第8話 デート②

 私は今、翔と手を繋いで歩いている。

 繋いだ手からは彼の温もりが伝わってくる。


「うふふ」


 思わず笑みがこぼれてしまう。

 でもそのくらい嬉しいのだ。


「おい結菜」


「なに?」


「俺達どこに向かってんだ?」


「ふふ。ひみつ」


「ちぇっ」


 翔は不満そうに口を尖らせる。

 だって言っちゃったらつまんないじゃない。


「じゃあ、翔はどこだと思う?」


「うーん、そうだな。結菜の行きたそうなところかあ」


 翔は顎に手をそえ、真剣に考えている。

 私は翔のこういうところが好きだ。


「わかったぞ」


「はやっ」


 さあ、当たってるかな?


「お前、というか俺達が行くのは………ズバリ、水族館だ」


 あ、当たってる…。


「っ。どうしてそう思ったのよ」


 翔は当たり前のように言った。


「どうしてもなにも、お前が言ってたんじゃないか。

 確か、去年のキャンプの時だったっけ。俺が川見てたら、お前が唐突に水族館行きたいとか言い出してさ」


「…そんなこと、覚えててくれたんだ」


 あんなの何気ない雑談に過ぎないのに。

 彼が覚えていてくれた、それだけで私は胸がいっぱいになってしまう。


「ありがとう」


「どういたしまして。って何が?」


 あなたは分からないでしょう。

 あなたの言葉一つ一つが私にとって、そして愛美にとってどれだけ嬉しいかを。


「ふふっ。何でもないわ。さっ、行きましょう」


 私は翔の手を引いた。



 **********



「楽しかったな、水族館」


「そ、そうね」


 午後一時。


 水族館を堪能した私と翔は、帰りに立ち寄った喫茶店で話していた。


「っ」


「どうした?」


 翔の顔が直視できない。

 水族館であんなことがあったせいだ。



「はーいそこのカップルさん、思い出に写真いかがですか~」


 歩いていたらカップルと間違われたり。




「きゃっ」


「結菜、危ないからもうちょいこっち来い」


 人混みの中で翔に抱き寄せられたり。




 そして極めつけはずっと手を繋ぎっぱなしだったことだ。

 まだ手に彼の温もりが残っている気がする。


 今日は手を洗いたくないが、洗わなければいけない。

 コロナ禍が今は凄く恨めしい。


 うう。

 意識したらまた顔が熱くなってきた。



「結菜、大丈夫か?顔赤いけど」


「〔誰のせいだと思ってんのよ〕」


「え、何て?」


 ほんと耳遠いわね。


「何でもない」


「逆に気になるんだけど…」


「ほんと、何でもないのよ。それで、」


 一度言葉を切り、今日翔を呼び出した(一応の)目的を切り出した。


「テスト週間、問題を教えてくれてありがとう。おかげで良い点が取れたわ」


「いや、俺はただアドバイスをしただけだ。テストで解けたのは結菜自身の力だよ」


「謙遜しないの。テストの時は私自身の力でも、あなたに教えてもらわなかったらまずわからなかったんだから。

 これはあなたのおかげよ」


「そうかな」


「そう。だから自信持ちなさいよ。あなた、そんな風だとクラスの子に舐められるわよ」


 まあ、主に男子にだけど。

 こいつ、何気にモテるし。


「あ、そうだ。クラスと言えば来週の修学旅行のことなんだけど…」


「確かにそうね。そうすれば…」


 それから私たちは、一時間ぐらい学級のことや愚痴を話して帰路についた。


 流石に別れ際にキスは出来なかった。

 恥ずかしいし…。


 自分達の後ろに翔の彼女たる愛美とその母がいたのは、最後まで気付かなかった。

 そのことを愛美に知らされた時、自分が翔しか見ていなかったことに気づき、顔が熱くなった。






 私はやっぱり翔が好き。これからも隣で支えてあげたい。

 彼女がいたって諦められないくらい、大好き。


 これからも努力しよう。

 彼に意識してもらえるように。

 いつかこの気持ちを伝えられるように。



「またデートできるといいな」


 彼と繋いでいた手を見つめながら、そう思った。

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