ある意味で順調みたいですよ。僕以外は。


 翌日の朝。


 僕とアイラは宿を出て、北の森へと足を進めている。

 昨日の今日で……とは思ったけど、朝早くから宿に来たクレイグさん曰く、友里が既に動き始めているので打ち合わせをして欲しいとのことだった。


 そこに住むはずの僕たちが、家の外観や内装、建てる場所すら知らないのは流石にどうなの? とも思うけど、昔の友里を思えばなんとなく諦めがついちゃうんだよねぇ……。


 僕が友里にプロポーズした翌日には式場から招待状まで、全部の段取りを終わらせてた時を思い出しちゃうとね……。


 森の手前まで来てみると、大型トラックの荷台くらいの長さのリヤカーには山盛りに木材が積まれていて、仮設テントの様なものもちらほらと見受けられる。

 その中で異彩を放つ白金の女性の元へと僕らは足を進めると、仮設テントの一つへと案内された。


 「デザインはある程度こっちで決めるから、アイラさんにはキッチン周りを決めて欲しいのよ。その間にロクには間取りを決めて欲しいの。居住区を二階と三階に持ってくる予定だからそれの間取りね」


 友里が僕とアイラにそれぞれ紙を渡す。

 何をさらっと言ってくれちゃってるんですか。


 「友里、僕たちにそこまでのお金はないし、そんな急に言われても────」

 「あぁ、それなら安心して頂戴。こちらが提案して無理を通してるのだから資金に関してはこちらが全部持つわ。それに権利もロクとアイラさんが所有ということにする予定だから安心して」


 目が点とはこのことだ。


 「ちょ、ちょっとっ! そんな契約でいいのっ!?」

 「ええ、構わないわ。何を心配してるのか想像に難くはないけど、私、人を見る目には自信があるつもりだから」


 自身満々、というよりはそれが当たり前と言わんばかりの態度に僕とアイラもの二の句が出なかった。


 まさか転生前もこんな強引な仕事をしていたのかな?

 出来る女性と言えばそうなのかもしれないけど、いくら何でも強引が過ぎませんか。元婚約者。


 少し不安には思いながらも、流される様に僕たちは話を進める。


 店内や居住区の話を終えて原材料の意味が分からないと言ったアイラに友里が懇切丁寧に教えたあと、アイラは「えっ? それなら自分達で作るからお金かからないよね?」と言った時の友里の表情には少し笑ってしまったけど。


 店を回しながら畑で野菜を作り、獲物の血抜き、下処理から加工まで。全部一人で出来るなんて普通は思わないよねぇ~。


 ちなみに僕の役目は基本的に狩り。狩って刈って狩りまくれと、友里の目が訴えておいでです。


 そんなアイラに対して、「疑う訳ではないけど、どうにも信じがたい」と考えたらしい友里が、開店後の動きを見てから売上の何パーセントをクルス商会とクレイグ商会に納めるのか、それを決めることになった。


 「じゃあ最後に、お店の名前決めておいてね」

 「………あっ、そういえばそうだね」

 「それと、アイラさん」

 「なぁに??」

 「少しだけロクを貸してくれないかしら?」


 アイラから静かに青いオーラが湧き出ています。


 おかしいな。さっきまで敵意も無く話せていたはずでは……?

 始めて見た時はあんなに綺麗だと思ったのに、今は物凄く冷ややかなオーラに見えます。


 僕はすぐにアイラの手に自分の手を被せる。

 分かってます。こんな状況になったのも、僕がちゃんと話をしていないからだ。


 「アイラ、一度はちゃんと話さなきゃいけないと思うんだ。だから……ね?」

 「………うん」


 静かに席を立ったアイラは、そのまま振り返ることなく仮設テントを後にした。


 「………ほんと、ロクも変わったのね」


 その言葉はどこか哀愁が帯びている様に感じられた。


 「それはそうだよ。友里を残して死んじゃった時からしこりはずっとあったけど、それを溶かしてくれたのがアイラなんだから」

 「そう………。私は……ロクだけを追いかけてきたから………。そんな風に言われると……やっぱり寂しくなるわ?」

 「友里………」


 心の中で、申し訳ないと謝っておく。

 これを言葉にしてしまっては、友里も僕も納得が出来なくなってしまうだろう。僕はアイラを選んで、友里は心の中で過去となっているのだから。


 「それにしても、顔をあんまり変わっていないのに、ずいぶんと逞しくなったじゃない」


 昔の僕は中肉中背といった感じだったから、狩りで鍛え上げてきた今の体を見れば当たり前の感想なのかもしれないけれど、そんな言葉よりも、ガラス細工の様にバランスの取れた表情をで作った微笑みを向けられている方が照れくさくてしょうがない。


 「外見で言ったら友里はだいぶ変わったね。あんなに赤くて綺麗だった髪が見れなくなるのは少し寂しいけど」

 「ロクはどっちが好みかしら?」


 なんとも悪戯心溢れるご質問で……。

 昔から友里は髪型を変えたり切ったりするだけでこの質問を僕にぶつけてくる。

 だからどっちを答えても友里が不機嫌になるのは知っている。


 ………男性の僕から言うと、女性のこういう所は理解が出来なくても当然だと思うのだけど。


 「友里、また僕で遊ぼうとしていない?」

 「ふふ、そうでもないわ?」

 

 クスリと笑った友里だけど、口を閉じて一拍ほど間が空いた時、友里の雰囲気が少しだけ変わるのに気付いた。


 「ねぇローグ・・・?」

 「……友里?」

 「……私の好きだったロクは死んじゃって、友里だった私も死んじゃったの。今はメアリーよ?」

 「あっ……、うん」


 言っている意味は分かる。けど、急になんでそこにこだわるの??


 「そう。だから私はメアリーとしてローグを諦めない。あなたがアイラさんを好きだと言うなら、私はアイラさんからあなたを奪うだけ」


 あれぇ~? なんか話が湾曲してますけども??


 「ゆ、友里? ちょっと落ち着こうか?」

 「メアリーよ」

 「わ、分かったから。メアリー、ちょっと話が怖い方に進んでいるからね?」

 「あら、そんなことは無いわ。私は私の持つ魅力でローグを落とす。貴方が気付いた頃にはアイラさんじゃなくて私を求める様になっているから………別に気にすることは無いわ?」


 おぉぉ………。自信満々に言い放ってますけど………。友里ってもっとさばさばしたイメージだったんだけど……。


 「メアリーさん? 流石に…そんな昼ドラみたいなこと言わなくても……」

 「ふふふ、ローグ安心して。あなたが頑固な事は知ってるつもり」


 友里───もとい、メアリーが僕の前に一枚の紙を差し出す


 「思ったより早く届いたから助かったわ」

 「お、お、おぉぉ…………」

 「特例として《貴方は二人まで結婚できるように許可》を出してもらったの」


 渡された紙には、しっかりと《ローグ・ミストリアに限り、二人までの伴侶を認める》と記載されている。もちろん聖王国、デウス国王のサイン入り。


 「何年も探したのよ? 簡単には逃がさないわ?」


 ………捕食されそうです。僕。



 

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