タイミングの悪さは誰にも負けないね


 さてさて、今日もいつもの様に狩りを───ってなことは無く、今はクレイグ商店へと足を伸ばしている。


 というのも、アイラは侍さんに講師の練習がてら、マンツーマンで料理を教えていて、メアリーは料理教室を立ち上げるための段取りを始めている。


 店の一階を使えばいいんじゃないか、と思っていた僕の案は速攻で蹴り飛ばされた。メアリーの考えとしては、出来るだけアズールセレスティアとアイラを切り離しておきたいようで。幸いにもアイラはキッチンから出ることが無かったから、お客さんに顔を覚えられているといったことはない。


 まぁ、アイラがそれで良ければ僕はなんでもいいんだけどね。


 それで僕はかねてからクレイグさんに依頼していたウェディングドレスの代わりになる物の話を聞くため、こうして足を運んだ訳だね。

 ある意味では一人で行動する的確な理由が作れて安心といった感じだね。結婚指輪の代わりも見つけなきゃだし。


 クレイグショップへと辿り着き、僕はいつもの様に店員さんに声を掛けていつもの様に商談室へと案内された。……案内されたのはいいのだけど。


 「あら、ここで会うとは思わなかったわ」

 「ローグさん、お久しぶりですね」

 「あらあら、お二人共お知り合い?」


 上からメアリー、クレイグさん、………誰??


 やたらとお姉さん口調の女性で、どう見ても商談というには違和感のある格好だ。


 白と黒のチュールスカートと、少しウェーブした腰の辺りまである長く濃い金髪が大人な女性を醸し出してはいるのだけど、その上に身に着けている黄金の胸当てと籠手。スカートの上からも等間隔に取り付けられた純金のプレートの様な物。身に着けている防具が無ければ綺麗なお姉さんといった感じだけど、どう見ても格好は戦乙女のそれ。


 それと、浮かべている笑顔からは違和感しか産まない漆黒の剣が二本、それが彼女の腰にある。


 これは僕に関わるなと言っているに違いないですね。関わってはいけない香りが僕を刺激しています。


 「お邪魔みたいだったので、また時を改めて伺いますね?」


 僕はきびつを返し、違和感が産まれない様に、誰よりも早くこの場を去る。


 「そんな事はありませんよ? 私もメアリーを見かけてついお邪魔しちゃっている感じだから♪」


 ………あれぇ?


 僕が店内へとあと少し、という所まで来たのに、なぜかヴァルキリーさんが目の前に。一応後ろを振り返って見るけど、そこにはさっきまでいたヴァルキリーさんがいない。どうやら目の前にいる本物の様だ。


 「ローグ、上を見てごらんなさい」


 僕の背からメアリーの声が聞こえ、何だろうかと上を見上げる。

 もちろん、あるのは天井………。確かに天井なんだけど、一つの足跡が見えた。


 「あぁ、天井を足場にして僕を追い抜いたんですね」


 何この人? っていうか何普通に解釈しちゃってるの、僕。


 「メアリーがあんなに砕けた言葉で話す人って珍しいから、気になっちゃって引き止めちゃった♪」


 いや、お姉さん。外見と言葉は一致しても、動作だけがおかしくないですかね?

 それに目で追えない程の速度で追い抜いておいて、何故物音がしないのかも考えなくてはいかない気がします。ものすごく。


 「こんなところで話もなんだし、そちらでゆっくりと話を聞かせてね?」


 興味津々。

 隠すことも無いその笑顔に僕は頷くしかなかったのは……しょうがないよね?


 「────リーザ様はいらっしゃいますかっ!!?」


 バンッ、と勢いよく開かれた店の扉と共に、野太い声が店中に響き渡る。


 「あら?」


 何があったのかと、目の前のヴァルキリーさんが店内へと向かうと、声を上げたであろう男性を引き連れて戻ってきた。もちろん、僕は「お邪魔みたいですから」と帰ろうとしたけど、逃がしてくれなかったんだぁ~。もしかして女性って、みんな捕食者なんじゃないかなぁ?


 運ばれてきたハーブティーを間髪入れずに一気飲みした男性は、深呼吸を一つするとヴァルキリーさんへと体ごと向きなおる。


 「先程、巡回していた騎士から連絡が入りました。………魔物が出たそうです。それも、複数体が群れを成した状態で」


 「えっ!?」


 僕だけが声を上げていた。

 メアリーは真剣に何かを考えこむ様に顎に手を当てて俯き、ヴァルキリーさんは困ったような表情を浮かべた。クレイグさんは………口から泡を吹いているからそっとしておいてあげよう。


 「正確な情報は?」

 「申し訳ありません、巡回中の騎士も必死で逃げてきたせいで正確な数は……。ただ、あれは確実に魔物だと」

 「場所は分かる?」

 「ええ、ここから北に一日行った場所にある森の中だそうです」

 「えっ!?」


 そしてまた、僕は声を上げる。

 だってしょうがないじゃないか。目の前の騎士さんが言うには、アズールセレスティアの北側の森、その奥に魔物が出たと言っているんだから。


 「ローグ、少し落ち着────」

 「ごめんっ!」


 座っていた椅子が立ち上がったと同時に倒れる。

 ちょっとさすがに余裕がない。ドラちゃん、アイラを守ってあげて。せめて僕が行くまで……っ!


 


 

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