さぁ、僕たちの新しい一歩を踏み出そうよっ!



 「じゃぁクレイグさん、申し訳ないんですけどよろしくお願いします」


 僕とアイラは自宅の玄関前で二人並んで頭を下げる。

 それを冷や汗まみれで了承してくれたクレイグさんの後ろには麻袋が山の様に詰まった荷馬車と、それを囲む4人の騎士が僕たちを見ている。


 僕たちはこれから首都へと向かう。もちろん結婚と出産を視野に入れてな訳なんだけど、アイラの稼いだお金を持っていくにしても量が多くてクレイグさんに運んでもらうことにした。


 「…………あっ、は、はいっ。それよりも……一つ聞いても?」

 「なんですか?」


 クレイグさんが視線を僕たちから外し、空を見上げる。


 「あれも………ご一緒にくるんですか?」

 「えぇ、安心してください。街中には入らない様に言って聞かせるんで」

 「そ、そんなことが………」

 「安心してください。あぁ見えてあの子頭いいんですよ♪」


 アイラが空へと視線を向けると「ドラちゃ~ん~」と声を大にする。

 さっきまで空を飛んでいたドラちゃんは低く喉を鳴らすと、降って来るように僕たちの家の屋根へと降り立つ。


 なんというか、僕が修業としてストームドラゴンに挑み始めたのがきっかけなんだけど、その合間に餌を上げてたアイラに懐き、この前、僕が勝ったことで主従関係が出来上がったようで………。

 今では何も言わなくても僕たちの近くにいる様になった。もしかしたら、ドラゴンって犬とかと同じで縦社会なのかもしれないね。


 でもドラちゃんが頭いいのは本当で、まるで人語を理解してるんじゃないかと思えるほどに僕とアイラの言うことを理解してくれる。それに「ぐるるるぅ」って低い声で喉を鳴らしながら頭を差し出してくる姿とか、ほんっと、可愛い………。


 「ま、まぁ、お二人が言うのであれば……平気なんでしょう……か?」


 僕とアイラは笑顔で頷く。


 それにしても感慨深いものだねぇ……。

 前の世界じゃペットを飼いたくてもペット可のアパートは普通の所より値段が高いし、餌代や病院代も馬鹿にならない。日常生活を切り詰めてた僕じゃ飼うことなんかできなかったからな………。


 …………ちょっと大きいけど。


 僕たちが暮らしていた家と同じ大きさのドラちゃんを見ながら、僕は頬を緩める。


 「で、では、ローグさん、アイラさん。私共は一足先に戻っていますのでティーグに着いたらまずはこちらへお願いします」


 名刺サイズの木の板を僕へと渡すクレイグさん。

 そこには《クレイグ商会 代表 フュエール・クレイグ》と書かれていて、その裏には簡易的な地図も書いてあった。


 この世界にも名刺があるんだねぇ……。


 「分かりました。ティーグに着いたらすぐに伺います」


 冷や汗ふき取りながら去って行くクレイグさんたちを見送り、僕たちは集落の人達へと挨拶回りをすることにした。


 僕たちの家もアイラが育ててきた畑も、全て集落の人が相談したうえで分配する事にもなっているから、そこら辺の面倒もかねての挨拶回りだ。


 一応落ち着いたら戻って来るかもだけど、最低でも五年は首都で暮らすから、その間ずっと放置する訳にもいかないからね。


 「じゃあアイラ、挨拶も終わったし行ってみようか」

 「うんっ♪」


 家の前で尻尾をと頭を丸めて眠っているドラちゃんの頭にポンっと手を乗せる。


 「ドラちゃん、お待たせ」

 「……グル」


 眠気眼がまた可愛い……。


 大きな欠伸をしたドラちゃんの背にアイラを乗せ、アイラがドラちゃんの首にしがみ付くのを見てからその後ろに僕も座る。


 グル、と短く鳴いたドラちゃんは畳んでいた羽を一斉に広げ、地面を蹴飛ばして空へと舞い上がる。


 「おおぉぉぉぉっ!」

 「すごいねぇーっ!」


 ドラちゃんとの初フライトはドキドキワクワクな訳で、僕たちはドラちゃんの背ではしゃぎまくる。………ごめんね、後でアイラに餌を作ってもらうからね?


 雲と同じ高さで頬を打つ風と流れていく景色に一喜一憂しながらも進んでくと、街道沿いに明らかに人工物っぽいものが一つ。


 「あれは何だろう?」


 一瞬、クレイグさん達かなと思ってスピリットパスで強化した視界で見てみると、どうやら違うみたい。


 「アイラーーっ! ちょっとあそこに行ってみてもいいーー!?」

 「いいよぉーーーーっ!!」


 僕はドラちゃんに指で場所を指し示して、ドラちゃんはそこへと滑空する。

 徐々に近づいて見えた景色は、僕の見間違いじゃなかったみたいだね。


 一台の立派な馬車が、ボロボロの身なりをした六人の人間に囲まれていた。馬車を引き摺っていたランドボアには矢が刺さり、絶命はしていないみたいだけど動く気配はないみたいだ。


 「アイラーーーっ! ドラちゃんと空で少し待っててーーーっ!!」

 「わかったぁーーーーっ!!」


 僕はドラちゃんの背で立ち上がり、そのまま体を空へと投げる。


 刀を抜刀し、狙いを定めて空中で態勢を整える。


 ドーンッ!


 地面に着地した大きな音と、それと同時に舞った土煙に身を隠しながら、まずは一番近くの人目掛けて膝蹴りを放つ。

 鳩尾に決まったると「うっ……」と低く漏らした声を聞きながら、次の目標へと向けて地面を蹴る。刀のしとど目で顎を打ち、更に次、更に次へと、囲んでいた男達の意識を奪っていく。


 全員が地に伏せたのを確認して、それを見下ろしながらもふぅーっと息を漏らす。


 本で読んで知識だけは持っているけど、自分たちが暮らしていた集落からそこまで離れていないのに、盗賊が出てくるとは思わなかったなぁ。


 「い、一体何が………」


 馬車の下から這いずる様にして辺りを確認している男が声を漏らす。

 僕はすぐに振り返ると、身なりからして御者である事を察して、安心させるために声を掛ける。


 「もう大丈夫ですよ」

 「あ、あなたは……?」

 「僕はローグ・ミストリアと言います。通り掛かろうとしたら襲われている様子でしたので………大丈夫でした?」


 御者が体を起こし、倒れている男達を次々に視界に納めていく。


 「本当に助かりましたっ! ありがとうございますっ!!」


 何度も頭を上げ下げする御者に「たまたま通りかかっただけですから」と言っては見てるが、止まる気配がない。


 困ったな……。


 そんな風に思っていると馬車のドアが開く。


 扉から姿を現したのは白金の髪を耳より後ろで左右に縛っていて、全体的には肩口で揃えてある。髪の隙間からは黄金の瞳を覗かせる女性。

 どちらかと言えば軽装なんだろうけど、僕やアイラが着ている服とは違って、見ただけで素材がいいのが分かる。


 「警護の人間はどこへ?」


 その女性が高圧的な目を御者へと向ける。

 まるで蛇に睨まれたカエルとなった御者だったけど、女性の圧が増すと慌てて口を開く。


 「あ、相手の人数を見るなり逃げましたっ!!」

 「はぁ………、やっぱり馴染みのない土地だと信頼関係が無い取引先には苦労させられるわね………。その派遣商会とは今後一切取引をしない様に通達させます。後は………」


 わぁ……めっちゃこっち見てる。なんかポカした時に上司から向けられる視線に近くて胃が……。


 「貴方は?」

 「えぇ……と、ローグ・ミストリアって言います。たまたま通りかかった者で……」

 「盗賊はあなたが?」

 「えぇ、まぁ……。余計でしたか?」


 逃げたい。転生してまで社会のストレスに晒されるのは……さすがにちょっと……。


 「いえ、この度は助けて頂き、誠にありがとうございます」


 「ローグーっ!!」


 空から聞こえる声に上を見上げると、ゆっくりと高度を降ろしながら地面へと降り立つドラちゃんとアイラ。


 「もぉ~いつになっても戻ってこないんだもん」

 「あぁ、ごめんね。ちょっと話をしていたから……」


 主にストレス社会の未来と僕の胃が無事かどうかを……ね?


 「いひィィィィィーーーっ!!」


 御者が両手を上げて物凄い速さで逃げていく。


 女性を見ればさっきまでの余裕は何処にもなくて、目を見開かせながらも腰の後ろからナイフを取り出し構え、体が金色に光りはじめていた。


 「あーすいません。僕の妻でアイラです。それでこっちはペットのドラちゃんです」


 まだ正式に結婚してないけど妻って言っちゃったっ。ちょっとくらい気が早くてもいいよね??


 


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る