリーザが誘ってくれたという感じね。


 置いてある品々一つ一つに装飾やら細工やらが施されたその部屋で、私とリーザはテーブルを囲みながらお酒を嗜んでいると、ついつい愚痴が零れてしまう。


 「それにしても、本当にやっかいね……」

 「メアリーの所は馬車などが襲われてしまえば損失につながるものね」


 そう。更に言えば、それの解決法が何も見つからないと言うのも腹立たしい。今までは前の世界で培った知識と経験でどうにもできたけど、経験のない物では立ち行かなくなってしまう。


 考察自体はできなくはないけれど、私は科学者でも化学を嗜んだわけでもない。どちらかといえば数字ばかり追っていたのだからしょうがないのだけれど。


 「そういうリーザも大変なんじゃない?」

 「そうなのよねぇ~。デウス王からは被害を最小限にって言われているから、見つけ次第処分してるのだけど………いつどこに現れるかも分からない魔物だもの。いつも後手に回ってるのが現状なのよね~」

 「デウス王も分かってて言ってるんでしょうけどね」

 「まぁそうよね~」


 はぁ、と小さくため息を吐いた私達は、宿が準備してくれたお酒を口に含む。もう慣れてしまったけど、ワインが恋しくなってしまうわ。この世界のお酒は個性が強すぎるのよね……。


 「そういえばメアリー、あの男の子は大丈夫なの?」

 「もしかしてローグの事を言っているのかしら?」

 「そうそうっ! あの子強かったわよねっ?」


 確かに。私はてっきり狩りになれただけの《ロク》だと思っていたのに、先日見たローグの動きには驚かされた。


 実際に武装大会なんてものを見学した事もあるし、リーザの戦う姿も見たことあるけれど、それに匹敵するんじゃないかしら?


 「私もあれには驚かされたわ。昔からはまったく想像できないもの」

 「あら、そういえばメアリーと同じ ” 転生者 ” だっけ?」

 「そうよ、この世界よりは幾分か安全な世界かしらね」


 自分で言ってはみるけれど、実際は少し違うのかもしれない。なによりも、この世界では死人の数を把握できない。


 「それだけ平和な世界にいたなら………ローグって子は大丈夫なの?」

 「……なんのことかしら?」

 「だって、自身の父親を殺した事になるのよ?」


 あぁ、と私はリーザの言ったことを理解した。

 ただ、この世界は何も証明が出来ない。文明が遅れているだけじゃなく、私達のいた世界とはあまりにも違った様式を選んで成長しているのだもの。


 「いいのよ。魔物化の原因が特定できない以上、あれが父親だって証明することもできないもの。それにローグは偽物だと言っていたわ。このままにしておくのが一番でしょ?」


 リーザが少し表情を曇らせるが、証明できないものを真実だと言い張り、後の世で違ったなんて話は前の世界でもありふれたもの。それに───。


 「それにリーザ、あなた少し忘れているんじゃない?」

 「?? なにかしら?」

 「ローグには私が付いてるの」

 「あら♪」

 「当たり前でしょ? 死んで追いかけてくる様な女よ? 私は」


 ローグを支えるのも隣にいるのも私なのよ。



  

 

 

 

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