ちょっとバグってきてますよ?


 ────4年後。


 「ふぅ………」


 隣に出来た獲物の山を眺める。

 山と言っても自分の背丈よりも少し高いくらいだけど。


 「……ほんと、もっと早く知りたかったよね」


 両親が死んでから今までの事を振り返っている僕がいた。


 アイラに開いてもらったスピリットパスの便利さを思えば、当たり前の感想なのかもしれない。そんな想いと一緒に無茶をしたよなぁって想いが湧き出てくる。


 スピリットパスは筋肉と同じような考えでいいみたい。

 使えば使う分だけ力は増していくし、今では狩りも片手間で出来るほどにはなっているしね。


 ただまぁ………、僕のはもしかしたら少し変わっているのかもしれないけれど。


 「……まだいるな」


 体から金色の光を放ちながらも辺りを見渡すと、ここから数キロ先にまだ獣がいるのが手に取る様に分かる。


 なんでだか分からないけど、僕の場合は筋肉だけじゃなくて感覚も鋭敏になっている。


 僕は薄く伸ばした金色の光を纏ったまま走り出す。

 乱獲はいけないけど、まだ時間も早いしラスト一匹にしよう。


 颯爽と駆け抜けた先に見えてきたのは、一匹のクリスピーベアと荷馬車が木に衝突し、持ち主であろう恰幅のいい男性が尻もちをついている姿だった。


 なんでこんな森の中に……と思ったけど、どうやらそんなことを言ってる余裕はなさそうだ。


 僕はすぐさま地面を蹴り飛ばし、クリスピーベアと恰幅のいい男性の間に割って入る。


「その辺にしてくれないかな」


 いつもより精霊を取り込んで体から漏れ出る光を強くする。


 威嚇だ。


 光の強さで相手が自分よりも上なのか下なのか、本能で判断してるみたい。

 僕が始めたスピリットパスを使って狩りをしようと思っても上手くいかなかった原因だね。


 ラスト一匹と思ってたけど、流石にクリスピーベアは大きすぎるからね。


 クリスピーベアは僕が光を強くすると、威嚇していた目をギョッとさせて脱兎のごとく逃げていった。


 一応周囲に獣の類がいないか確認してから両手に握っていた直刀を腰にぶら下げてある鞘に戻し、恰幅のいい男性へと向き直る。


 「金色の………」


 はて? この人は何を言っているのだろうか?


 「大丈夫ですか?」


  見れば目をまん丸く見開いた壮年の男性で、転生前の子供時分によくプレイしたダンジョンを潜っては戦い続ける太った商人を彷彿させる姿。


 ターバンも巻いてないし、あれよりは少し痩せてるけど。


 「え、えぇ。ありがとうございます。もうダメかと思ってたので……」


 はて? スピリットパスが開いてるならそこまで警戒するようなレベルじゃないと思うんだけど……。

 年齢とかも関係するのかな?


 「とりあえずここはさっきみたいな獣が多いですから一度集落に行きせんか?」

 「そうして頂けると助かります。……けれど荷馬車が……」


 恰幅のいい男性は首だけで後ろに振り向き、木に突っ込んで傾いている荷馬車を眺める。


 「あぁ、それなら僕が運びますよ」


 僕は荷馬車の近くまで近寄り、木製のフレームに手をかけて持ち上げる。


 「ちょっと狩りの途中だったので寄り道してもいいですか?」


 せっかく狩った獲物を放置なんてしたら勿体ないもんね。


 「………えっ?あっはい!ありがとうございます」


 なぜそんなに目を見開くんだろ?

 ちょっと目が飛び出で来そうで手を添えたくなっちゃうよ。



 元いた場所に戻って山になっている獲物を反対の手で持ち上げてから、僕と恰幅のいい男性とで集落へと向かう。

 一番大きな獲物を下にしといて良かったよ。ちょっとバランス取るのが難しいけど。


 男性を自宅へと案内すると、再び目を見開く男性。


 「こ、これは……」


 畑に実った様々な野菜や果実を見ながら呆然とする男性。


 「これは同居している幼なじみが作った畑なんですよ。今では生活に欠かせない物になりましたね」


 1日でこの畑を作ったことには驚かされたけど、今では自生に近い状態で実る野菜や果実達は本当に美味しくて、日々をアイラ様に感謝しながら口に運ぶ毎日だ。


 アイラも自分が育てた物に愛着が湧いてきてるみたいで、最近は料理の腕もメキメキと上げている。


 潤沢な生活は潤沢な資源だねっ。


 「これをお一人………」

 「そうですね。僕もたまには手伝いますけど、僕は肉担当なんですよ」

 「………」


 黙っちゃったよ。

 僕、何か変なこと言っちゃったかな?


 「ローグ、おかえりなさい」


 アイラが透き通った青い髪を揺らし、玄関からひょこっと顔を出して笑顔で出迎えてくれる。

 僕たちの声が家の中まで届いたのかもしれないね。


 「ただいま」


 アイラが僕の隣にいる男性を見て首を傾ける。


 「アイラ、この人は森の中でクリスピーベアに襲われてたんだ。荷馬車も壊れちゃったみたいだからね」

 「そうなんだ。それじゃあ大変だったよね……。すぐに食事の準備しちゃうから中に上がってもらって♪」


 相変わらず決断が早いというか迷いがないというか。

 前の世界じゃ知らない人を家に上げるなんてこと普通しないからなぁ。


 まだまだ僕はアイラを見習わなきゃいけないね。


 僕は男性と共にリビングの丸テーブルを囲む。


 「申し遅れました。私はクレイグと言う者で風の国の首都、ティーグで小さな商会をしている者です」

 「僕はローグです。さっきの青い髪の女の子がアイラで……って、さっき聞かれてましたかね」

 「えぇ、先程二人の会話で把握しています。今回は本当に助けて頂きましてありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるクレイグさん。

 それにしても、なんであんな森の奥深くにいたんだろう。


 僕はクレイグさんにそのまま質問をぶつけてみる。


 「いやはや、少しお恥ずかしい話になるんですがね、私の運営しているクレイグ商会なんですが、少しばかり雲行きが怪しくなってきてまして………。と言っても、今日明日にでも潰れるとかではないんですが、ここらで新商品の一つでも探さねばと普段立ち入らない場所に踏み込んだ結果が今日の惨状ですね」


 後頭部をポリポリと描きながら照れ隠しをするクレイグさん。


 商売となると前いた世界でもここでもあんまり変わらないのかもしれないね。ローーんとかあるのかな?


 「ローグ~っ! 運ぶの手伝ってもらってもいい?」

 「は~いっ! すぐ行くね~!」


 僕はそそくさとアイラの元へと向かい、夕飯の準備を手伝うことにする。

 しょうがないよ。だってこんな小さな集落に住んでると来客なんて無いし、この世界に生を落としてから初めての出来事なんだから。


 アイラと二人で丸テーブルに料理を置き、自家製のハーブティーと共に色鮮やかな料理が埋め尽くす。


 「クレイグさんも遠慮しないでくださいね」


 アイラがそう言うと、クレイグさんは顔を曇らせて並んだ料理を眺めはじめる。


 「え、えぇ。………というよりも……これはなんですか?」

 「あ~、もしかしたらこういう料理って集落でしか出さないのかな? でも良かったら食べてってくださいね。せっかく作ったんだから。それに味には自信あるからね」


 アイラは本当に物怖じしない。僕だったら絶対にしゅんとなってるもん。

 でもアイラの料理が美味しいっていうのは僕も賛同だけどね。


 「クレイグさん、冗談抜きでアイラの料理は美味しいですから試しに一口どうです?」

 「で、では………」


 怪訝な顔を隠すことなく、クレイグさんがアイラ自家製のソーセージへと手を伸ばす。

 目をぎゅっと瞑ってパクっと一口。


 「────っ!!???」


 目を見開いたクレイグさんは言葉を発することなく並べられた料理に次々と手を伸ばしていく。


 世界でただ一つの吸引力を持つアイテムを連想しながら、僕とアイラは目を合わせ、クレイグさんが全部食べてしまう前に取り皿へと料理を移し始めることにした。


 本当に数十分ほどではあるけど、並べられた料理は見事に姿を消した。七割はクレイグさんのお腹に入ったかな。


 「アイラさんっ! 私と契約を交わしませんかっ!?」

 「えっ?」

 「この料理の数々は本当に素晴らしいっ! 何がもしもよければ首都でレストランなど開いてみるのはいかがでしょうっ!?」


 前のめりで血走った目をアイラへと向けるクレイグさん。その姿に若干体を引いたアイラ。


 アイラのこんな姿を見るのは僕も初めてだから少し新鮮な気持ちになっちゃったよ。


 っと、流石に止めようか。


 「クレイグさん、少し落ち着いてください。アイラが困ってるんで」

 「───はっ! いやいや、これは大変失礼いたしました。あまりの美味しさに我を忘れるところでした」


 慌てて体を戻すクレイグさんに安心したのか、アイラも引いていた体を戻す。


 「ごほんっ、ローグさん、アイラさん。この料理は本当に素晴らしい。最初に食べたポリっと子気味の良い音と共に口の中を潤すうま味の詰まった肉の油、葉っぱで包んだお肉も香りが爽やかでしつこくない。さらにそのサラダっ! シャキシャキとしていて噛めば噛むほどにほんのりとした甘みと酸味が口の中に広がっていくのですよっ!! こんな料理は─────」

 「クレイグさん、だから落ち着いてくださいって」


 喋る程に血走っていく目と前のめりになっていくクレイグさんを見てすかさず止めに入る。


 「えぇ……っと、ありがとう。でも、私はこの家から出るつもりはまだないかな? って言うよりも考えたことなかったかも」

 「あー、僕もそうだね。いきなり首都に来てくれって言われても困るかな?」


 おもむろにしゅんとするクレイグさんを見て、アイラが困ったような顔を浮かべる。まぁこんな場所だから商売のことなんて僕らじゃ分からないし、返答に困るよね……。


 とはいえ、アイラにソーセージや香草焼き、それにドレッシングの作り方をそれとなく提案してのは僕な訳で、少しばかりの責任感というか………ちょっとクレイグさんに申し訳ないと思ってしまう。


 とりあえず、なけなしの提案でもしてみようか。


 「クレイグさん、もしよかったらなんですけど……アイラが作った保存食も食べてもらって、それをクレイグさんが売れるって思えたならそっちをにしませんか?」

 「ほ、ほんとうですかっ!!? それならばぜひその保存食とやらもお願いしますっ!!」


 テーブルに頭をぶつけそうな勢いで下げるクレイグさんを横目に、僕とアイラはキッチンへと足を運ぶ。


 「アイラ、勝手に提案しちゃってごめんね。無理そうなら言ってくれれば僕が断るから」


 僕が提案んした事ではあるけど、実際に請け負ったとすればアイラが作業をする訳で、思いつきのようなものだったけどアイラには申し訳なく思う。


 「………ねぇローグ?」


 アイラの真剣な横顔を見て、僕は声を震わせながら「はい」と返事を返す。

 

 「………どれなら売れるかな?」


 あっ、そっちでしたか。

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