実物を見るのは初めてです 1


 街を出た辺りで、僕は全身に精霊を取り込む。

 体に纏わりつく金色の光を一層濃くして、僕は地面を蹴り飛ばす。


 なんでよりにもよって今日なんだろう。普段ならずっと一緒に居るのに。


 走りながらも頭を左右に振り、僕は前だけを見る。

 今大事なのは、アイラたちが無事でいてくれること。


 そんな風に自分を落ち着かせようとしても、僕の足には力が入って行くのが分かる。あぁ、僕はまた、怖くなってる。


 どうにも抑えられない恐怖をかき消す様に、更に速度を上げていく。


 アズールセレスティアまで辿り着いた僕は、目を皿にして辺りを見渡す。


 「はぁ……はぁ……っ。なんとも……ない?」


 店を出た時と何も変わらない外観。

 獣の様な叫び声の一つくらいは聞けると思ったんだけど……。


 店の入り口から店内へと足を踏み入れるけど、お客さんのいない店内は凄く静かで……って、二人は何処にいったんだろ?


 アイラと侍さんが料理の勉強をしているはずなんだけど……。

 キッチンに顔を覗かせるも、そこに二人の姿は無い。


 はて??

 魔物も気になるけど、これはこれでどうしたのだろうか??


 僕はそのままキッチンにある扉から裏庭へと向かう為、扉にあるシルバーのドアノブに手を掛ける。


 「───私ではダメですかっ!?」


 突如響いた声に、僕の手はドアノブに懸けたまま止まる。

 何が起きてるかな?


 窓から覗こうにしても、キッチン側は全部が曇りガラスになっているから、アイラの畑とメアリーが住んでいる家がぼやけて見えるくらい。


 「えぇ……と? 急すぎて………ね?」


 さっきは突然に響いた大きな声で何だったのかなんて分からなかったけど、今の声は分かる。アイラだ。


 なんだ……。外にアイラがいるなら畑に食材でも取りに行ったんだね。


 僕はアイラが無事だったことに安堵して、大きく息を吐き出して握っていたドアノブを回して扉を開ける。


 「アイラ、すぐに避………難…………。お邪魔しました」


 僕は一度開いた扉をそっと閉める。


 いや、えっ、なにこれ。僕は何を見たのかな??


 キッチンから扉を出れば、石で造られた二段の階段があって、その先には見渡す限りの背の高い畑と、その隣にメアリーの自宅がある訳なんだけど、畑の手前で尻餅をついているアイラと、それを抱き締める様にしている侍さんがいた………ような気がする。


 一瞬、昼ドラ的な物を想像してしまったけど、僕もメアリーと昼ドラ事故を起こして、その度にアイラに目撃されている。多分、さっき僕が見たのもそういった昼ドラ事故に違いない。うん。


 僕はもう一度扉を開ける。


 「………はぁ?」


 目に映ったのは、さっきの光景にプラスアルファで、侍さんとアイラの唇が重なっていて、今まさにそれがゆっくりと離れていく所だった。


 まさしく昼ドラ事故………って事故じゃないじゃん。


 アイラに覆いかぶさるようになっていた侍さんがゆっくりと立ち上がる。アイラは目を見開いたまま、その場から動くことなく侍さんを見上げている。


 ────ガサガサ。


 アイラと侍さんの後ろで、草を掻き分ける音が聞こえて来る。

 はて? 今度はなんですかな?


 静かに止まった場所で、徐々に近づいて来るガサガサと草が擦れる音。

 それはアイラたちのすぐ後ろにある背の高い野菜を掻き分けて姿を現した。


 「────っ!!?」


 僕は咄嗟に地面を蹴り、侍さんを突き飛ばして前に出る。腰から引き抜いた直刀を姿を見せたそれに一閃。それは華麗なバックステップを見せる。


 「──っ! ドラちゃんっ!!」

 「ぐるるぅぅぁっ!」


 僕の声に呼応するように空から舞い降りてきたドラちゃん。


 「ローグさん───」


 侍さんが何かを言おうとしたみたいだけど、僕は声を被せる。


 「今はアイラをドラちゃんの背中にっ!!」

 「ローグっ!?」


 尻餅をついたままアイラが声を上げるけど、僕にそんな余裕はない。

 バックステップしたそれは、今度は真っすぐに僕に向かって駆ける。振り上げていた腕の様な物をブンッと風切り音を鳴らしながら振り下ろし、僕はそれを二本の刀でクロスさせて受け止める。


 ズシンッ。


 全身に響いた衝撃と、重さが、僕の足を地面へと沈める。


 「───グースさんっ!!」


 やっと我に返ったのか、侍さんが「は、はいっ!」と返事を返し、アイラの腕を引っ張って立たせる。


 「ローグッ!!」


 声が割れるほどに大きな声を上げながら侍さんの腕を振りほどこうとしているアイラ。

 このままじゃダメだ。僕は目の前の魔物で手一杯で、流石に誰かを庇いながら戦ってられる様な状態じゃない。


 僕はぎゅっと歯に力を入れ、目の前のそれに前蹴りを入れる───と、また華麗なバックステップを見せる。


 今しかない。


 「ごめん、ちょっと待ってて」


 僕はこちらに手を伸ばしていたアイラの腕を掴むと、そのままドラちゃんの背中目掛けて投げ飛ばす。ごめん、ちょっと手荒だけど、怪我しちゃうよりは……ね?


 「ドラちゃんっ! ティーグまで行って!! 僕が行くまで戻って来ちゃだめだよっ!!」

 「キュアァァァッ!」


 ドラちゃんが地面を蹴り上げ、空高く飛んでいく。


 さて……。


 「僕は魔物だって聞いてたんだけどなぁ……。父さん・・・、どうしちゃったんだよ」


 目の前のそれが、ゆっくりと前に歩を進める。

 ニヤッと口角を上げたそれは、この世界での僕の父さん────グース。ミストリア……だと思う。


 真っ黒になった体と真っ赤に染まった相貌。刀なんて持っていないけど、僕の記憶にある父さんその者の形をしていた。こんな卑しい笑みも、下品な攻撃にも憶えは無いけれど。


 


 

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