スピリットパス


 僕はそっと目を開ける。

 ふかふかとした感触、見慣れた天井。


 「あれ? クリスピーベアは??」

 「もう下処理終わったよ」


 顔を声のする方に向けるだけ。そのはずなのに冷や汗が止まらないのはなんでだろ。


 あー、分かってしまいました。

 爽やかに澄み渡る声とは裏腹に氷河期を体現している笑顔を浮かべているね………。足掻けっ……ないね。はい、無理してごめんなさい。


 「ごめんね」

 「もぉー」

 

 僕の体をペタペタと触り、ひとしきり触り終えると「うん」と納得したように頷くアイラ。


 「もう大丈夫そう。見た目より酷くなくて本当によかったぁ~」

 「背中がまだちょっと痛むけどね」

 「もぉー」

 「ごめん」


 はぁーっと息を吐き出したアイラ。


 「もういいよ。その代わり私もこれから頑張るっ」

 「えっ? アイラだって家のことやってもらってるからこれ以上は頑張んなくてもいんじゃないかな?」


 社会人になってから思うことだけど、頑張り過ぎは本当によくない。適度がいいのだ。


 「だーめ。それとローグ」

 「なに?」

 「持ってきたクリスピーベアのおかげでご飯はどうにかなるからしばらくは安静にしてねっ!」


 ちょっと心配かけすぎちゃったみたいだね。目が本気です。


 ともあれ、確かにあの時みたいに文武不相応な獲物が出てこられたら次こそ命が無いだろうね。ここは大人しくしておこう。その代わり───。


 「ねぇアイラ?」

 「ん??」

 「ちょっと探して欲しい物があるんだけど……いいかな?」


 アイラが僕の話を聞いて、探してきた無数の本をベッドの横に置いていく。

 本と言っても、薄い木の板を茎を叩いて作った紐もどきで縛っただけの物。 


 「書いてあるかな……」


 僕はアイラの両親が残した本を手に取って読み進めていく事にした。


 この世界は僕のいた世界と違って魔法がある。

 それは昔父さんから聞いて知ってはいたけど、父さんは魔法が使えなかったらしいし、父さんが残してくれた本は読んでみたけど円舞に対してのことが多く書かれていた。


 未だ刀に振り回されてばかりの僕じゃすぐに戦えるほどの物に仕上がらない。


 「………スピリットパス?」


 いくつかの本を読んでいくと見慣れない文字が書いてあった。


 僕は黙々と続きを読み進める。

 意味は文字通り【精霊の通り道】らしい。


 《先天的に持っているスピリットパスに加護を受けた微精霊を流すと体がぼんやりと光る》


 へぇ……。ってことはクリスピーベアを倒した時に腕が光ったように見えたのは気のせいじゃなかったんだ……。


 体がむずっと疼く。

 先天的ってことは、運良くも僕はそれを持って産まれてこれたってことだ。

 使い方がまるで分からないけど……。


 偶発的なものなのか、任意で使えるものなのか………。う~ん……。


 効果は何となくだけど分かる。

 腕が光ったと思った一瞬だけど、刀の重さをまるで感じなかった。


 必死だったから火事場の馬鹿力的な何かだと思ったけど、そうじゃないみたいだ。

 これから数日は寝たきりになるだろうし、暇つぶしだと思って試してみる価値はあるよね?


 それから僕は、あの時の感覚を思い出す。

 でも、あの時は必死だった訳で細かいところは覚えてない。


「……とりあえず昔読んだ漫画の真似事でもしてみようかな」


 社会人になる前は必死で買い漁っていたファンタジー物の漫画を思い出す。


 でも、大抵は体の内に流れる魔素を感じで~とか、手のひらに何かを集めるように~とか……かな?


 僕はとりあえず手に何かを集めるようなイメージをする為にそっと目を閉じる。


 周りの空気を感じて……。

 ………今日はいつもより湿気が多いね。


 よし、次に行こう。


 体の中を流れる何かをコントロールするようなイメージで………。

 …………背中が微妙に温かいから、炎症はまだ引いていないみたいだね。


 ちょっと落ち着いて考えようか。


 あの時は必死だったんだ。僕の人生で初めてと言っていいほど大きな声を上げた。それに後先なんか考える暇も無くて決死の覚悟だけが体を支配していた………と思う。


 …………とりあえず何もしないのも退屈だし、やってみようか。


 僕は深く息を吸い込み、両手をぎゅっと握りしめる。


 「あああぁぁぁぁぁああーーーーーー!!!」


 ───光ったっ!?


 記憶にあるよりも薄くぼんやりとした光だったけど、確かに金色に光った。

 それでいくと気合的な何かなのか、もしくは声に反応するとか?


 「あーーーーー」


 今度は発声練習の様に声を出す。僕の手は光らない。

 つまり声が関係あったとしても、ただ声だけでは反応してくれないってことか。ならば気合が入りそうな言葉でもう一度やってみようかな。


 もう一度大きく息を吸い込んで………。


 「カカロッ───」

 「ローグ!? 何があったのっ!?」


 バンっと大きな音を立てて扉が開いたと同時に、慌てた様子のアイラさんがご登場。


 「えっと………、ちょっと訓練……的な?」


 あれ? なんで僕は正座をしたんだろう。


 この後、僕が怒られたのは言うまでも無い……よね?


 


 




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