哀愁漂う十六歳
────六年後。
僕は変わらずに森の中でせっせと働きアリの様に狩りを続けている。この頃になると、自分の背丈よりも長かった直刀もちょうどいい位の大きさで、体が大きくなったぶん、いろいろと楽になっていた。
「今日も大量だね」
隣に出来た山に視線を向ける。
クリスピーベアを含む何十体もの獲物が積まれた山。それは大きな木の半ばまで積み上げられている。もちろん全て僕が狩った獲物だ。
直刀を腰にぶら下げている鞘へと戻し、持ってきたリヤカーもどきに積み込んでいく。積み込みが終われば家へと帰るために足を進める。
家の前まで辿り着くと一台の大きな荷馬車が止まっていた。
「あれ、今日も来てるんだ」
僕がアイラと二人暮らしにも関わらず大量に狩りをしている理由でもある荷馬車なんだけど、確か一昨日も来たはずなんだけどな?
僕はリヤカーを家の前に置いて暖かな空間がまる扉を開ける。
「アイラ~、今戻ったよ~」
玄関を開ければ、リビングにあるテーブルに恰幅のいい壮年の男性とアイラが丸テーブルを囲んでいた。
「お帰り、ローグ。商談が終わったら夕飯の準備するからね」
「ありがと」
アイラがテーブルに置かれたいくつかの書類から目を外し、にこやかに微笑む。
それにしても………と思う。
昔から可愛らしい女の子ではあったけど、今は十六歳。
透き通た水で作られた様な艶やかな髪も、女性らしくなってしまったメリハリのある体。
既に十六年顔を合わせている訳だけど、その経緯が無ければ目を合わせるのも躊躇ってしまう程に高値の花へと昇華していた。
「おぉ、ローグさん! お久しぶりですね~」
「クレイグさん、いつもアイラがお世話になってます」
軽い会釈をする。
いつもは違う人を寄こしてくるのだが、今日は自ら足を運んできたようだ。
「いえいえ、そんな事はないですよ。どちらかと言えばアイラさんが作る商品数だけ私の生活が潤っているのですから」
「そんなに人気なんですか?」
「えぇ、私の舌に間違いはありませんでしたね」
「なんというか……僕は毎日食べているからあまり実感が湧かないですけどね」
「なんと贅沢な生活でしょう。こう言ってはなんですが、アイラさんの料理はかなりの価値が産まれていますよ」
クレイグさんが言い終えると、アイラがテーブルに置かれた一枚の紙を取り、僕へと差し出してくる。
「えぇっと………」
その紙に書かれていたのは、アイラに直接ご飯を作って欲しいいから出張してくれといった文面が綴られた契約書。それも僕たちが住む風の国から一番遠い国からだ。
「うわぁ……、ここまでとは思いませんでした」
「私も流石にこれには驚いたよ~。流石にそんな遠くまでは行けないからちょうど断ったところなの」
ハニカムアイラさん、ちょっと目のやり場に困ります。
「私も流石に無理だとは思って先方に事情だけは話してあるのですが、どうしてもと粘られましてね。流石に私共の商会で随一の取引先ですから、私が来た次第です」
「そうだったんですか………」
なんというか………押しのアイドルが有名になっていくような疎外感と言えばいいのだろうか、アイラが少し遠くに行ってしまったような。
「ローグ、とりあえずお風呂にでも入ってきたら? 今日も汗かいたでしょ?」
「そうだね。じゃあ終わったら久々に食べていきますよね?」
「えぇっ! 実際に行ってしまえば取引の話よりもそちらが本命ですからっ!」
僕とアイラはお互いに目を合わせてクスリと笑ってしまう。
クレイグさんはアイラに任せて、僕は裏庭に設置ていあるお風呂へと向かう。
先に言っておくと、この集落でお風呂を使っているのはこの家だけだ。
僕たちも昔は川や雨水を利用して体を洗っていたけど、クレイグさんから風呂桶を買ってからは風呂に入るのが習慣化してきている。
まぁ僕たちが買ったのは移動用風呂桶だから五右衛門風呂みたいなやつなんだけどね。………欲を言えば足を伸ばして浸かりたいけどね?
「それにしても……本当にクレイグさんには頭が上がらないな……」
このお風呂もそうだけど、僕とアイラは集落で暮らしていたから自給自足な訳で、世間なんてものをまるで知らなかった。
それもあって、クレイグさんが商談を持ちかけたあの日からは様々な事を教えてもらったし、そのうえでアイラの作った物を買い取ったり物々交換したりと………。
最近では、集落の人達から嫉妬と嫌味を多分に含んだ視線を感じる時もある。そのくらい、僕たちの生活は自給自足とはかけ離れてきた。どちらかと言えば………農家、兼、食品工場的な?
そのお陰もあって、僕の狩る量も跳ね上がった。
せっかくだから父さんが残してくれた円舞の練習を組み込んで狩りをしていた。
だいぶ形にはなってきたと思うんだけど………。父さんがいないから聞けないんだよな……。
昔を思いだし始めると、段々と思考がそっちへと引っ張られていく。
そう言えば僕の体は十六歳だけど、精神年齢で言えば既に四十歳。
………ビール、飲みたいな。キンキンに冷えたグラスに氷点下二度でシャリシャリになったビールを………こう……グイッと。
「アイラに作ってもらうかな……」
なんとなく提案すればアイラなら作ってくれちゃう気がするんだよなぁ。まぁ作り方なんて知らないから無理なんだけど。それに冷蔵庫も無い世界でキンキンに冷えたビールって無理があるよな……。
「私に何を作って欲しいの?」
「ア、アイラッ!?」
「なんでそんなに驚いてるの?」
驚くに決まっているよね?
だって僕は今風呂な訳で、桶に阻まれてるとはいっても僕はすっぽんぽん。
そっと手を下の方にずらしてはみるけど、それ以上は近付かないでっ!!
僕のちんけな息子を覗かないでっ!!
「もぉ~今更恥ずかしがらなくてもいいじゃなーい。それよりも夕飯の準備できたから早めに上がって来てね」
「すぐ行く、すぐ行くからっ!」
ほれほれと言わんばかりに覗こうとするアイラに背を向けながら答えると、クスクスと笑うアイラが家の中へと戻っていく。
「もう少し危機感を持って欲しいよね……。いくら幼馴染だからってもう少し自分の魅力ってものに気付いてほしいもんだよ」
と、口では言っているけど、心の根っこの部分では違うのを理解している。
「…………友里、今頃幸せになってるかな」
チクリ。
そう。僕はまだ引き摺っているのだ。
なんというか……こっぴどく振られたりしてしていれば、こんなに引き摺ることも無かったのかな。
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