プロローグ 2


 新しく生を受けてから早六年。


 僕が見聞きしたこの世界は魔法もあれば魔物もいる。いくら自堕落な神様の話に巻き込まれたからと言って、せっかく生きているのなら生を謳歌しなければいけないのは人の宿命だよね。


 僕はこの世界の父さん───グース・ミストリアから貰った二本の直刀を握り絞め、玄関へと向かう。


 ちなみに僕がこの世界で受けた名前はローグ・ミストリア。


 日本にいた頃の名前を思うと、もう少し違う名前でも良かったんじゃないかと思うんだけど、せっかく母さんと父さんがつけてくれた名前で、今は僕の大切な名前。


 不満があるとすれば一つだけ。

 神様、なんで外見が昔のままそっくりなのさ。転生っていう位だからちょっとくらいイケメンにしてくれてもよかったのに。


 ここは一つの小さな集落で50人程度の人が暮らしている。玄関を開ければ様々な人が自分の畑を耕したり取ってきた獲物の血抜きを始めていたりと、慌ただしくも和やかな空気が漂う場所。


 ここでは家も食べ物も水も全部自分達で仕入れる。完全なる自給自足だね。もちろん大陸の中心まで行けば大きな街もあるみたいだし、金銭の流通も多少はあるみたいなんだけど………少なくても今の僕には縁遠い場所かな?


 日本にいた頃は勉強と仕事と恋愛。


 それが今じゃ父さんが捕まえてきた獲物を捌いたり血抜きをしたり………六歳の僕がだよ? 生きて行くっていう感覚のギャップに慣れたのはいつ頃だっけ?


 僕は裏庭へ辿り着くと、風が僕の頬を襲う。

 何と言ってもここは風の国、アウラ。一年中を通して風の止まない国。

 と言っても毎日が台風の様な日々な訳じゃなくて、殆どは頬を撫でる様な風がずっと吹いている。たまに台風みたいな日もあるけどね。


 裏庭に辿り着いた僕は、二本の直刀を片手に一本ずつ握り絞め、適当に振るう。


 6歳で貰った両親からのプレゼントが二本の直刀なのに僕は驚いたけど、それはこの世界なら当たり前。自給自足だもの、狩りや動物や魔物に襲われた時に対抗する手段がないとだし。


 僕の父さんは二本の刀を狩りに使っている人で、僕はその流れで刀を貰ったわけだ。ちなみに家庭によって様々で、弓を使って狩りをする家庭なら弓を貰うし、斧で狩りをするなら斧を貰うってことが多いそうだよ。


 それに伴て流派も個人個人でバラバラ。


 僕は父さんが作った【円舞】っていう流派を受け継いでいる途中。基本は教わっているからそれ通りに刀を振ってはいるんだけど、身の丈よりも長い直刀だから、振るんじゃなくて振り回されてるって言った方が正しいかも。


 僕も父さんと母さんの力になれる様に今は貰った刀を使えるように日々これ精進だ。


 「ローグ、今日も修業してるの?」

 「さっき始めたばっかりだよ」


 僕は聞き慣れたその声に振り向かずにそう答える。


 多分だけど、彼女は家の角から覗くように僕の事を見ていて、心配そうな表情を浮かべているんだろうね。…………一応確認しておこうか。


 とりあえず刀を振るのを辞めて後ろを振り向くと………ほら、やっぱり。


 いつも通り肩まである透き通った水の様な髪を垂らして心配そうに見てくる女の子。彼女は隣の家に住んでいるアイラ・エニス。


 自分たちが命を懸けて捕ってきた肉や、前いた世界みたいに化学肥料がない農作業で何とか実った野菜や果実。それを笑顔で誰かに分け与えるって中々出来ないもので、この集落でもご近所付き合いみたいのは無いけど、僕の家族とアイラの家族は珍しくもそういう関係だ。


 僕たちは幼馴染になるんだけど、精神的な面で見れば24年間余分に生きているから幼馴染って言うよりも妹に近い感覚なんだけど。


 「今日は家の手伝いは大丈夫なの??」

 「え~、ローグわすれてる~」


 はて? 僕は何か忘れているのだろうか?


 確か今日は父さんと母さんが一緒に狩りに行くって言っていたのは覚えてるんだけど、狙った獲物に合わせて朝早く出て行ったから今日はまだ一度も顔を見てないんだよな………。そういえば、そんなに朝早く出なきゃいけない狩場ってかなり遠方になるんじゃなかったっけ?


 僕はそこまで考えてようやく思い出すことに成功した。


 「あっ、今日はアイラの家族と一緒に狩りに行ったんだったけ?」

 「そうだよ~。もぉ~しっかりしてよね~」

 「……ごめんさい」

 「ちゃんと謝ったから許してあげる」


 これじゃどっちが年上なのか分かんなくなっちゃうよね。でも見た目は同じ六歳の子供なんだから気にしちゃいけない。


 それよりも僕がなんで謝ったかっていうと、僕とアイラの両親がいないってことは家の事は誰がやるんだって話だね。


 前の24歳の体なら二人でやらなくてもいいんだけど、流石に子供の体で掃除や洗濯に作物の手入れをするのは骨が折れるから二人で協力して済ませることにしている。


 だから今日は僕の心配をして顔を歪めていたんじゃなくて、「なんで手伝ってくれないの?」っていう悲しみの眼差しだったみたい。


 これは挽回しないと父さんたちが帰ってきた時にバレると怒られるかもしれないから行動で挽回するしかない。


 僕は急いで刀を家の中に戻して、すぐにアイラと二人で家事を済ませる為に全力を出し切ることにした。


 洗濯物は木の皮で作った籠に入れて近くの川でゴシゴシ。


 「アイラ、干すときはパッパッしないとシワが残るよ?」

 「分かった~」


 掃除は木の枝をで作った竹ぼうきみたいなものでサッサッ、と。


 「アイラ、3回に1回は箒をくるって回さないとすぐにダメになっちゃうよ?」

 「分かった~」


 畑に行ったら害虫と雑草の片づけを黙々と……。


 「アイラ、あんまり実の数が多くなってたらいくつか残して取っちゃってね?」

 「………うん、分かった」


 終わった頃にはすっかりと景色は変わっていて、辺りはすっかりと赤く染まっていた。夕焼けが届ける充実感をアイラと二人で分かち合いながらも、僕たちはアイラの家で両親の帰りを待つことにしよう。


 アイラの家も僕が暮らしている家と大差はないんだけど、アイラの母さんが作っている自家製のハーブ茶がストックされているから小休憩をするならちょうどいい。


 何よりも、爽やかな香りが全身を掛け巡った時には、思わず感嘆の溜息を吐き出してしまう。どちらかと言うとコーヒー派だったんだけど、この世界に来てからはハーブティーもいける口だ。


 ────ドンドンッ!


 ドアの叩く音が響き渡る。

 それも、ノックの様な軽い音じゃない。


 「アイラッ! ローグッ! 二人共いないのか!?」


 どこか聞き覚えのある声。集落の誰かだろうけど、それが誰なのかはあまり付き合いが無いので分からない。


 僕はアイラを一瞥して席を立つ。


 「はい、います」

 「いるのかっ!? じゃあ早く来てくれっ! シーアが呼んでるっ!」


 シーアはアイラのお母さんだ。アイラと同じ色の髪をしていて、とても優しく、とても明るい人だ。


 ただ、今日は僕とアイラの両親の四人で狩りに向かったはずなのに、なんでシーアさんだけが僕たちを呼んでいるのだろうか。


 言われるまま、僕とアイラは玄関を開け、案内してくれるおじさんの後ろを付いていった。



 案内されら先で見たのは、美しい青い髪の半分くらいを赤く染め、体のいたる所には土で汚れたシーアさんだった。


 「おかぁさんっ!!」


 シーアさんを見つけたアイラは、血相を変えて走り出した。


 僕も走り出したかったけど、この状況下で僕たちを呼びに来たことを考えれば確認しておかなきゃいけない。


 「おじさん、もしかしてシーアさんは………ううん。僕たちのお父さんとお母さんは助からないの?」


 見上げたおじさんは僕に視線を向けず、真っすぐと前を向いたまま口を開いた。


 「ローグ、これが自然の摂理だ。お互いが命を懸けて明日を生きてる。今日はお前たちの両親が精霊に見放されちまっただけだ」


 ……嘘だよ。


 父さんはこの集落でも一番の強さを持っていた。それは狩りの練習で一緒に行った僕だから分かる。父さんは強かったんだ。それなのに………。


 「父さん……母さん………」



 僕とアイラは、そのまま涙をしこたま流しながら、息を引き取っていくシーアさんを見送った。


 アイラがシーアさんから聞いた話では、目的の狩場に魔物が現れたらしい。僕の父さんが魔物を気を引き、それに乗じて逃げ出したけど、戻ってこれたのはシーアさんだけ。そのシーアさんも今亡くなった。


 集落の付近で魔物の出現報告なんて少なくても僕が産まれてからは一度も無かったはずなのに。


 アイラと二人でシーアさんを埋めるための穴を掘り、二人がかりでシーアさんを運ぶ。


 「おい、だれが面倒を見るんだ?」

 「うちだっていきなり二人ってなると面倒見切れないぞ?」

 「いや、そんな事よりも魔物が出たなら一度移動を視野に入れた方がいいだろう」

 「確かにそうだな……。その後に二人をどうするか決めるか」


 こんな生活環境だ。誰だって生きて行くのに必死なのは分かる。


 でも、まだ埋葬すら済んでいないアイラの前でそんな話をしなくてもいいじゃないか。それに、するにしたって言い方ってもんがあるだろうに。


 アイラの手からシーアさんの手が滑り落ちる。


 ペタンと尻餅をついたアイラが空に向かって大きな声を上げ、目からは雨の様にぽたぽたと涙を零し始める。


 僕はシーアさんの足をそっと地面に置いて、空気の読めない大人達へと振り返る。


 「僕たちだけで暮らして行きますっ!!!」


 気付いた時には、そんな言葉を吐き出していた。

 

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