第二章 誰が想像したかそんなこと。

何事も準備が大事なんだよっ!


 僕とアイラが結ばれてから早一年。

 僕とアイラは十七歳になって、お互いの気持ちを確かめあった。


 とはいえ……だ。


 「ねぇ~ローグさ~ん?」

 「ん? どうしたのアイラ?」

 「結婚いつするの?」

 「ごめんね、もうちょっとだけ待ってくれないかな。あともう少しだから」

 「もぉ~またそれ~、私としては早く結婚したいんだど~」


 僕はクレイグさんから買ったテーブルに本を広げ、それを見ながらアイラに応えていると、アイラが強引に僕の腕を絡めとる。


 「私を好きにしていいんだぞ♪」

 「アイラ……僕の理性を試さないでよ……」


 クスクスと笑いながらは腕を離したアイラは、そのまま部屋を後にする。


 なんで気持ちを確かめ合ったのに未だに結婚していないのか。

 それは、僕もアイラもこの世界の事をあまりにも知らないからだ。


 それでクレイグさんに確認してみたところ、集落に住んでる人達は本人が結婚したと言ってるだけで、正式なものではないことが分かった。

 アイラは「それでもいいかも?」と言っていたけど、僕としては転生前の記憶を持っているせいなのか、ウェディングドレスとまではいかなくても一生に一度なんだもん。アイラには着て欲しいと思っている。


 実を言うと、アイラには内緒でクレイグさんにそういった服が作れないか相談中である。


 そして僕の今の悩みはというと………。


 「子供を作るなら……やっぱり五年は首都に家を借りないとな………」


 アイラと唇を重ねたあの日から、僕には新たに目標が二つ出来た。


 ・世間を学ぶこと。

 ・アイラと自分を守れるくらい強くなること。


 世間を学ぶことなんだけど、周りの人たちに聞いたら集落での出産はどうしても危険が伴うみたいだった。もちろん集落の人達はそれを承知の上で出産しているらしいのだけど、僕としてはアイラに何かあるかもって考えたら、その選択肢は消えた。帝王切開も無いらしいし、逆子になったらどうするのかも分からないままだし。


 それでクレイグさんいる首都に引っ越しを考えた訳なんだけど、僕もアイラもずっと集落で育ってきたのもあるし、今みたいな自給自足じゃなくなるから働き口も探さなきゃいけなくなる。


 それでクレイグさんに頼んで様々な本を売ってもらっては、こうやって熟読する毎日になっているのだ。


 ただ、世間を学ぶって方はそろそろ平気かなと思ってる。

 こればかりは転生に感謝だね。なんたって精神年齢だけは四十一歳だからっ!!


 僕は読み終わった本を閉じ、近くに立てかけてある直刀を腰にぶら下げ、いつもの狩場へと向かうことにした。


 アイラに言われて僕は自分と向き合い始めた訳だけど、アイラの言う通り僕は怖かったんだと思う。残すのも残されるのも。


 それで僕は狩りをしながら今まで以上に自分を鍛えることにした。転生前なんて喧嘩のけの字も知らなかった僕にとって、刀の技術や戦い方は転生後の十七年の経験しかないんだ。


 あれだけ強かった父さんですら、人生を守りきることが出来なかった事を考えれば、僕が一意専心で頑張らなきゃいけないことだ。




***


 「ロ~グ~♪」


 森の中で刀を取り出した僕を見て、切り株に腰を掛けながら手を振っているアイラ。

 ………ほら、アイラはスペックがちょっとおかしいことになって来てるから……ね。僕の修業を見物する位の時間は好きなだけ取れるんだってさ。


 僕はアイラに手を振ってから目を閉じて集中する。スピリットパスを閉じた状態で。


 研ぎ澄ました五感でしばらく森を感じる。


 うん、今日も来た。


 僕は目を開けると同時に地面を蹴る。

 スピリットパスを使っていないから風の様にとはいかないけど。


 僕の視線の先にいる大きな緑竜。クリスピーベアだって小さく見えてしまう巨躯を震わせ、大きな羽を広げただけで周りの木が横なぎに倒れる。さらに鋭利な口を大きく開ける。


 この森の主であり、風の申し子とも言われているストームドラゴンの子供だ。


 「───今日こそっ!!」


 まるで昔読んだ熱血漫画の様に僕は叫びながら、僕は飛び上がる。

 ほぼ半年間、僕の相手をしてもらっているこのドラゴンの鱗は異常に固い。


 空中で体を回転させ、落下速度と体の捻りを加えて刀を加速させる。

 僕の中では一等に重い斬撃をストームドラゴンの頭部へと振り下ろすと、ガキンッと大きな音を立てる。


 まるで鬱陶しいと言わんばかりに首を振るドラゴン。僕は跳ね飛ばされて宙を舞う。


 吹き飛ばされながらも態勢を立て直し、木の側面に着地。瞬間、木を蹴飛ばして再びドラゴンへと向かっていく。


 一閃すれば邪険にされ、二閃すれば怒りの咆哮と共に尻尾や手を僕へ振るう。それを何度も何度も繰り返し、僕はタイミングを計り続ける。


 何度もドラゴンへと斬りかかり、タイミングを見つけた僕は父さんが残してくれた円舞を織り交ぜていく。


 《円を描け、そして舞え》


 父さんが残してくれた本に書いてある一文だ。

 最初は分からなかったけど、単純に「止まるなっ!」と言いたいんだって気付いたのは狩りをし始めてから少ししてからなんだけど。


 止まってしまえば勢いを失って攻勢が逆転するなんてことは狩りでもあったし、転生前に見た格闘技なんかでもよくある事だもん。

 その為に一撃でも食らっちゃいけないって言うのは難易度が高すぎるとは思ったけど。父さんって…………僕が感じていたよりも脳筋だったのかな?


 ドラゴンが腕を振ればそれを刀の上で滑らせて体を捻る。

 尻尾を振られれば飛び上がりながらも体を捻って速度は落とさない。むしろ跳ねた勢い、弾かれた勢いを使って僕の体は速度を増していく。


 速度限界。体が振り回され始める速度まで辿り着いた直後、僕が出せる最速最大の一撃をドラゴンのこめかみ目掛けて振るう。


 ガンッ、と一際大きな音を響かせた僕の一撃は、無事にドラゴンの脳を揺らすことに成功したらしい。


 ドラゴンは苦悶の咆哮を上げ、ドスンと体を地面へと落とす。

 目がキュルキュルと回っている姿はちょっと可愛らしいけど。


 「ローグっ!!」


 いつの間にか切り株から腰を上げていたアイラが僕へと向かって走り出し、手を振ろうとした頃には僕の体はアイラのに包まれていた。


 「半年かかったちゃったね。待たせてごめんね」

 「もぉ~」


 僕の胸の中に顔を埋めるアイラ。

 僕もアイラの頭に自分の頭を乗せる。


 これで僕が自分に課した課題は全部終了だ。


 後はアイラが稼いだ賃金を元に首都に移住。生活が安定したらいよいよ僕とアイラの結婚式。

 ……それが終わったら子供で………男の子かな? 女の子かな? あれ? 名前ってどんな感じで決めるんだろ? ちょっと後でクレイグさんに確認しておこう。うん。


 アイラの体温と体に当たる女性特有の柔らかさを満喫して、僕はそっと体を離す。


 「とりあえず………ね?」


 僕はそう言って目を回しているドラゴンへと視線を向ける。


 「あっ! ドラちゃんのご飯作ってあげなきゃ」


 アイラはせっせと元の場所に戻り、ご飯もとい、餌の準備を始める。


 「アイラ……、ドラちゃんって呼び名は流石に………」


 ドラゴンだからドラちゃんなんだろうけど……。転生前にどこかで聞いたような名前をストームドラゴンに命名したアイラにツッコミを入れておくことにする。


 まぁ、可愛いからいいよね?

 

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