壁を乗り越えるって素晴らしいよねっ
なんとも……。なんともな日々。
今日は週二回の営業日。
準備していたアイラの料理が底をついて早めの閉店を余儀なくされて、今は僕とアイラ、メアリーの三人で店内の円卓を囲んでいる。片付け等は侍さんが進んでやってくれるのでかなり助かってるよ。………最初は若干変な人と思ってごめんね?
「う~ん……途中で帰ってもらった人には悪いことしちゃったなぁ……」
アイラが思いつめたように声を吐き出した。
でも、それは本当にしょうがないことだ。
「こればっかりはしょうがないよ。乱獲して獲物取れなくなっても困るし、畑だって取り過ぎれば枯れちゃうし………」
アイラの料理が人気なのは凄く喜ばしいことだけど、クレイグさんを介して流通させていたとはいえ、数に限りのある状態で流通させていた。それはクルス商会という最大の商会であっても一年は予約を待たなければ手にいはいらない状態だったわけで……、その枷が解き放たれた今、原材料である獲物も野菜たちも絶対的に数が足りない。
前の世界だったら冷凍輸入とかで対応できるだろうけど、ここは異世界で精霊を信仰している世界。冷蔵庫はもとより、冷凍庫などもないからねぇ。だからこそ保存食を使った物が多いんだから。
「そうね……。そういうのも込みで営業日を週二日にもしたのだけど……」
想像を絶して人気となったアイラの料理。酷い時は営業終了後に店の前で
テントを張って待ちだす者もいる位で、今はクルス商会から交代で警備用に人材を雇っている。
「それと他にも問題があるわ」
諦めに近い表情を僕とアイラに向けるメアリーに僕とアイラは首を傾げる。
「えぇっと………他ってなにかある??」
「アイラさんの代わりがいないってことよ」
「???」
「あ~……」
代わりがいたら今のこの状況にはなってないもんね……。
「ローグは分かってるわね?」
「まぁ……ね」
アイラが僕とメアリーを交互に見て、首を傾げながらも頬を膨らませる。うん、それ、頂きますっ!
「アイラさんの悩みを解決するだけなら単純よ。店舗を増やしてお客さんを分散させればいいだけだもの。ただ、問題はアイラさんの代わりが誰にも務まらないってことよ……」
メアリーは視線をカウンターにへばりついている従業員へと向ける。
彼、彼女らは、店内でお客さんの対応からお会計をしているスタッフな訳だけど、誰もがアイラの全てに付いて行けない。
アイラの担当は下ごしらえ、調理、片付け。
真面目な従業員たちは一生懸命にお客さんを回す、回す、回す。
けれど料理の提供速度が上がれば一人当たりの滞在時間は否応なしに短縮し、行列に気を使ってテイクアウトで済ませる人もいる。そうなると更にお客さんの回転はぐんと上がる。
普通なら喜ぶところなんだけど、開店当初は半々に分けていた従業員をアイラと侍さん以外をホールに回してもこれなのだから二の句が継げない。
「………いつも通りにやってるだけなんだけどなぁ」
しょぼん。そんな音が聞こえてきそうなほど目に見えて落ち込むアイラ。
スペックが高すぎるのがアイラの悩みになるとは想像していなかったけど、アイラの幸福を願う者としてはどうにかしてあげたい。
「う~ん……、ねぇメアリー」
「なにかしら?」
「料理教室みたいなのを造ったらどうかな?」
教室?? とアイラの頭の上に見えるけど、それは一旦置いておく。
「造ること自体は可能よ。ただ……講師を誰にするかの方が問題じゃないかしら? ローグの狙いはアイラさんの代わりを輩出することでしょ?」
さすが転生者。話が早いよね。
「それはアイラにお願いしようよ」
「店はどうするのよ?」
「それは────グールさーんっ!!」
僕は椅子に腰をかけたまま、キッチンで一人片付けをしている侍さんを呼び寄せる。………侍さん、名前はちょっとグロイけど、ずっと頑張ってるもんね。
「呼びましたか?」
僕たちの前まで小走りできた侍さんが片膝を床に付けて見上げてくる。
「グールさん、アイラの元で修業してから結構経ちますけど、再現はそろそろできそうですか?」
「………もう少し、もう少しお時間を頂ければ必ず……っ」
悔しそうに顔を俯かせる侍さん。だけど声にはしっかりと覚悟がにじみ出ている。
「本人もこう言ってるしさ、アイラにはグールさんを鍛えてもらえばアイラの練習にもなると思うし、そうすればこの店もなんとかなるでしょ?」
どうかな? と、僕はアイラへと視線を向ける。
「う~ん……教えるなんて考えたこと無いんだけど……、食べたいって思う人に食べて欲しいから頑張ってみる!」
それから、僕が獲物を適当に一匹確保。それを侍さんの渡して下準備から全てを始めることになった。メアリーからのお題で侍さんは料理にかかる時間と味を見比べる為だ。
コトコト、ザクッ。ジュゥゥゥ~。
「では、ご賞味下され」
僕たちの前に置かれた侍さん特製サウザンドブレッド。調理に掛かった時間は比べるまでもなくアイラの独壇場になってしまうから、見るとすればやっぱり味なんだろうねぇ。
目の前のパンを手に取り「いただきます」と呟いてから一口かぶりつく。
「………美味しいよね? これ、普通に美味しくない?」
アイラが作った物と比べると少し味の複雑さが少ないとは思ったけど、ロンドロンドで出されていた料理とは比較にならない程の味わい。これをアイラの料理と言って出されたら気付けるのは僕たち三人と、日ごろからアイラのまかないを食べている従業員くらいじゃないだろうか?
「……うん、うんっ! 美味しいねぇ~♪」
「あら……意外ね。流石にアイラさんと全く同じとは言えないけど、これなら売れるんじゃない?」
エプロンの端っこをぎゅっと握り絞めていた侍さんの目尻には涙が溜まっていく。
「ほ、ほ、ほんとうですかっ!?」
「うん♪ 本当に美味しいよ♪」
侍さんからみたら師匠であるアイラが満面の笑みで応えると、侍さんはその場で泣き崩れた。
ちょっと驚いた僕たちだけど、それが嬉し泣きなのだと、僕たちは静かに侍さんへ微笑みを浮かべた。
………ほんと、えぇ話やぁ。ぐすっ。
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