第三章 結婚は何処にいった?

ホッとした? それはちょっと気が早いなぁ


 今日も今日とて、狩りへと出向いている。ドラちゃんを引き連れて。


 開店初日を終えた結果、世界でもトップの売上を叩きだしたアズールセレスティア。クレイグさんもメアリーも口がカタカタと震えていたのは面白かったけど。


 一仕事終えての充実感が胸を満たし、アイラの汗ばんだ頬と笑顔。閉店直後にお互いがお互いを抱きしめ合い、その場でクルクルとダンスの様に祝った。


 それなのに───。


 「最近アイラと過ごす時間が減ってるよなぁ………」


 それはそうだよなぁ、とため息を吐き出す。


 営業するたびに売上は記録更新を続け、今ではどの国でもアズールセレスティアを知らない人がいないのだとか。

 しばらくは働かなくていい位の収入も出来たし、メアリーからの提案で今までの流れで作り上げられた希少感を残しておきたいと、営業日は週二回となっている。


 それと、一番変わったのはアイラかもしれない。

 アイラにとっては、自分の料理を喜んで食べるお客さん。中には感動のあまり泣き出すお客さんもいた位だ。その笑顔が生きがいになるのも無理は無いし、アイラが喜んでいる姿を見るのは僕も嬉しい。


 その代わり、休みの日の半分以上、僕はこうして原料確保のために狩りへと奔走している。

 アイラはというと、休みの殆どを下ごしらえや畑の世話などで奔走していて、なかなかにすれ違いが生じてる。


 「ドラちゃん、どう思う?」


 僕は狩った獲物をドラちゃんの背中からぶら下げてある網に入れながら聞いてみるけど、「ぐるるるぅ?」と首を捻りながら小さく唸るだけ。その姿がちょっと可愛くて、頬を緩めながらドラちゃんの目から鼻先にかけてを撫でる。


 「じゃあドラちゃん、アイラの所までよろしくね」

 「グルルルゥァッ」


 さて、ドラちゃんが戻って来るまでにまた狩りを続けますかねぇ。


 僕は長年の相棒に目を落とし、そのくたびれた姿を握りしめて走り出す。

 気配のする方へと駆けり、見つけた獲物を次々に狩っていく。


 多い時では一日に百匹以上は狩る時もあるから、狩場を転々としなくてはいけない。総量で言えば集落にいた時の五倍くらいの量だ。


 だから効率も重要になってくる。


 以前みたいに獲物を待ってるなんて悠長なことは言ってられない。だから走り出したら止まらない事にした。

 獲物を見つけては一刺しで止めを刺して、刀を引き抜くと同時に蹴り飛ばして一カ所に集める。ドラちゃんが戻ってきたら獲物を網に入れて、狩場を変えて同じことを繰り返す。

 

 「キュァァ……」

 「ん? あっ、もうこんなに暗いんだ………」


 大抵はこうやってドラちゃんが戻ってきたときに「帰りたいっ」とアピール。それで初めて夜になっているのだと気付く。………集中しだすと結構忘れちゃうんだよねぇ。


 ドラちゃんに向かって獲物を一匹投げると、嬉しそうにぱくつくドラちゃん。あぁ、癒されるぅ……。


 「………あれ? またかぁ」


 最近疲れのせいか、僕のスピリットパスがちょっと我儘なんだよねぇ。気を使って閉めてあげないと漏れ出るというか、勝手に体が光り出しちゃうんだよな~。


 僕は何とかスピリットパスを閉じ、ドラちゃんに跨って自宅兼、店へと帰宅する。



 「ただいま~」

 「おかえり~」

 「お帰りなさい、今日もお疲れ様」


 キッチンにいるだろうアイラの後に、当然の様に居座っているメアリーがハーブティーの入ったカップを円卓に置きながらこちらを見ていた。

 友里の家事下手は異世界に来てからも改善することは無かったようで、寝る家が違うだけでほとんどここに住んでいる様な感じ。メアリーの実力がどんなものかと一言で言えば、みそ汁を作りだすと味噌羊羹を作るって言えば分かるかな?

 キャベツにモヤシ、それと玉ねぎの入った羊羹は………できる事ならあまり食べない事をお勧めしておくよ。


 出会ったばかりのことを思うと不思議でしょうがないけど、あれから争っている様な感覚もないし………これでいいのかなぁ。


 とりあえず僕はお風呂へ。


 相変わらず五右衛門風呂の様ないでたちに水を張ると、桶に仕込まれている熱を発生する鉱石が勝手に水を温めてくれる。これほんとすごいよね。初めて見た時は驚いちゃったよ。


 便利な五右衛門風呂に足からちゃぽんっと体を入れる。あぁ、温泉入りたい……。

 僕の欲張りな心は置いておいて、体の芯までしっかりと温めてから一階の店舗スペースに戻る。


 既に二人は食卓を囲んでいて、そこには僕の分が作られてある。


 「遅くなっちゃってごめんね」

 「ううん、平気だよ。少し冷めちゃったかもしれないけど食べてね」

 「ありがとう。───じゃあ頂きます」


 一日中ずっと動いていたせいか、いつもより美味しく感じる料理が僕の口と胃袋を幸せにしてくれる。なんとも得難い時間だねぇ。


 「ごちそうさまでした。───ローグ、このあと畑の手入れもしたいから洗い物お願いできるかな?」

 「うん、すぐやっておくよ。アイラも無理はしないようにね?」

 「大丈夫♪ だって今は楽しくてしょうがないもん♪」


 笑顔のままキッチンの裏手から外へと駆けていくアイラの背を見送る。

 僕は小さいながらも溜息を吐き出すと、メアリーが卓に両肘を着いて顔を寄せてくる。


 「………私が空いてるわよ?」


 微笑む……というよりは誘ってるような視線を振り切って、僕は洗い物を始めることにした。


 「つれないわね……。一応アイラさんにもあの書類の話はしてあるのよ? 遠慮なんていらないじゃない」


 僕が食器を洗い始めるとすぐ、追いかける様に僕の隣に来たメアリーが呟きながらも食器を洗い始める。


 「気持ちの問題だと思うんだけどなぁ……」


 二人まで結婚していいんだぞ?

 やったー!

 じゃあこの人も貰いますっ!


 なんて会話が成立する訳ないじゃないか。

 よしんばなったとしても、その後に控えているイベントを想像すれば身震いさえ覚えてしまうよ。


 「あら? 私に気持ちはあるけど?」


 タオルで手を拭いたメアリーが僕の肩に手を置いて囁けば、当然の様に耳元に息がかかる。


 「ちょっ! メアリーさん!?」


 驚いて反射的にメアリーの方に顔を向けると、鼻と鼻が触れ合ってしまう程の距離。


 「終わった~♪ ローグありが……とね?」

 

 アイラさん、表情が固まってますよ。ええ、思いっきり固まっています。


 といって僕はどうするのが正解なんだ??


 たぶん、ここで「これは誤解だっ!」なんてお決まりの言葉を言ったところで信じてもらえるとは到底思えない。

 だったら、平然と、毅然とした態度を取るのが一番だよねっ!


 「お、思ったよりはひゃかったね」


 ………僕の馬鹿。


 「ふふふ、今日はこの位にしておいてあげる。アイラさん、片付けは終わったけど他になにかやることあるかしら?」

 「う、ううん、もう大丈夫だよ」

 「じゃあこれで私も帰るわね」


 何事も無かったかの様に振る舞う姿にちょっと憧れすら感じてしまう今の僕のメンタル。


 おっと?


 メアリーさん、アイラに何を耳打ちしたのかな?

 ちょっと今夜は気になって眠れないぞ?


 


 


 


 





 

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