かる~くいこうよ
クレイグさんとアイラと三人で朝食を囲み、朝からすごぶる元気な食欲を見せたクレイグさんが満足そうに帰っていくのを見送る。
「本当にアイラの料理は人気だね」
「一番言って欲しい人にはちゃんと言って貰えてないんだけどねぇ~」
昨日の今日ですよ。だいぶ攻めに転じるね……。
アイラは更に僕の左腕を絡めとる様に掴んでくる。
「ア、アイラ?」
「ん? なぁに?」
ニコッと笑う顔をも心臓に悪いけど、腕を挟む様に押し付けている物が非常に狂暴なんです。ある意味脅迫に近い物を感じずにはいられない。
「ちょっと朝から激しすぎませんか?」
「そう? このくらい普通じゃない?」
あー知ってます、その目。絶対アイラは僕で遊んでるね。
昨日の夜アイラと話をしてから、アイラは今までに無いくらい積極的になってきた。
こう言っては何だけど、転生前に比べてもあんまり違いはないと思う。顔が良い訳でもないし、性格がイケメンって訳でもないし。
それに比べて、アイラは集落だからこそ大きな騒ぎになってはいないけど、若い人達がアイラに見とれてるのを何回か目撃したこともある。
たぶん、クレイグさんが住んでいる様な街にでも行けば、求婚者が列を作るんじゃないかと僕は思ってる。
一体僕の何がいいのだろうか………っと、この考えは友里にも止められたことがあるんだっけ。「素直に受け取りなさいっ!」なんて、よく怒られたよね。
────数週間後。
「アイラー! 狩りに行ってくるねー!」
「あっ! ローグちょっと待ってーっ!」
いつもなら行ってらっしゃいの一言なんだけど………なにか用でもあるのかな?
「……どうしたの? その恰好?」
ドタバタと聞こえたかと思えば、僕の前には腰に包丁をぶら下げたアイラが立っていた。
「今日は私もローグに付いて行くの。しっかり守ってね♪」
「えっ?」
「えっ、じゃないよね?」
あー、知ってますよ、その目。言ったら夕飯抜きとかいうやつですね。
「はぁ~、じゃあ行こうか」
「うん♪」
と言って、僕の腕に自分の腕を絡めてくるアイラ。
あれから毎日の様に一度は腕を絡めてくるものだから少しは慣れたつもりなんだけど………その……成長しすぎも大変だよね。
原因はもちろん、はっきりとさせない僕が悪い。
僕も今ではアイラのことを好きなんだって自覚くらいは持っている。
けど、僕はまだ、この想いをアイラに伝えてはいない。
僕は理性と闘いながらも、いつもの狩場へと向かう。
流石に狩場に辿り着けば、腕を離して邪魔にならない様に離れるアイラ。
その姿を確認してから僕は狩りへと没頭していく。
「ふぅ~……、アイラ、今ので何匹目かな?」
「十五匹だね、もう血抜きは全部終わってるよ~」
「………え??」
僕は空を見上げる。
うん、太陽の位置は来た時とそこまで変わってないよね?
「………全部終わってるの?」
「うん、新鮮さを保つには血抜きはしっかりとしないとだしね」
アイラの近くにある木には、僕が捕まえた獲物たちが枝に干されている。
「早いね……」
「毎日やってることだもん、流石にこの位はね♪ っと、私はこのままお昼作っちゃうからローグは少し休んでてね」
とにもかくにも、僕の仕事としては充分すぎるほど大猟だから狩りは充分かな。
僕が獲った獲物の中では比較的に小さい部類のフワリーフォックスを手に取り、持ってきた包丁で捌き始め、瞬きをした間に各部位ごとに解体されていた。
「ア、アイラ? 今何したの?」
「えっ? 捌いただけだよ?」
「いや、ほら……スピードが………」
「何言ってるのローグ、慣れればこんなもんだって」
早すぎじゃないですか? それともこの世界の女性たちってこんなに早いのが普通なの? えっ? まじ?
アイラが料理を作っている間に素振りでもしようかと思っていたのだけど、素振りをする時間すらなさそうだった。
「はい、一応調味料は使ったけど、いつもの香草じゃないから味が少し違うかも」
「ありがとう、こんな場所でちゃんとした物を食べられるんだから嬉しいよ」
あっという間に調理された取れたての新鮮な肉を使っての香草焼き。普段は一人で来て食べられる物を適当に食べてる僕としては非常にありがたい。それにアイラの作った料理でまずいなんて思ったことは無いから初めての料理でも安心して食べられるよね。
僕とアイラは大きな切り株に並んで座り、香草焼きを頬張る。
フワリーフォックスは見た目の割に物凄く軽い。煮たりすると跡形もなく溶けて肉の旨味を含んだスープに。焼くと口の中に入れた瞬間にフワッと溶けだし、濃厚な脂が喉を潤していく。
それが香草の香りに包まれることで肉の臭みやしつこさは消え、旨味だけが僕の体に流れ込む。ピリ辛なのもいい。
「……ちょっと癖になりそう」
「お粗末様♪」
ちょっとこの世界に来てから香草焼きが癖になりそうだよ。
ペロリと食べてしまった訳だけど、そんな僕の肩が不意に重くなる。
「急にどうしたの?」
アイラが僕の肩に頭を預けてきたのを見て、少し珍しいと思いながら口を開いた。………珍しいといえば、狩りに二人で来たのはこれが初めてだよなぁ。
「………どうだった?」
「どうって………何が?」
「私と狩りに来てどうだったって意味だよ。………相変わらず鈍感なんだから」
「僕って鈍感なの?」
「気付いてなかったの?」
すいません、初めて知りました。全然鈍感じゃないと思ってたので……。
だって前の世界じゃ空気に溶け込むのは僕の唯一の特技だと思ってたしね?
あっ、どちらかというと馴染むと言うより同化する方に近いけど。
とりあえず、素直に謝っておこう。
「ごめんさない」
「もぉ~。………友里さんだっけ?」
「あー、前の世界の婚約者だね」
顔が近いせいか、アイラが息遣いが体を伝わって来る。今も何か大事な話をしたいのか、一呼吸入れている。
「この間ローグから話を聞いて考えたんだけど、もしかして怖いんじゃないかって思ったの」
僕の胸は少しだけ鼓動を速める。
「友里さんを一人にしちゃったローグ、父さんと母さんに残されちゃったローグ。だから、ローグは私と一緒になっても、また一人になるのが怖いんじゃないかなって」
僕は口を噤む。
アイラはそんな僕の顔を見て微笑む。
「じゃあ私から提案」
「提案?」
「そ、私が死んだらローグも死んで。ローグが死んだら私を殺して。それでずっと一緒だよね?」
────おもっ!!!
「ア、アイラ? 流石にそれは……ね?」
僕は驚いて肩に乗っているアイラの頭のことなんか忘れて顔を向けると、アイラは僕をみるなるクスクスと笑い始める。
「いま
「………よくご存じで」
「………まだ気付かない?」
「ごめん、教えてくれると嬉しい」
アイラが眉を八の字に歪め「まったく、もぉ~」と言いながら顔を元に戻す。
「ローグが必死で考えても考えて無くても、私がどんなにローグに想いを伝えても伝えてなくても、答えがでないのは心が重くなってるからだってこと」
「心が………重い?」
「だって十年間一緒に暮らしているのに、嫌いも好きも無いなんておかしいよ。だからローグは心が重くて動かないんだなぁ~って………気付いちゃった。それでこの間の話を思い出したら、ローグは怖くて、それが重さの原因じゃないのかなって思ったの」
「そう………なのかな?」
「そうなのっ。だから……もっとかる~くいこ? 結婚して、子供産んで、どんな生活が待ってるかなんて私だって分からないもん。でも、私はローグとなら平気な気がするんだぁ~。だから、大事なのは《今》私の事をどう思ってるかなんだよ」
………僕は。
「……うん、そうだね。未来なんて誰にも分からないもんね」
「そうだよ」
僕はアイラへと体を向ける。
「アイラ」
「はい」
「僕は君が好きだ。僕とずっと一緒にいてくれるかな?」
「はい。これからもよろしくね♪」
そう言うと、アイラは花の咲いた様な笑顔を浮かべ、僕の唇に自分の唇を被せてきた。柔らかな感触と、零れる吐息が僕の中へと入ってくる。僕の頭は一瞬で蕩けてしまいそうになる。
すぐに離れたアイラの頬は真っ赤に染まっていて、僕も多分真っ赤に染まってる。
「じゃぁローグ、そろそろ戻ろうよ。狩りはもう十分でしょ?」
「……え、あっ、うんっ」
何が起きたのか頭の整理がつかないまま、僕はアイラの後ろを付いて行く。
気のせいか、アイラの足取りは妖精が躍る様に軽い足取りに見えた。
…………その日の夜、僕たちがどんな生活を送ったのかは、あんまり想像しないでね?
────1章 完
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございます。
次からは結婚の準備をし始め、集落から首都へと向かう話が始まります。
無事結婚できるといいのですが………。
もしよろしければ、
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