実物を見るのは初めてです 2
真っ黒になった父さんが、また地面を駆けて僕へと突進を始める。
さっきの手ごたえから何度も受けるのはちょっと厳しい。アイラがせっかく作った畑だけど、こればかり諦めてもらおう。
僕も地面を蹴り、体を左右に振って躱す。その度に父さんが振った腕が畑の作物を切り裂く。
それにしても………と思う。
動きは速いけど単調。力は凄いけど動きが単調なおかげで僕でもなんとか捌けている。
この人は本当に父さんなのかな?
肌は真っ黒だし、目も真っ赤っか。でもそれ以外が父さんの皮を被っている。何度も避け続けた僕が感じたことだけど……。父さんとは似ても似つかない。
単純に外見がとか魔物だからとかじゃなくて、そう感じる。
目の前の物は見知らぬ誰かだって。
うん。とりあえずこれならまだ捉えられそう。
僕はギアを一段階上げる。それと同時に、僕の体を纏っている色が濃さを増す。
まずはヒットアンドアウェイ。
今度は僕から踏み込んでいく。何度も受けるのは大変だから、受けさせていく。
僕は高く飛び上がり、体を捻りながら父さんらしきそれへと頭上から一閃。間違いなく体重から落差から全てを力に変えた一振り。
それを真っ黒な腕一つでガキンッと受け止められる。
すぐに飛び退いて再び地面を蹴る。あれに動かれるとやっかいだと思う。
何度も斬りつけては飛び退き、相手の動きを封じながらタイミングを計る。
相手の力、速度、癖。
それが糸の様に繋がっていく。
「父さんの偽物っ! いくよっ!!」
完全に相手を計り終えた僕は、円舞を混ぜていく。
今度は飛び退かない。
一閃、受けられたらその勢いを体に乗せて速度を上げていく。
それを何度も、何度も。
一閃ごとに加速していく体。
ドラちゃんを相手取った時より成長した体とスピリットパスは、残像を残していくように動き、そして体が振り回される直前まで一気に加速していく。もう既に、偽物は僕の速度に追いついてさえいない。
偽物の脇を通り過ぎる直前、僕は片足を地面へと打ち付ける様に踏み込む。
────円舞
打ち付けた足が軸となって速度全てが体を振り回す力。それを捻ることで片腕に伝える。
踏み込んだ地面が破裂し、全ての速度を腕に集約した一撃は刹那の間に振り終える。誰も見ることが出来ない、神速の一振り。………そうだったよね? 父さん。
って、偽物に何言ってるんだか。
僕は手ごたえを感じながら、偽物が倒れるのを見納めて刀を鞘へと戻す。
「………ローグ。あなた、強かったのね」
静寂にも戻った瞬間、ボロボロになってしまった畑の中央に立つ僕の元へと近付いてきたメアリー。
「あれ? いつからそこに?」
「私もいるわよ?」
アズールセレスティアの壁からちょこんと顔を覗かせながらアピールを始めるのは、クレイグ商会で会ったヴァルキリーさん。
どうも、と軽い会釈をして、僕は父さんの偽物へと視線を落とす。
「魔物って聞いてたけど………、これは??」
僕の隣まできたメアリーが眉を八の字にする。
「人型の魔物……なのかしら?」
「正解♪」
こちらも近くまで寄ってきたヴァルキリーさんが笑顔で応える。
「まだ報告例が殆どないけれど、確かに人型の魔物が確認されてるの。これもその一つね」
「人型の魔物って……。魔物自体珍しいよね?」
「そうね、私も魔物なんて一度しか見たこと無いわ」
「あら、メアリーってあの時が初めてだったの?」
「そうよ、リーザがいなかったら死んでいたわ。確実に」
なんか二人の会話聞いてると、平和な世界じゃない様に聞こえてきちゃうな……。それに群れって言ってなかったっけ??
「それよりもローグ、アイラさんは?」
「あっ!!?」
「必死だったから無理もないわね~。後はお姉さんが処理しておくから安心させてあげて?」
あれ? ヴァルキリーさんと会うのは今日が初めてなのに、なんでアイラのこと知ってるんだろ?
メアリーから聞いていたのかな??
「じゃあお言葉に甘えてお願いしてもいいですか?」
「えぇ、私も手伝うから安心していってらっしゃい」
メアリーが笑顔で僕にシッシと手を上下に揺らす。
「ふふふ、メアリーのこういう素直じゃないところは本当に可愛いわね」
「リーザっ! からかわないで頂戴っ!」
とりあえず仲が良さそうな二人にここを任せる事にして、僕はティーグへとアイラを迎えに行くために走り出す。
後でまたしっかりとお礼言わなきゃ。
行きよりは緩やかなスピードでティーグまで辿り着くと、入り口の門に人だかりが出来ていた。
「………ちょっと向こう見ずだったかなぁ」
僕の言いつけを守って、ティーグの入り口で大きな欠伸を上げているドラちゃん。
そりゃ知らない人は警戒するよね……。
「ドラちゃんっ!!」
近付きながら声を掛けると「キュアァァッ!」と嬉しそうに声を上げるドラちゃんと、驚いてドラちゃんの傍から走り去る騎士やら野次馬たち。
人だかりが無くなったおかげで、ドラちゃんのすぐ傍にいるアイラと侍さんが見えた。
「アイラっ! 待たせちゃってごめんねっ!」
右手を頭上に上げて大きく左右に振りながら、僕はアイラの元へと駆け寄る。
まずは投げ飛ばした事を謝らなきゃ。それで………侍さんとの出来事は……聞いてもいいのかな?
────パチンッ!
「ローグは私の気持ちっ、なんにも分かってないッ!!」
頬に感じる熱さと、痛み。
目の前にいるアイラが顔を上げることは無くて、そのまま街へと走り去ってしまう。
叩かれた頬を確認するように触れながら唖然としてる僕。
侍さんが僕に軽い会釈をすると、そのままアイラを追いかけて去って行く。
「………え? ………ドラちゃん、僕、どうすればいいかな?」
「ぐるるるぅぅ……」
頭を僕へと擦り付けてくるドラちゃんの横で、僕は走り去って行くアイラと侍さんの背中を見送ることしか出来なかった。
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