君のハネを毟りたい

藍ねず

君のハネを毟りたい


 昔々、私達のご先祖様達は多種族と混ざり合った。遺伝子操作の実験だとか何だとかは知らないが、取り敢えず混ざり合った。


 人間に人間以外の力が混ざればより強い種が生まれると考えたらしい。その結果、現在の私達は色々な動物の要素を持って生きている。


 猫の要素を持っている子や犬の要素を持っている子は勿論、蛇の要素を持っている子やハムスターの要素を持っている子と個性が強い。しかも種類は事細かに分かれているし、歴史上混ざり続けているしで訳が分からない。同じ姿をした人なんてまず見かけない。服飾業界や建築業界は年々右肩上がりの業界だそうだ。


 各言う私は〈蝶〉の要素を持って生まれ、今日も特に問題なく高校生活を謳歌するのだ。


「リギル~、私またフラれたの~」


「残念だねルデラ。君はとっても魅力的なのに」


「リギルに言われたらなんだか納得いかないわ」


「酷くない? 話振っておいて」


〈カマキリ〉の要素を持つ友人、ルデラが横開きの口を動かして話題を振ってくる。美術の彫刻の授業中であり、彼女は鋭利な五指で木を削っている。私は彫刻刀を握り締めて苦戦しているのに、彼女は指を自由に操って削れるのだから得だよな。外では飛べる要素持ちの子達が百mの競争中だ。


「カマキリの要素持ちだからってさぁ、告白速攻で断らなくてもいいと思わない? ちょっとお試しで付き合ってくれたらいいしさぁ」


「カマキリだからだと思う」


「酷い~」


「同じカマキリ要素の子に告白したらいいのに」


「それはほら、何か愛が足りない感じじゃない?」


「今お試しでとか言ってた子が何言ってんだか」


「だって~」


 ルデラの見た目に現れているカマキリ要素は、口と指先と髪色と言った所。むき出しの刃の指を軽く振られるのはいつものことなので、こちらも慣れたものだ。本人いわくカマキリの中でも〈ウスバカマキリ〉と言う要素に近いらしい。そうかそうか。


 ルデラの隣では〈イカ〉の要素持ちの子がくしゃみをしており、机に黒い墨が散っていた。制服に散らなくて良かったね。〈孔雀くじゃく〉の要素持ちの先生は綺麗な尾を揺らしながら教室内を歩いている。


「あ、そういえば最近増えてるらしいね。


「あぁ、らしいね」


「リギルは怖いと思わないの?」


「だって対象になるのって男子が多いんでしょ? 私女子の部類だし」


「あんたは冷たいと言うか、さっぱりしてるって言うか」


 木をほぼ削り終わったルデラを横目に見る。彼女の短い黄緑の髪は大げさに揺れていた。


「私も狙われちゃったらどうしよう」


「ルデラは捕食する方でしょ」


「あ、バレた?」


「君を食べようなんて子は猛者もさだと思う」


「なんならリギルのことも時々食べたくなっちゃう」


 語尾にハートでも付きそうな声色で言うの止めて欲しい。


 私は彫刻刀の先をルデラに向けて目を細めておく。「危ないでしょ!」と手の甲で頭を軽く叩かれたが、これは防衛ですよ、防衛。


 私はため息をつき、自分の背中を確認した。


 ――この世界は弱肉強食だ。


 かつて人間だと言われていた私達のご先祖様達は何を思ったのか、知識を使って力を得る進化を求めてしまった。その結果が今現在の私達。動物の要素を持つようになった私達は既に人間ではない。


 だから法律だって変わっている。まず規制されたのは「食事」についてだ。


 動物の力を混ぜ込み始めたあたりから、「食事」と題した「殺し」は許されるようになった。


 何故ならそれが進化によって必要とされたことであり、強くなる為の本能に植え付けられた事項なのだから。


 ルデラが口にした「校内捕食」とはつまりそれだ。本能的に我慢できなくなった奴が校内の誰かを食べたと言う、ただそれだけ。相手が生徒なのか先生なのか、誰が誰を食べたのかと言うのを詮索せんさくするのはご法度はっとだ。いちいち食事に口出しされたって気分が悪いし、結局は食べられるほど弱かった相手が悪いと言うことになる。


 これを昔の人間だった誰かが聞けば「なんて凶暴」「なんて邪悪」「人権侵害だ」なんて叫ぶかもしれないが、いない人達の道徳なんて私達は知らない。歴史の教科書で習う程度で何も思わない。なんなら私達をこうしたのは貴方達だと鼻で笑ってやろう。


 勿論、要素を持つだけで頭は人間である私達には感情だってあるし知性もあるので、社会崩壊とかはしていない。学校は初等部から高等部までのエスカレーター式で運営する所が大半で、十二年かけて自分達の在り方や命、差別について学ぶようカリキュラムが組まれている。


「リギル、鱗粉りんぷんが零れてる」


 不意に指摘されて息を止める。


 ルデラは私のハネを指してくれて、ゆっくり後ろを確認した。


 零れているのは黄色がかった白い粉。私はため息を吐いて立ち上がり、彫刻刀を置くのだ。


「掃除するよ。吸わないでね」


「はいはい」


 私はほうき塵取ちりとりを早急に持ってきて、自分が零した粉をかき集めた。


 ――私は蝶の要素を持っていながら飛ぶことが出来ない。


 別にハネに欠陥があるわけではない。ただ飛ぶことが恐ろしく、ハネを広げても動かすことが出来ないと言うだけだ。


 六歳の頃に街外れの山で友達と遊び、その最中に崖から落ちたのが原因である。


 別に誰が悪いと言う訳ではない。遊びが隠れ鬼だったから誰かぶつかったのだと思うようにしているし、それがたまたま崖の近くで、私の翼もたまたま開かなかった偶然の産物が起こしたことなのだろうから。


 瞼の裏で思い出すのは地面が一気に近くなる感覚と、心臓がせりあがった恐怖。


 私は勝手に身震いし、ハネを動かさないように心掛けた。箒を足にぶつけたりしないように気をつけながら。


 私の家族はみんな蝶の要素を持っている。代々他の要素とも混ざって来た為どの蝶かと言う特定が難しいが、柄とかを見るに〈アサギマダラ〉とかそこらへんだ。黒い縁に薄青の模様が入ったハネである。


 私達家族の骨は軽くてどちらかと言えばもろい。人とぶつかれば骨にひびが入るのは日常茶飯事だし、体育なんてしようものならどんな怪我を起こすか分かったものではない。


 骨が脆いのはこのハネで空を飛ぶ為の進化。しかし、飛べない私からすれば退化でしかない。あと普通に服が着づらい。


 そして、我が家系がどこで何と混ざってきたかは知らないが、人を魅了する鱗粉だけは出せる。混ざったのではなく進化かもしれないがこの際どうでもいい。取り敢えず面倒くさい鱗粉が出るのだ。


 鱗粉を嗅いだり触ったりした人は私達を愛しく思ってくれるようだが、そんなことは望まないので自主的に使ったこともない。勿論家族の誰も使わない。その為、私の背中にあるハネはお飾り同然だ。


 鱗粉の処理を終えて席に座り直す。ルデラは微笑んでくれて、私は肩を脱力させた。


「大変だねぇ。でもでも、リギルは美人さんだし、鱗粉あれば毎日モテモテ生活じゃない!? 魅了持ちの黒髪青目の蝶要素の子なんて、そこらの男はほっておかないよ!」


「いや、私既に彼氏いるし」


「あ、そうだったそうだった。登下校とか絶対一緒にしてるもんね。羨ましいぃぃぃ! ねぇ、なんかこうわくわくするような恋人独特の話ない? 私の心枯れ気味なんだよぉ」


「……ルデラも早く彼氏が出来るといいね」


「話逸らしてる!」


 だって話せるようなことなんて何もないし。楽しくないと思う。絶対。それは言い切れるんだよ。


 私は脳裏に「彼」の姿を思い浮かべ、静かに息を吐いておいた。


 * * *


「それで? 俺の話してくれた?」


微塵みじんもしてない」


 昼休み、中庭のベンチで私を待っていたのは彼氏のレオティガスだ。渾名あだなはティガ。


 二つ年上の高等部三年。焦げ茶の髪に金色の目は今のご時世では地味な部類だろう。その背中には大きな鳥の翼があり、なんなら足は鳥のそれだ。今日も鉤爪が鋭利に光っている。


 私は彼の隣に腰かけてお弁当を広げた。私の家がパン屋の為、余った食パンによるサンドイッチで御座います。レオティガスの分まで作るのは既に日課だ。


「ねぇ、やっぱり教室まで迎えに行っちゃ駄目? リギルを歩かせるなんて不安なんだけど」


「大丈夫だよ」


「いいや、大丈夫じゃないね」


 ティガは笑顔で私との距離を詰めてくる。図体は大きいし目は猛禽類もうきんるい独特なので、見つめられると内臓が変に緊張するんだよ。


 彼とはかれこれ十年来の付き合いではあるが、未だに考えが読めない部分が多いと言うのが事実だ。


「リギルは自分がどれだけ魅力的か気づいてないんだ。俺と会った日のこと覚えてる? 今から十一年と四十七日と三時間十九分前に俺達は出会ったわけだけど、君は六歳とは思えないくらい綺麗だった。勿論今だって綺麗だし毎日毎秒その美しさに磨きがかかっていくから嬉しいと同時に不安なんだけど、君の魅力はその美しさと同時に内面の部分だと俺は思うんだよね。俺以外が君のことを綺麗だとか素敵な女性だとか言い出したら殺意しか湧かないから想像はしないんだけど――」


 にこやかなティガは一度話し始めると止まらない人だ。よく知ってる。学んできたから。


 近所に引っ越してきた彼に街を案内したのが最初だと思うが、残念ながら私はそれが何年前の何日の何時とかまで覚えていない。「とてもいい天気の日でね」とか付け足されても理解できないから「そうだったね」と頷いておくのが吉だ。


 あ、サンドイッチ美味しいな。自画自賛してしまう。


「ねぇリギル聞いてる?」


「サンドイッチ美味しいから食べて欲しいな」


「時々会話が噛み合わなくなる所も俺は好きだよ。あ、好きなんて言葉は安っぽいよね。でも大好きだなんて言っても余計みすぼらしく聞こえるし、だからと言って常に愛してるって言えば今度は俺の気持ちが軽く見られそうで凄く嫌だな。なんて言おうか。何なら伝えらえるかな。あぁ、そうだそうだ、全部言えば言いし抱き締めながら伝えたり手を握ったり、キスだって、」


「お肉のサンドイッチ入りまーす」


 目元を染めながら話し続けるティガ。止まりそうにないので彼の口にサンドイッチを押し込んでみる。


 目を瞬かせた彼は年上とは思えない表情で、背中から花でも飛んでそうな雰囲気だ。背中には翼があって、それが動く様はパタパタと言うよりバサバサと言う効果音の方がお似合いなのだが。


 私は野菜のサンドイッチを頬張りつつ、ティガが私のハネを見ていることに気が付いた。


「今日も飛べない?」


「飛べないよ」


「そっか」


 口角を震えさせたティガは私のハネを撫でる。私は自分が飛べなくなった原因の日をなんとなく思い出し、息を吐くのだ。


 ティガは今日も確認してくる。


「まだ怖い?」


「怖いね」


 思い出すのは背中を押された感覚。広げたハネを上手く動かせないまま落ちていく恐怖。崖から落ちれば自分の脆い骨など全て粉砕ふんさいしていたと思うと、今だって鳥肌が立つのだから。


 そんな私の悲鳴を聞き、助けてくれたのがティガだった。


 ティガの大きな翼を撫でてみる。彼は猛禽類でも凶暴な〈カンムリクマタカ〉の要素を持っている。彼の家系は基本他の種類とは交わって来なかったので要素が強めなのだ。


 その翼で飛べばどこまで行けるし、速さでも負けた所を見たこと無い。要素的には強者に入る筈の彼だけど、性格が見ての通りだ。ちょっとおかしい。だから孤立気味。


 ティガはサンドイッチを飲み込み、うつむきながら眉間に皺を寄せた。


「押した犯人、分からないままだもんね」


「あの時は遊んでたし。犯人追求したって意味ないよ」


「それでも、あれが原因でリギルが飛べなくなったのは事実だ」


「ティガが助けてくれたから良いんだよ」


「でも、俺がもっと早く助けていれば、いや、俺がリギルの傍にずっといれば君が怖がることなんてなかったんだよ。だから俺は君の傍を離れるのが怖いし君が一人でいることも怖い。飛べなくたってリギルは魅力的だし鱗粉がもしも間違って零れたら君は俺の元を去りそうだし、あぁ、不安だ、不安だよ、不安で押しつぶされそうだ」


「君は見た目に反して繊細な人だよねぇ」


 隣で呪文のような言葉をティガは並べる。彼の口にサンドイッチをもう一つ詰め込めば黙ってくれた。


 なんだかんだと言って、こうして私のことを想ってくれる彼に惹かれているのだから、私も大概おかしな奴だ。


「何かあれば助けてくれるって信じてるよ、ティガ」


「何かある前に助けるさ、リギル」


 笑ってくれた彼は今日も格好いい顔をしていた。顔だけは格好いいんだよ。そう、顔だけだ。


 私はため息をつきたくなりつつ、今日の放課後の予定を伝えておいた。


 * * *


 六歳の時、山で一緒に遊んでいたのは私を覗いて六人。誰が私の背中に当たったとか追求するつもりはない。空が飛べなくても基本不便はないし、鱗粉だって出さないよう心掛けていればいいのだから。


 美術の時間のように、時々勝手に鱗粉が零れることはあるけどさ。


「リギルさん……」


 なので、大体それに当てられた人は私に好感を抱いてしまう。


 そういうのは全く望んでないのでご遠慮願いたいと言うか、彼氏がいるので止めて欲しいのだが。いや、元を辿れば私のハネが駄目なんだけどさ。


「好きです。俺と付き合ってください」


 だから私は放課後の踊り場で告白されるのだろう。


 確か彼は二年生の先輩なのだが、一体どこでどうすれ違ってしまったのか。〈狐〉の要素持ちの人なんて記憶にないのですが。気をつけていた訳だけど。


 そして、なんでこうもみんな怖い顔で近づいてくるんだろう。よだれ垂れてますけど意識大丈夫ですか。


 私は廊下の壁に背中を預け、こちらに迫ってくる先輩を見上げていた。


「先輩、多分その気持ちは私の鱗粉のせいなので目を覚ましてくれますか?」


「そんなわけないだろ!! 俺は君が好きで、こんなに苦しいのにっ! だから今日君を呼び出して……呼び出しに応じてくれたってことは、君も俺を好きってことでしょ!?」


「いや、呼ばれたから来ただけなんですけど」


 正直に伝えたら彼は何やら言い出したが、残念ならその言葉は私には届かない。聞き流してしまう性格なのだ。すみません。


 ほんと、私は生まれる世界を間違えたと常々思う。百歩譲っても生まれ持つべき要素を間違えたと毎日思う。


 ――人間は強くなる為に色々な要素を取り込んできたわけだけど、それが良かったなんて思った事は一度もない。


 落ちる時に開かないハネも、気づかないうちに撒いている毒の鱗粉も良いことなんて運んできてくれないから。


 どうして昔の人はそのままの自分で良いと思わなかったのか。


 混ざって混ざってぐちゃぐちゃになって、誰も彼もが違う形になった今。私達は人間なんて言う分類には入れられないし、だからと言って動物でもない。私達は混ざり続けたよく分からない者だ。


 だからこうやってぐちゃぐちゃな感情を相手に与えるし、自分の意志に反していることを自分の意志だと叫べてしまう。


 そういうのは凄く怖い。まるでおかしな話だし、それが日常的になればどこかしらみんな壊れていくものだ。


 まぁ、壊れた時に「自分が壊れてる」なんて気づける奴はいないだろうけど。


「リギルさん!」


「ごめんなさい、先輩」


 伝えれば、顔を歪めた先輩が倒されていく。


 大きく鋭利な鳥の足によって。


 倒れた先輩に乗り上げたのは――レオティガスだ。


「リギルにそれ以上声をかけるな」


 倒れた先輩の口に足を乗せ、ティガは無理に黙らせる。大きな翼を広げた彼は無表情のまま先輩を見下ろしていた。


「ティガごめん、やっぱり私は言葉がおかしい」


「そんなことないさ。裏表のないリギルの言葉は美点だよ。とても分かりやすいし変に気を使わない所が俺は大好きさ。だから悪いのはこっちの奴だね。リギルの真っすぐな言葉を聞かなくて、自分の気持ちも見分けられないんだから。それでリギルに手を伸ばそうだなんて反吐が出る」


 ティガの翼は震えている。大きく広がったそれは完全な威嚇を示しており、私は鞄を肩にかけ直した。


 ティガは暴れる先輩の腹部に足を叩き落とす。


 その爪は――深々と肉を裂いた。


 先輩の悲鳴はティガの足に吸い込まれる。


 ティガは容赦なく先輩の腹部を裂き散らしていった。


「ティガ、そんなにお腹すいてたの?」


「いいや? ただムカついてるだけさ。いつも通り」


「短気すぎる」


「リギルに関すること限定だよ。大丈夫」


「大丈夫な要素がないでしょ」


 廊下に広がる血だまりの中、ティガは笑っている。彼の目は捕食者のそれであり、私は彼の下にいる先輩に視線を向けた。


 大変残念ながら既に意識はないようだ。いや、喜ばしいことにだろうか。これからもっと痛いことになるのだから、早い内に意識を飛ばせたのは良かったことだろう。


 まぁ、二度と目は覚めないだろうが。


 しゃがみこんだティガは先輩の手に噛り付き、骨が砕ける音が廊下に響く。


 私は廊下に備え付けてある小さい扉を開けて〈食事中〉の立て看板を階段と廊下側に置いた。ティガは既に先輩の腕を一本飲み込んでおり、次は足をもぎ取ろうと腕を動かしている。


 これがルデラが言っていた校内捕食の風景だ。立て看板があれば誰もそこを覗かないし助けもしない。


 そういう風に私達は出来ている。


 それが当たり前だから見て見ぬふりをして、今日いた誰かが明日はいない。


 そんなもんだ。


 それぐらい世界は淡白で、軽くて、どうでもいい。


 私は階段の段差に腰かけて、ティガの食事風景を見つめていた。


「こいつ筋肉多いなぁ、噛みづらい」


 ティガはぼやきながら息を吐き、口の周りについている赤を拭おうとした。だから私はタオルを投げ渡し、ティガは嬉しそうに笑うのだ。


「ありがとうリギル。リギルがそうやって俺のこと気に掛けてくれたり、細かい所にまで気を使ってくれるのってすごく素敵だよ。どうしても俺は抜けてるところがあるからさ。あ、て言うかごめんね、直ぐに全部食べて帰ろうね。今日も家まで送ってあげる」


「はいはい。あぁ、そういえばルデラが校内捕食が増えてるって噂してた。多分これのせいだよね」


「そうだね。最近リギルの鱗粉よく零れるようになってるし。ほんと、その鱗粉に当てられて君に好意を抱いてるだなんて錯覚する愚か者が増えて、俺としては頭が痛い毎日だよ。いったい何を考えて行動してるんだか。あ、リギルを責める気は微塵もないからね。リギルの鱗粉が零れるのは普段飛ぶことが出来ない分、余った要素と言うか力が溢れてる結果みたいなのだと俺は読んでるから。だからこの状況を責めるべきは君を突き落とした奴だな」


「別に責めないよ。こうしてティガが守ってくれるし」


「リギル~」


 感極まったような顔でティガは先輩の内臓をちぎり取る。血飛沫が飛んだ。


 うん、君はもっと制服を汚さずに食べるってことを身に着けたほうが良いと思うんだよな。


 私は息を吐き、ティガに食べられる先輩を見つめた。


 白い骨が砕かれて、赤い内臓は飛び散って。制服なんて既にただの布切れだ。


「リギル、目を閉じて。君が他の男を見てるってことにそろそろイライラしてきた」


「ティガって心狭すぎじゃない?」


「リギルが共学に通って男の教師から授業受けてることを我慢してる時点で、十分偉いと思うんだけどなぁ。なんなら家から出て欲しくないって言うか俺以外に会ってほしくないよ」


「目を閉じまーす」


 瞼を下ろして階段の壁に体をもたれさせる。そうすれば私は耳からの情報しか得られなくなり、鼓膜は骨が砕かれる音だけ拾うのだ。あと、肉とか筋線維が引きちぎられる音。


 ティガは基本的に肉食だ。要素であるカンムリクマタカが強すぎるって部分もあるし、あと単純に私への愛が重い。そこまで好かれる何かをした記憶はないし、最近ではこのハネからでる鱗粉のせいではないのかと思う。


 彼は私の幼馴染的な存在なので、気づかないうちに出ていた鱗粉が彼を犯していたと言うか、汚染していたと言うか。


 まぁ、それならそれで良いんだけどさ。


 この鱗粉で彼を毒漬けにしていたとして、それで彼も私も幸せならば良いでしょう。


「リギル、終わったよ」


 頬を撫でられて目を開ける。そこにはワイシャツの襟や袖を赤く汚したレオティガスが立っていた。彼の口周りや両手は既に綺麗に拭かれており、微かに鉄の匂いがする程度だ。


 彼の口を見る。


 ティガは今まで私の鱗粉に当てられた人達を食べてきた。食べて、食べて、食べてきた。その体の一部にして、血肉にして、色々な人を食べた体で私の隣にいる。


「……ムカつく」


「ぅえっ!?」


 零れた言葉にティガは面白いほど慌て始める。こういう時だけは何も喋らなくなるのだから、この人は本当に仕方がないと思うのだ


 誰かを食べてお腹を満たして、その口で愛を謳うのだから。


「ティガは私を食べたいと思ってる?」


「……それはどういう意味で?」


「食事って意味で」


「それは思ってないかなぁ」


 肩をすくめて笑う君がやっぱりムカつく。どんな嘘をつこうとも、どんな怖い言葉を並べようとも許せる君だが、こういう時はムカつくぞ。


 少しふてた自分がいることに気づきながら立ち上がる。先輩の制服をゴミ箱に捨てたティガはアルコールスプレーで鉄の匂いすら消していた。


「あぁ、でもねリギル。君のハネは時々食べちゃいたくなるよ」


 立て看板を片付けたティガは笑う。少し遅くなった為、空には橙と暗い青が混ざり始めていた。


 窓を開けたティガは私を横抱きにする。そのまま窓の縁を蹴り、空中へ身投げした。


 大きな翼が羽ばたく音がする。体はしっかりと抱えられ、地面が近づいてくることはなかった。


「ハネなんて栄養素ゼロな気がする」


「それでもそのハネが無くなれば、リギルは誰も魅了しないし、飛べるようになるかもしれないなんて言う俺の不安は消えるでしょう?」


 ティガの体に身を寄せつつ息を吐く。笑顔で口が軽い彼は馬鹿だと思いながら。


 貴方は私に飛ばれることを恐れている。知ってるさ。君は隠しごとが下手だもの。六歳の頃から知ってるよ。


 毎日私が飛べないことを確認するのも。飛べないと答えた時に下を向くのも。その時必死に口角が上がらないようにしているのも。


 隠そうとして嘘を並べて、それに気づかれていないと思う君は大馬鹿野郎さ。


 まぁ、そんな馬鹿に恋してる私も同類の馬鹿だろうけど。


「なら食べてもいいよ、私のハネ。欠片も残さず食べたらいい」


「え、いいの?」


「その代わり、私も君のハネをむしるけどね」


 ティガの赤く汚れた襟を引き、彼の首筋に噛みついておく。


 どれだけ私が顎に力を入れたって、彼の皮膚を噛みちぎることは出来なかった。出来たのは深く歯型を残す程度だ。


 肩越しに映る彼のハネが嫌いだ。誰よりも強くて、誰よりも速く空をける。


 もしも私のハネが無くなって、もしも君が私の鱗粉に当てられていただけで、もしも君が私を好きでなくなったら。


 君はそのハネで、どこかへ飛んで行ってしまいそうだもの。


 だから私のハネが無くなる時は、君のハネも無くなるんだよ。


「リギルはやっぱり可愛いなぁ。俺は君が何を心配してるか全部分かるし、君の愛も痛いくらい感じてる。でも同時に寂しくもなっちゃうよ。だって俺の愛が通じてないってことと同義だからね。俺をさっきの奴と同等になんてしないでほしいな。俺はリギルの鱗粉が好きなんじゃなくてリギルが好きなのに。いや、やっぱり好きなんて言葉は軽い、軽すぎる、俺は君を愛してるよ。あぁ、これでも伝わらない」


「そうだね。私は我儘だからなぁ。百の言葉より一の行動を望もうか」


「可愛いリギルの可愛い我儘だね」


 嬉しそうに頬ずりしてくるティガ。だから私は彼の首にもう一度噛みついておくのだ。


 ほら、食べられるものなら食べてみなよ。私のハネを。


 そしたら私も、喜んで君のハネを毟るから。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君のハネを毟りたい 藍ねず @oreta-sin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説