ハッキリ言わなきゃっ!


 僕とアイラはとりあえずテーブルの上を片付ける。……無言で。


 再び椅子に座ると、アイラがコップにハーブティーのお替りを入れて僕の前へとそっと置く。


 「ク、クレイグさんも気が早いよね~」

 「そ、そうだね」


 いつもより歯切れの悪いアイラにつられて僕の口も上手く動かない。


 ………っと。ちょっと待って。

 気が早いよねってことは、子供を作ること自体には反対ではないと?

 いやいや、あれ、僕たち結婚している前提で話進んでない?


 アイラも手に持ったハーブティーを少し口に含むと椅子に腰を落とす。


 「………ねぇローグ?」


 普段ならどんな時でも明るいアイラの声に真剣身を感じ、僕はアイラへと視線を移すので精一杯だった。


 「子供欲しい?」


 頬を赤らめるアイラにドキンッと胸が弾む。


 神様らしき人が言ってた心残りを無くしてくれってこう言う事なのかなって……そんな想いが頭をよぎる。


 転生前だって少ない賃金で生きて行くのに必死で、偶然出会えた友里というパートナーに恵まれたことには感謝したけど、子供を作る余裕があるかなんて結婚する前だった僕には想像できなかった。


 今の生活であれば………まぁ子供を作ること自体は可能だろうけど、それ以前の問題だ。


 僕はまだ友里のことが頭に残っている。


 ただ、僕の心の中で引っかかっているのは、今友里に対して抱いている感情があの時と同じ愛なのかと言われると、少し自信がない。

 たぶん、目の前に友里が笑って暮らしている姿が確認できればそれでいい様な気がする。

 愛と言えば愛なのだろうけど、それはどちらかと言えば子が親に抱く愛情に近いのではないだろうか?


 僕は友里を残して死んで、そして違う世界で生きている。

 もう出会うことは二度とないし、あの時から考えれば十六年も経っている。

 友里は新しい人生を歩んでいて、新しい幸せを手に入れてると信じたい。


 ………僕も、新しい人生を歩くべきなのかな。


 「……ねぇアイラ、その前に一つ聞いてもいいかな?」

 「ん? なぁに?」

 「そ、そのさ、アイラは……僕のことが好きだってことなのかな? ………あっ!

 こんな言い方じゃ変に聞こえるかもしれないけど────」

 「好きに決まってるじゃない♪ 今さら何言ってるのぉ」


 ちょっと自分の言い方が卑怯だと思って訂正しようとしたんだけど、アイラは迷うことなく笑顔で応える。頬を赤く染めながらと言うのは少し卑怯だけども。


 それにしても即答か………。


 アイラの迷いが無い返答に、僕は覚悟を決めなきゃいけない。


 「じゃぁアイラ、僕はこれから突拍子もない話をするかもだけど、その話を聞いた後にもう一度同じ質問をしていいかな?」


 僕は転生前の話から今に至るまでの話をアイラに伝えることにした。


 向こうの世界で学んだことだけど、どんな時もトラブルをになる理由の大半はちゃんと心の内をさらけ出せない事だ。隠しごとばかりじゃ絶対に後々トラブルになるしね。

 言ったところで頭のおかしい人って思われる可能性の方が高い気がするんだけどね。


 向こうの世界に婚約者がいたこと。結婚前に殺されたこと。気付けば今の父さんと母さんの間に生を受けたこと。向こうで生きていた24年間の記憶も、未だに何一つかけることなく持っていること。


 今までアイラに言っていなかったこと、それを全てアイラに伝えた。


 「………ねぇ、ローグってグースさんからその刀を貰った時って怪我をしたことあった?」

 「して……ないかな? それよりもアイラ───」


 アイラの言いたいことが見えなくて、僕はアイラに尋ねようと口を開いたけど、それに言葉を被せるアイラ。


 「じゃあ泣いたことは?」

 「………ない……のかな?」

 「もぉ~。………それに洗濯物の干し方、お掃除の仕方。私に作って欲しいって言ってた料理とか………。全部不思議だったんだ~」

 「不思議??」

 「そうだよ。だって六歳で刃物扱って一回も怪我しないのは違和感あったもん。私なんか初めて包丁持った時は何回も自分の指切っちゃたし」


 アイラにもそんな時期があったんだ……。


 「それに一回も家事をしていないはずのローグが私より家事上手だったし、私と同じはずの子供なのに……ってずっと思ってた」


 ちょっと意外だなぁ。アイラにそんな風に見られてたんて……。


 「僕はアイラが凄いなぁってずっと思ってた。ずっと僕が獲物取ってこれなくても嫌な顔せずに《大丈夫》って言ってたし……。料理も家事も家の周りの畑も、全部一人でできちゃうんだもん」

 「そうだったの? 私はローグが頑張ってばっかりで、私は何にもできなかったから………だから頑張ろうって決めたの。あの時から食べられる様にって畑のことは考えてたんだけど、どうしていいか分からなくて……。ローグが怪我した時かな? 分からなくてもやらなきゃって思ったの」


 あぁ、僕は本当に大切に思われてたんだな……。


 僕がハーブティーを口に運ぶと、アイラも手に持っているコップを口へと運ぶ。


 「ねぇアイラ? 僕の話を聞いても、まだ気持ちは変わらない?」

 「そうねぇ……、今もまだしっかりと受け止められたかって言われると……違うのかな? でも……私はローグが大切。ずっと、たぶんこれからもずっと、ローグだけが大切な人だね」

 「うん、僕もアイラが大切。ずっと十六年間一緒に助け合って生きてきたんだもん。大切じゃないなんてことは絶対にないよ。……でも、アイラに抱いてる気持ちがそういう愛なのか、今の僕には少し自信が無いんだ。だからもう少しだけ時間をくれないかな?」

 「もぉ~ほんと我儘なんだから~」

 「……ごめん」


 その通りだ。僕は我儘だ。


 だから断ってくれてもいいし、一緒に暮らしたくないって言ってもいいのに……。それでもアイラは笑顔を崩さなかった。


 「そろそろ寝ようか」

 「そうだね」


 僕は立ち上がってコップを煽り、一気に喉に流し込む。


 すると、アイラが僕の胸に頭を埋める様に抱き着いてきて、フワッとした花の様な香りと、成長して昔とは違う柔らかな感触が僕を包み込んだ。


 「……もうちょっと私のこと見てくれてもいいのに」

 「………えっ?」


 それだけ言うと、アイラは僕の体から離れ、いつもの笑顔を浮かべながら「おやすみ♪」と自分の部屋にコップを持ったまま去って行った。


 僕の耳に残るアイラの言葉、体に感じる柔らかな感触と温かさ。


 僕は、しばらくその場から動けずにいた。


 


 

 


 

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