足掻けっ


 あの日から既に一年。


 いくら父さんに狩りのコツや刀の使い方を教わったとはいえ、たかだか七歳の子供。教わった通りに狩りをしようとしても上手くいかなくて、刀を振っても当たらなくて、いつも逃げられてばかりの日々。


 父さんと母さんが残してくれた干し肉をアイラと二人でしゃぶる毎日。


 悔しい。


 腹一杯に食べられないことがじゃない。

 干し肉をしゃぶりながらも、隣で文句の一つも言わず、何を言っても笑顔で「大丈夫だよ」と言ってくれるアイラに何もしてあげられないことが一番悔しい。


 今は狩りに成功することが優先事項だ。


 僕は刀や円舞のは一旦頭の隅に置いておいて、父さんから一番最初に教わった罠を仕掛けに行く。


 教わった通りに罠を仕掛け、近場の草木に身を隠してひたすら待つ。

 そんな僕をあざ笑うかのように罠を飛び越えていくウサギや猪。

 完全にバレてるな……。っていうか罠に放尿しないでくれないかなっ!!?


 そんなバカな僕を追い詰めるかのように、毎日、少しづつ消えて行く干し肉。


 ある日、いつも笑顔だったアイラがジッと干し肉を眺めていた。僕はその横顔を見て決心がついた。


 アイラと二人。僕が狩りで失敗して死ぬ訳にはいかない。


 そんな想いがヴレーキになっていたのかもしれない。でも、それじゃあアイラの笑顔が二度と見れなくなる。


 足掻こう。


 僕は父さんが残してくれた直刀を持って家を後にする。


 今まで獣たちは僕を馬鹿にしていたはずだ。それなら僕自身が餌となって呼び集めればいい。後は死ぬ前に僕が刈り取るんだ。


 近場の森まで来た僕は、身を隠さずに静かに待つ。


 作戦はこうだ。


 二本のうち、一本の刀を地中に埋めて刃の部分を20センチほど出しておく。力の弱い僕じゃ獣との力比べなんてできやしない。だから地中から出てる刃を背にして獣と向き合い、襲ってきたところを避ける。そして埋まってる刀目掛けて飛び込む獣。


 後は息を引き取った獣を持って帰るだけだ。


 どうやら僕の匂いを嗅ぎつけて一匹のクリスピーベアが………クリスピーベアっ!?


 焼くとパリッとした食感と肉のうまみが濃縮された肉を持つクマで集落でも人気ナンバーワンの獲物。その代わり生息数が絶対的に少ない。


 父さんが生きていたなら涎を垂らして狩りをするかもしれないけど、僕はそう言う訳にはいかない。


 後ろにある地面から生える刀を見て、もう一度クリスピーベアを見上げる。


 体格は………僕の5倍くらいある……かな。真っ黒な毛に包まれたぷっくりとした体格を見ても、20センチ程度の刀が刺さった位で致命傷になるとは思えない。


 顔が青ざめていくのが分かる。


 歯をむき出しにして、僕を食べるためにクリスピーベアが地面を蹴る。


 ────速いっ!


 頭では避けなきゃって分かったのに、徐々に視界を埋め尽くしていくクリスピーベアの迫力に僕の足は竦み、思わず目をぎゅっと瞑ってしまう。


 《大丈夫だよ》


 アイラの言葉と、干し肉を見つめるアイラの横顔が瞼に映る。


 ────足掻くって決めたんじゃないかっ!!


 すぐに閉じていた目を見開くと、眼前には大きく口を開き、前足を振りかぶっている。


 「動けよっ!!」


 奮い立たせたた足で地面を蹴って横に飛ぶ。

 だけど、命のやり取りに一歩踏み出せなかった僕は振りかぶった前足に吹き飛ばされて、木に背中からぶつかる。


 痛い痛い痛い痛い苦しい。


 狩りでは当たり前のこと。父さんと母さんがそれを証明してくれているのに、僕は今になってその重さを感じていた。


 ────迷っちゃだめだっ!! やらなきゃやられるんだっ!!


 痛む背を庇いながら僕は立ち上がって、握っていた刀を突きだす様に構える。


 クリスピーベアが再び地面を蹴り飛ばし、びゅう、と音を立てて迫る。まだ動いちゃだめだ。


 クリスピーベアが前足を振り上げる。───今だっ!


 僕は一歩後ろに下がる。クリスピーベアの前足が僕の刀を思い切り叩き、刀から伝わる衝撃が全身を駆け巡る。


 「振り回されるのには慣れてるんだっ!!」


 叩かれた勢いで体がコマの様に一回転。刀がクリスピーベアの首元を切り裂く。


 ───浅いっ!?


 流れる景色の中、クリスピーベアの咆哮が響き、反対の前足を振り上げていた。


 ドンっ!


 殴られた音なのか、背中から木に衝突した音なのか、僕には分からなかった。ただ霞んでいく視界を背中の激痛が交互に僕を襲ってくる。


 クリスピーベアがゆっくりと僕へ近づいて来る。もう勝ったとでも思ってるなら大間違いだってことを教えたやらなきゃ。だって僕はまだ生きてる。


 そうだよ、前に死んだときはもっと血も溢れてたし、体も言うことを聞いてくれなかった。


 そうだよっ!! もっと足掻けばいいじゃんっ! さっきはそれで首に一太刀浴びせられたんだっ!!


 もっと足掻くんだよっ! 体はまだ動くじゃないかっ!! 足掻けっ! 足掻けよっ! 僕っ!!


 ゆらりと立ち上がる。膝がカタカタと笑って、腕はぶらりと垂れている。いつもよりも何倍にも重く感じる刀。


 僕が立ち上がったのを見て距離を取るクリスピーベア。


 何百キロもある体をグッと後ろに引っ張た瞬間、僕へと向かって今日一番の速度で僕を仕留めに来る。


 僕は動かない。と言うよりも動けない。あと一回。それだけで僕の体は力だって入らなくなっちゃうだろう。

 狙いはさっき付けた首の傷口。もう一度そこに当てる。


 もう一度刀を前に突き出す。剣先がプルプルと震える。

 クリスピーベアが前足を振り上げる。───今。


 僕は前へと倒れる様にして刀を突きだす。

 邪魔だと言わんばかりに振り上げた前足で刀を弾かれる。

 さっきよりも体を揺らす衝撃にギュッと歯を噛み締め、コマの様に一回転。


 「とどけええええぇぇぇぇぇぇええっ!!!」


 全力全霊。

 全部の力を刀に乗せる。


 あれ? 腕が光ったような?


 ───ぐわぁぁァアアっ!!


 咆哮と共にぼとっとクリスピーベアの首が地面に滑り落ちる。


 「はぁ………はぁ……、とど……いた?」


 目の前に横たわったクリスピーベアの大きな体を見ながら、僕の体も限界を迎えたみたいだ。


 体が崩れ落ち、クリスピーベアの体に重なる。


 「へへへ………、アイラ、待っててね」


 


 

 

 

 

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