閑話 その頃の彼女

「うう、集中できない…」


 土曜日。

 勉強机に向かっていた私は、一旦手を止め椅子の背もたれに体重を預けた。


「ああ、翔くんに会いたい…」


 重症だなぁ。

 翔くんのことを考えただけで勉強ができなくなっちゃった。


 でも、仕方ないよね。

 翔くんは結菜ちゃんとデートに行ってるんだから。


「どこに行ってるんだろ」


 流石に二人きりに水を差すほど不躾じゃないけど、行き先くらい教えてくれてもいいのに。


 翔くんに聞いたら、


「俺も知らない。お楽しみだってさ」


 って言ってたし。


「まあ、今度二人で行けばいいかな」



 それはそうとして、


「絶対結菜ちゃんお礼だけじゃないでしょ」


 この前会ってみて分かった。

 結菜ちゃんは翔くんのことが好きだ。

 多分今回のお出かけには、二人でデートしたいって思いもあったと思う。


「いつから好きだったんだろう」


 二人は一年生の時からの付き合いだ。

 もしかしたら私よりも長いかもしれない。

 それでも、


「絶対、絶対私の方が翔くんのこと好きだもん!」


 叫んでから恥ずかしくなってきた。

 顔が熱いよぉ。


「愛美、何叫んでるのー」


「な、何でもない。何でもないから!」


 お母さんに聞かれちゃったかな。


「あ、そうだ。愛美、ちょっと降りてきて」


「どうかした?」


「まあ、いいからいいから」


 何だか嫌な予感がする…。

 でも本当に重要なことだったら困るしなあ。


 階段を降りた私を待っていたのは、意地悪そうな笑みを浮かべたお母さんだった。


「愛美、最近翔くんとはどうなのよ」


「どうって」


 最近は何も無かった気がするけど。


「キスはもうした?」


「キ、キスって。そんなの、私たちまだ中学生だし!」


「あら、私とお父さんはファーストキスは中学生の時だったわよ?」


「お母さんたちと一緒にしないでよ!」


 私のお母さんお父さんは物語みたいな幼馴染で、小さい頃からずっと一緒だったらしい。

 自然に互いを好きになり、付き合って結婚式したとかなんとか。


「で、さっき叫んでたけど、何かあったの?」


「え、えっと特には…」


「あったのね」


 速攻でばれた。

 お母さん鋭いなあ。翔くんに分けてあげて欲しいくらい。

 まあ、そこが可愛いんだけど。


「えっとね。今翔くんがデートに行ってるの」


「ふうん」


「その子はとっても可愛くて、翔くんとも付き合いが長いから仲もよくて…。ちょっと心配になっちゃったの」


「なるほど。

 あなたねぇ、自分の彼氏信じてあげなさいよ」


「うっ」


「翔くんは、一回デートに行っただけで心変わりするような男の子なの? 違うでしょ? だから、あなたは自分の彼氏を信じてどーんと構えてればいいのよ」


 お母さんの言葉が胸に刺さる。

 そうか、私が翔くんを信じてあげられなかったんだ。

 ダメだなあ、私。


 私が自己嫌悪に苛まれていると、お母さんがぱしんと手を叩いて言った。


「愛美、美味しいケーキでも食べに行きましょうか」


「えっ、何で?」


「ほら、いいからいいから」


 それから私はお母さん促されるまま、二人でケーキ屋さんへと向かった。



「ここは…」


「私がたまに来るケーキ屋さんよ。さあ、入って」


 やって来たのは綺麗な木造のお店だった。

 中に入ると、心地よい音楽とお店の雰囲気に合った置物、そしてとても楽しそうに話している翔くんと結菜ちゃんが見えた。


「っ」


 私は反射的に顔を俯かせる。

 まだ見つかってないよね!


「どうしたの?……ああ、そういうこと」


 お母さんは頷くと私を翔くんたちの隣の席まで引っ張っていった。

 私は声をひそめてお母さんに言う。


「〔お母さん!?〕」


「〔いいじゃない別に。どこに座ろうが人の自由でしょ〕」


 そういうことじゃない!


「〔それに、二人が何話してるか、気になるでしょ?〕」


「〔ううっ〕」


 結局私は誘惑に勝てず、お母さんの正面の席に腰を下ろしてしまったのでした。




 **********


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