たまには飲み明かしましょうっ!!


 「ローグさん、女性なんてものは男には理解の出来ない人種なのですよ」

 「そんなもんですかね……」

 「そうですよ、だから男に必要なものは何があっても謝って身体を動かす事だけですっ」


 クレイグさんの家庭がかかあ天下であることに驚きながら、僕は手に持ったハーブ酒を口に含む。爽やかな苦みと下にピリッと刺激するアルコール。後味にくる砂糖や果物とは違った独特の甘さが口の中に広がる。

 昔飲んだ世界のお酒で言えばアブサンにカンパリを混ぜた様な………って、自分で言っておいて想像つかないなぁ。


 アイラにビンタをもっらたあの日以来、アイラとは顔を合わせていない。

 街を探してもアイラを見つけることが出来なくて、店で待っていても帰ってくることは無かった。その日は寝ることが出来なかった。


 翌日もアイラから音沙汰はなく、もう一度街中を探したけれど見つけることは出来なくて、店に帰って待とうとも考えたけど、アイラと侍さんの昼ドラシーンを思い出すと戻る気にはなれなかった。


 街の通路でどうしようかと考えていたところ、偶然すれ違ったメアリーとクレイグさんに声を掛けられ、聞いてみればアイラはメアリーの持っているもう一つの家にいるとのこと。なんでも、人型魔物の処理が終わって街からアズールセレスティアに行こうとした時にうずくまったアイラを見つけて保護をしたのだとか。


 安心したような、そうでないような。

 そんな微妙な空気を漂わせた僕に気を使ったのか、クレイグさんから「たまには飲みましょうっ」と誘われて、今は男二人のやけ酒タイム。


 「そうだといいんですが………」

 「そうですよ。それに今はそんな事を忘れて男同士、包み隠さずに飲みましょうっ」


 クレイグさんが手に持ったコップを僕に傾け、僕もそれに軽く当てる。


 「っぷはぁ~。それにしてもローグさんと飲むのも初めてですね~」

 「確かに……。っていうより、ぼくはこの世界にきてお酒を飲むのが初めてですよぉ~」

 「この世界………? あぁ、そう言えばクルスさんからも聞いていましたが、ローグさんとクルスさんは別の世界から産まれ変わったのでしたか」

 「そうなんですよ~、ゆ───メアリーまでこっちに来てるなんて想像できなかったですけど。まず、なんでこの世界に来れたのか~とか全然分からないですし」


 コップに口を付けてぐびっと、一気に傾ける。正直シュワシュワ感が欲しいけど、久しぶりに頭がフワッとするする感じはほんとに心地いい。


 「いい飲みっぷりですね~」

 「いやいや、僕なんかそうでもないですってぇ~」

 「そうですか? では私も久しぶりですし遠慮せずに行きましょう」


 クレイグさんが店員さんを呼んでお替りを頼むと、すぐにハーブ酒が届く。受け取ってクレイグさんとコップを軽く当て、またぐびっと喉に流し込む。


 「ローグさん、飲んでる席だから聞いちゃいますけど、クルスさんとはどんな関係なんですか?」

 「あれぇ? 聞いてなぁいんですかぁ~?」

 「あの時の光景を見れば……まぁ想像はできるんですけど、そうだとしたら中々な状況なのではと思いまして」


 あの時っていうのは僕とメアリーが商談室で出会った時のことかなぁ?

 いきなり泣き出して抱きつかれたんだもん、そりゃ分かるよね~。


 「まぁ~ご想像のとぉりですよ~」

 「やはりそうでしたか……。ローグさんっ」


 グイッと顔を近づけてくるクレイグさん。眼鏡をクイッと上げ、ごくりと喉を鳴らす。


 「な、なんですかぁ?」

 「失礼だとは思いますが……、すでに夜はお供されたんですか?」


 なんと愚かな質問をするんだ、クレイグさん。

 僕はフッと笑い、クレイグさんに教えてあげる事にした。


 「クレイグさん、僕は前の世界でも今の世界でも、一度も女性を知ることは無い様な気がしてます」


 はい、そうです。

 そりゃキスまではしましたよ?

 でも結婚前に体を重ねると言うのも気が引けてしまう自分がいたし、どうにも揶揄われてばかりでタイミングが良く分からないんだよねぇ。


 クレイグさんが弾かれる様に僕から離れ、口を手でふさぐ。既に黒目が細かく震え、まるで信じられない者を見るかのようだ。


 「あ、あんな綺麗な女性たちに囲まれていて、一度も………?」

 「ふふふ、クレイグさん。ぼぉくを甘くみィてましたね?」


 聖人だったんですかぁ~っと小声で呟いたクレイグさん。ちょっと余計なお世話ですよ?


 「分かりました、ローグさん。私、クレイグが僭越ながらもローグさんに男の何たるかを教えなければいけないようですね」

 「えぇぇ? ぼぉくわぁ~りっぱなおとこぉのこですよぉ?」


 クレイグさんがさっさとお会計を済ませ、僕の手首をぎゅっと掴んで扉へと向かう。一体どこに連れて行く気なのだろう?? それよりもその戦いに行くような真剣な眼差しはどしたの??



 しばらくクレイグさんに引っ張られるようにして歩かされ、一風変わった店の前で立ち止まった。

 ガラス越しに見える店内はレストランだけど、普通であれば立て看板や店の雰囲気を明るく見せるための花などもない。外観だけ見るとレストランとは到底思えない店構えだ。


 「クレイグさぁん?? ここはぁどこですぅ??」


 またも眼鏡をクイッと上げたクレイグさん。まるで親の仇を見る様な眼差しで店の看板へと視線を向ける。


 「ローグさん、ここは《ランブルストック》という飲み屋なんです」

 「ランブルストックゥ~?」

 「えぇ、ただそれは表向きの名前です」


 覚悟を決めたクレイグさんが店内へと入るとウサミミ店員さんが───ウサミミさん!?


 「いらっしゃいませ~、二名様で?」

 「えぇ、それとこれを」


 クレイグさんがポケットから出したのは木の札で出来た名刺。それを受け取ったウサミミ店員さんがニヤリと笑みを浮かべる。


 「ではこちらへ案内しますね♪」


 クレイグさんと僕がエプロン姿のウサミミ店員さんの後を付いて行くと、すり寄ってきたクレイグさんが小声で僕に囁く。


 「この店の奥には、商会主だけが入れるお店が存在しているんです。そして────」


 「《ビーストパーク》へようこそ♪」


 クレイグさんの言葉を遮る様にウサミミ店員さんが分厚い豪華な扉を開け放つ。


 「───獣人たちが経営する男性の楽園です」


 扉を開けた先にはまるで高級クラブの様な光景が広がる。僕たち以外にも数人の先客たちが露な格好をしら獣人さん達と組んず解れずと……。

 周りの目など関係ないと言わんばかりに目の前で繰り広げられる光景。そこに羞恥なんてものはなく、全ての人が本能に身を任せて作り上げている空間。


 だがしかし、僕は知っている。


 前の世界でもそうだ。彼女らは男性を魅了するプロフェッショナル。一度言葉を交わせば全てを搾り取ろうと牙を隠しているだけの女性たち。


 案内してくれたウサミミ店員さんですら初めて見た獣人だと言うのに。あからさまに露出が多い獣人たちが列を作って出迎えてくれた。


 「どうですローグさん、これが男の世界ですっ」


 肌の露出が多いせいで良く分かってしまう体のライン。

 耳としっぽ以外は人と同じ様に見える。痩せ細ったといった感じの女性は少なく、どちらかといえば健康的な肉体やムチっとした女性が多い。ムチっととは言ったが、決して太っているなどといったことは無い。そんな事を言っては目の前の彼女たちに失礼だ。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。


 更に言えばっ、それらがまるで誘う様にっ、誘う様に僕を見ているっ。


 「その凛々しい顔つき……。ローグさんっ、遠慮する事はありませんっ! 行きましょうっ!!」


 「え、えぇ。僕も覚悟を決めましたよっ」


 そう、これは闘い。

 自身の魅力を百パーセント以上に使って男性を骨抜きにしようとする女性に対して、どれだけ僕の理性と愛が勝るかという闘いだっ。


 列を作ってお出迎えしてくれた獣人お姉さまの中から、丸耳を頭の上に二つ付けた獣人さんが僕たちの前へと来ると、ここまで案内してくれたウサミミ店員さんが軽い会釈のあとにきびつを返す。


 「クレイグさん、お久しぶりですね」

 「最近は忙しかったもので……。その代わり、今日は遠慮しませんよ?」

 「あら♪ 耐えられるかしら、わ・た・し♪」


 目の前で甘い空気を醸し出すクレイグさんと丸耳獣人のお姉さま。毛皮で作られたであろうビキニからこぼれんばかりの果実を揺らし、クレイグさんの唇にそっと指を当てるお姉さま。

 クレイグさん、一体いつからこんな場所に通っていたんですかっ? 百戦錬磨だったんですね?


 丸耳お姉さんが「こちらへ」と案内してくれた席へと座る。

 入り口から見ると隠れた場所にある場所で、辺りをパーテーションで囲んである席。


 「ちょっとお待ちになって下さいね? 会いたいってキャストが今日は来てるの」

 「ほぉ……。珍しいですね」

 「クレイグさん羽振りがいいからじゃないかしら? ……でも、信じてるからね♪」


 片手をフリフリ、ボンボンの様な丸い尻尾はフワフワ。ぱっちり垂れ目でウィンクしたお姉さんはバックヤードへと姿を消した。


 僕はすぐにクレイグさんへと声を掛ける。


 「クレイグさん………常連なんですね?」


 ニヤリと笑みを浮かべるクレイグさん。


 「えぇ、まぁ。今日は男同士ですからね。絶対に妻には内緒でお願いしますよ」

 「クレイグさん、僕がそんな男に見えますか?」

 「ふふふ、ローグさん、まずは乾杯と行きましょう」


 テーブルに置かれていたハーブ酒へと手を伸ばしたクレイグさんが手際よくグラスへと注ぎ始める。


 「ではローグさん」

 「ではクレイグさん」


 チンッと子気味の良い音を響かせて口に含ませると、先程の丸耳お姉さんが手に氷とハーブ酒のボトルを手に持って戻ってきた。


 「あら、先に始めてるのね。私もいい?」


 そう言って持っていた物をテーブルへと置き、クレイグさんの密勅するようにソファーへと腰を降ろす。ぶつかった部分のお肉がぷにっと揺れるのを目に焼き付ける。


 「じゃあさっき言っていた女の子を紹介するわね。───メリーちゃん」


 さて、クレイグさんの隣にいる女性も丸いふかふかお耳と丸いふかふか尻尾を持っていた。だが、それはクレイグさんの女性だ。触りたくても叶わないだろう。


 しかしっ、丸耳お姉さんがクレイグさんの横に座ったとなれば、いくらクレイグさんに会いたいと言ってる女性でも僕の横に座るだろう。そうすれば、フカフカサラリとした尻尾やお耳を愛でる時間がやってくるかもしれないっ。


 さて、どんな獣人お姉さんが…………。

 僕は視線をパーテーションの切れ目へと滑らせる。


 まずはスラリとした足が露になる。絹の様に見えるその白い肌に、僕はごくりと喉を鳴らす。続いてゆらりと揺れた二房の髪がなびく。


 「メリーよ、よろしくね」


 全身を露にした女性は、淡々と名を告げる。


 あれ? 耳が………ない? 尻尾は……まぁ前からじゃ見えないにしても、僕のふさふさお耳はいずこへ消えたのだろうか?


 それに言ってはなんだけど、健康的な体やむちっとした体ばかりを露にしていた獣人さん達と比べても、いろいろと乏しく見えてしまう。


 誤解のない様に言うと、体の線は細くてきれいな人なんだけど、女性らしい所があまり育っていないというか………。僕の手の中に納まってしまいそうだ。


 メリーさんは僕の横に座ると、すり寄りようにして体を密着させるばかりでなく、頭を僕の肩に預けてきた。


 僕はクレイグさんを一瞥すると、持っていたグラスを小刻みに震わせ、その隣に座っていた丸耳お姉さんが両手を目の前で合わせ、てへぺろしながら謝っている様に見える。


 「言ってくれればいつでも相手するのに」


 僕は錆びた機械を無理やり動かす様に、耳元で囁いた女性へと目を向ける。


 耳の後ろから伸びる二房の髪。色は白金。その女性は僕を肩から見上げる様にしてウィンクを一つ。


 「メ、メ、メアリーっ!?」


 この店に来てから徐々に覚め始めていた僕の脳が、完全な覚醒を迎える。


 格好はまさしく毛皮で作られたであろうビキニ姿ではあるけど、この顔、この声、間違いなくメアリーさんである。


 「ちょっとデロデロになったローグを見つけたから先回りさせて貰ったわ?」


 すぅーっと手を僕の膝上にずらしたメアリーさん。


 「昔から言っていたじゃない。こういうお店に来たいなら私で我慢しなさいって」


 カタカタと震えるしか出来ない僕から目を逸らすクレイグさん。

 どうしたんですか? さっきまでのニヤリ顔は? 助けてください。 ほら、普段から商談とかで話術きたえているのは何の為ですか?


 メアリーが僕の肩からそっと頭を離すと、クレイグさんへと視線を向ける。


 「そういう事なので、ちょっとローグは預かっていきます」

 「えぇ、分かりました」


 何が分かったんですかっ!? 男同士の世界じゃなかったんですかっ!?


 「クルスさん、このことは……」

 「えぇ、奥さんに内緒……ですよね?」

 「助かります」


 助かってないっ! 僕は助かってないですよっ!


 「それでは行きましょうか?」

 「メ、メアリーっ!」

 「大丈夫、ここの分も私がしっかりと相手してあげるから」


 そうじゃないんですっ! 僕のふさふさお耳がっ! 僕のふさふさ尻尾がっ!


 そんな僕の心の声は空しく、既に金色の光を纏ったメアリーが僕の腕をぎゅっと掴んで体ごと引っ張り上げると、引きずられるようにしてバックヤードから外へと向かう。


 「さて、悪い子にはどんなお仕置きをしようかしら?」

 「メアリーっ!?」

 「あら、そんなに喜んでくれると私も嬉しいわ。ちょうどこの近くにクルス商会で借りてる別宅もあるのよ。そこで今日は過ごしましょうか」


 強引に引きずられていく僕。

 この後、僕がされたことは………一生言わないと思います。だって恥ずかしいもの……。しくしく……。



 

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