それじゃあしょうがないよね?


 「おはよう、ローグ♪」


 まるで昨日のことが無かったかのように、アイラは僕の上に跨っていつもの悪戯っぽい笑みを浮かべていた。


 「おはよう、アイラ」

 「早く起きないと朝ご飯作ってあげないぞ?」

 「えっ?」

 「ふふん♪ 宿の人に聞いたらレストランにお客さんを入れる前なら使ってもいいって。キッチン♪」


 起きない理由が無いね。正直に言っちゃうと、またあのご飯が出てくるのかと思うと朝から憂鬱だったから。


 アイラの作ってくれたご飯はやっぱり美味しくて、集落を離れて間もなかったけど、僕の手は止まらなくなった。

 アイラも「うんうん♪」と言いながら自分で作ったご飯を食べ終え、宿の人達に改めてお礼を言ってから宿を後にする。

 宿を出る前に、店員さんのアイラを見る目がちょっとおかしかった気がするけど、何かあったのかな?


 僕たちは昨日の続きをするため、先日回った不動産屋を訪れていた。


 クレイグさんの所でもっと話を聞きたかったけど、もしも昨日の今日で友里に出会ったら少し酷かなと思ったから。それに、まずは僕と友里の二人だけでちゃんと話をするべきだ。


 ───そう考えてた自分に拳をお見舞いしたいです。


 「いらっしゃいませ。どんな物件をお探しでしょうか?」

 「………なんで友里がここに?」

 「あら、別に変な話ではないわ。ここ、私のグループ商会だから」


 僕は扉から顔を覗かせて見上げる。


 《クルメエスターテ》と書かれた看板が取り付けられている。


 「………名前変わってない?」


 確か昨日来た時は《ドーズ商会》だったはずなのに。


 「えぇ、買い取ったのは昨日の夕方よ。手続きを急がせたから少し骨が折れたけど」


 隣の気温がどんどんと下がって………いない?


 「クルスさん、昨日はどうも♪」

 「いえ、こちらこそ。先日は失礼を」


 ……はて? 今日は二人が普通な気がする。

 ちょっと理由は分からないけど、険悪な空気になるよりは全然いいよね?


 カウンター越しに頭を下げる友里に笑みを浮かべるアイラ。

 とりあえずカウンター前にある椅子にアイラと腰を落とすと、友里も腰を降ろす。


 「一応はクレイグさんから事情は聞いているのだけど、家を建てたいってことでいいのよね?」

 「うん、昨日聞いた限りだと街の中じゃ無理みたいだから街の外に建てたいんだ。欲を言うと、ちょっと大きなペットもいるから北にある小さな森の近くがいいんだけど………」


 アイラともここに来るまでに話をしたんだけど、せっかく街の外に家を建てるならドラちゃんの事も考えて森の傍がいいよねって話になっている。


 「大きなペットって……あのドラゴンよね?」

 「うん。せっかく街の外に家を建てるなら一緒に暮らしたいな~って」

 「そうね………。それに関しては何とかしてみましょう。それよりも………」


 友里が眉を下げながら近くにあった本を読み始めると「あぁ、やっぱり……」と呟き、本を閉じてこちらへと視線を戻す。


 「まず北の森なんだけど、あそこは名目上、国の管轄になっているからすぐに家を建てることは無理ね」

 「あれ? 集落とかは平気なのに?」


 街の外が国の管轄だって言うなら、集落なんかだって同じ扱いになるはずだけども。


 「ああいった集落は基本的に許可を取らずに住んでいるのよ。ただ国としても何か不利益な事が発生しない限り、メリットが無いから放置するのが一般的。その代わりに集落で魔物に襲われたりしても、騎士団の討伐隊派遣や冒険者を主とした護衛などは一切受けられないわ」

 「そんな違いがあったんだ………」


 ティーグがこれだけ発展しているのに集落では原始時代みたいな落差のある生活に違和感を感じはしたけど……。

 それよりも、僕がクレイグさんから買った本にはそんなことどこにも書いてなかったんだよなぁ。当たり前ってことなのか、それとも黙認だからってことなのか……。


 「………ん? じゃあ許可とらなくても保護されなくてもいいなら家を建てちゃっていいってこと……なのかな??」

 「………そっか、集落で生活してたから何も変わらないもんねっ!」


 アイラの意見に飛びついた僕だけど、すぐに現実を告げられる。


 「それは止めた方がいいわ。集落はここから見えない場所だから法律外のことでも黙認されているの。北の森付近であればここから見えてしまうわ。そんな場所まで放置していたら国としての体面が保てないから……すぐに処罰されるでしょうね」


 束の間の喜びも消え、意気消沈となる僕とアイラ。

 クレイグさんと友里に教えてもらった感じで言えば、五年間くらい宿屋で暮らしていくお金はあるんだろうけど……。


 「……ご飯がなぁ」

 「だねぇ~」


 ティーグへと来てから早三日。

 賑やかな街並みも行きかう人々の笑顔も新鮮で心躍るものがあるけど、あのご飯だけは舌が完全拒否してるんだよなぁ。


 「もしかして、ロクとアイラさんも ” サウザンドブレッド ” を食べに来たの?」

 「「サウザンドブレッド??」」


 友里の言葉に僕とアイラが首をかしげる。


 「あら? 知らないの? 最近やっと買うことが出来たのよ」


 そう言ってカウンターから立ち上がった友里が店内の奥へと消え、戻って来ると手には三つの包み紙を手に持っていた。


 「まとめ買い出来たからあなた達にも分けてあげるわ。それに、考えがまとまるまで時間も必要でしょうし、一旦ティータイムにしましょうか」


 アイラの朝飯をしっかりと食べてきたからお腹は膨れているのだけど、流石に好意を無下にするのもよくないかな。それに、それだけ有名なら味見したくなっちゃうよね。


 「そうだね、せっかくだから頂くよ」

 「クルスさん、ありがと」


 友里から包み紙を受け取ると、今度はカップを僕たちの前に置いてハーブティーを注ぐ。


 「でも、ほんとにこれを作った人は凄いわね」

 「へぇ~、そんなに有名なの?」


 待ちきれないとばかりに友里が包み紙を開き、僕たちもそれぞれの手に持った包み紙を開いていく。


 「凄いわよ。これを販売している大元がクレイグ商会なのだけど、そのお陰で生産者が風の国にいるんじゃないかって噂が広がったの。それを聞き付けた人たちが続々と引っ越してきて、今では賃貸は全部予約待ち。これだって去年予約を入れて、昨日受け取ったばかりなんだから」


 一年近くの予約待ち。膨れていたはずのお腹が緩んでいくのが分かっちゃう。


 「そんなに人気商品なんだ……」


 僕は包み紙から顔を覗かせた丸いパンへと目を落とす。

 前の世界で言えばハンバーガーが一番形としては近いかな。


 中には色彩鮮やかな野菜達がパンの隙間から顔を覗かせ、それを割って出る様に中心には焦げ目がついた干し肉が二枚挟んである。

 珍しくアイラも未知の食品に心を躍らせているのか、興味津々といった様子で様々な角度から手に持ったパンを眺めていた。


 「ふふ、じゃあいただきましょうか」

 「そうだね」


 全員が手に持っていたパンを口へと運ぶ。


 「うーんっ! 本当に美味しいわねっ!」


 満足げに口にした友里は今にも頬が落ちそうといった感じで、今の顔を見れば黄金のセレススティアなどと言われてもピンとこないかもしれない。


 そんな友里を前に、僕とアイラの咀嚼するスピードは徐々に落ちていき、一口分のサウザンドブレッドを飲み込んだ後には、二の手が進まなかった。


 「あら? 口に合わなかったかしら?」


 二口目を口に入れようとした友里がその手を止め、僕たちへと尋ねてくる。


 ………皆さん、もうお分かりですよね。


 「これって………」

 「うん、私がクレイグさんに売ってた物をパンに挟んで売ってるんだねぇ~」

 「えっ!? これアイラさんが作ってるの!?」


 友里が目をまん丸く開いてアイラを見て、アイラは照れたように頬をポリポリと……。


 アイラの売ってた物が原因で借家がなくなったならしょうがないよねっ!

 

 


 

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