6.訪問

 アイリスの『裏路地を通って近道をしよう』との提案を受けたことで、彼女が《ラングエイジ》の王女という真実を知ることとなった本日。

 王女であることを隠し、偽名を使っていた理由は、『今日のように、誰かに命を狙われる可能性の懸念』に加え、『自身から人が離れることを避けたい』というもの。

 役職や位で付き合いに対する態度を変えられたのでは、心が持たないのも頷けます。

 私はそんなこと気にしないんですけどね。

 王女が誰か判明した今では、護衛任務の方針が決まりましたね。アイリスを守ることが今回の目標となるわけです。

 今日は暗殺者たちから守ることができたとはいえ、大元を潰さなければキリがありません。

 ひとまずは、先ほどのことを報告に向かいましょうか。



騎士団ギルドへ報告を済ませたら、ひとまずは帰りましょう」

「は、はい……」



 目尻に涙を残しつつも、私が手を引くことで、よろよろと立ち上がる。

 一歩一歩がおぼつかない様子ですが、それも無理はないでしょう。

 自身の目前に迫った『死』の恐怖。私がアイリスから離れるのではとの不安。

 私がいる限り、アイリスを死なせませんし、離れることなどあり得ません。

 そんな恐怖や不安は、私が吹き飛ばしてみせますよ。



     ◇



 騎士団へと向かい、今回の件を報告。



「わかりました。あとはこちらで対応いたします」

「お願いします。それと……」

「どうかされましたか?」



 任務を受けたときの、「アイリスから目を離すな」との、お姉さんからの言葉。その真意を訊いておかなければなりません。



「お姉さん、アイリスが王女だと知っていたんですね」

「ええ、仕事柄、いろいろな人の情報に目を通しますからね」



 確かに、騎士団の受付を担うのであれば、ある程度の個人の情報を知る必要がありますからね。それであれば納得です。



「そうでしたか。では、私たちはこれで」

「はい。では引き続きお願いします」



 今はただアイリスについてあげることが最優先ですね。

 相手側は、私を標的にはしていないため、《悪事千里》が必ず発動するとは限らないわけでして。

 アイリスのついでに狙われる、なんてことがあれば別ですけど、彼女を集中狙いであれば、後ろからグサッとやられて終わりですからね。

 どんなものにでも、メリットがあればデメリットがあるということですね。

 シャンプーにもデメリットという名前の商品はきっとあります。知らないですけど。

 天は二物を与えず、とはよく言いますが、《言霊》にも同じことが言えるわけです。

 非常に強力な力である《言霊》。上手く使えば最強に。逆に下手に使えば最弱に。

 どんなものでも、要するに使いようなんですよ。

 どれだけ鋭い剣でも、戦闘で使わなければ宝の持腐れ。諸刃の剣だとしても、戦闘で当てれば相手にダメージを入れられる。よいか悪いかではないのです。



     ◇



「アイリス、体調のほうはいかがですか?」

「はい! もうバッチリ元気です!」



 親指をグッと立てて、弾けるような笑顔をして見せる。

 私から見ても、元気そうですね、一安心です。

 ホッと胸をなんの抵抗もなく撫で下ろす。

 最強の《言霊》を手に入れた代償でしょうか。

 死神に寿命を半分渡して死神の瞳を得るのではなく、胸の大きさを〇にして神様から能力を得るとは、いかがなものなのでしょう。

 まあ、大きくなるのを待てば……、私ってJKでしたよね? ということは、一五歳はすぎているわけですね。……これ以上成長しないじゃん!

 人間あきらめが肝心ですね。……ものを成長させる《言霊》とかないでしょうか……



「すっかり暗くなってしまいましたね」

「セリアさんがいるとはいえ、また襲われたら嫌なので、早めに帰りましょうか」

「それもそうですね」



 街中には街灯があるとは言っても、気持ち程度明るくなるほどの微かな光。あってもなくても変わらないほど。

 暗い中では、戦闘もままならないでしょう。時間帯にも気を配らないといけませんね。

 警戒しながら夜道を歩いていると、気をほぐそうとしたのか、アイリスが話し始める。



「あのですね、セリアさん」

「どうかしましたか?」

「セリアさんは、小さいときはどんな子でしたか?」



 唐突な質問に驚いた。質問が来たことではなく、『過去の内容』に関わる質問をされたことが問題なのです。

 私は、この世界の人間ではありません。

 元の世界の話をするならば、病弱だったことを話すのでしょう。

 しかし、昔病弱だった少女が、あれほど活発に動けるはずがありません。

 治ったからとでも言えば問題はないかもしれませんが、そうなれば、今までの運動経験と釣り合わなくなるのです。

 異世界転生なんてものを話すわけにもいきません。

 詳細は濁しつつ話すことにしました。



「私は……昔から親を困らせてばかりでですね」

「そうなんですか? なんだか意外です」

「いろいろと迷惑をかけて、遂には家を出てきてしまいました。親不孝な娘なんですよ」



 どこかおかしかったのか、ふふっとアイリスは笑う。

 なんだか私だけと言うのも不公平なので、アイリスの過去も訊くことにした。



「そういうアイリスこそ、どうなのですか?」

「わたしはですね、箱入り娘だったんですよ。それこそ、外にすら出させてもらえないほどに」

「今は大丈夫なのですか?」

「はい。《ワーディリア学院》に行きたいと言ったら、自衛ができるようになるから安心だと、過保護はそれっきりなくなりました」



 うーん……、彼女もある意味苦労してきたんですね……

 でも、それだけ大切だということでしょう。もしかしたら、王家の娘は安全に、との考えかもしれませんが。

 昔話をしていると。


「あっ、家が見えてきましたよ」

「ここがアイリスのい、え……」



 開いた口が塞がらないとはこのことでしょうか。本当に塞がりません。

 豪邸とはいえ、民家よりも少し大きいくらいかと考えていたら、そんな甘い考えは軽く蹴散らされました。

 《ワーディリア学院》よりは小さいのですが、大差ないレベルですごく……大きいです。

 お金持ちとの格差を見せられた感がすごいですね。

 部屋の貸し出しでもしているのかと思うくらいの数です。



「どうしました? そんなに目を見開いて」

「え、そんなに大したことないんですか?」

「なにがです?」



 普段からこの家に住んでいるために、感覚が麻痺しているのでしょうか。

 私からすれば、テーマパークに来たのではと錯覚していますよ。

 異世界の家で驚いていては、この先やっていけませんね。

 ここは割り切って、『この世界では当たり前』の精神でいきましょうか。



「と、とりあえずお邪魔してもよろしいですか?」

「もちろんです! どうぞどうぞ!」



 アイリスに手を引かれ、玄関へと導かれる。

 そういえば、私って友だちの家に訪ねるのは初めてですね。

 楽しみでもあり、緊張で手汗がすごくもあり。

 やだ……アイリスに嫌われないかしら……。乙女かよって、乙女ですよ私は。

 ご両親への挨拶をしなければなりませんしね。



「娘さんとお付き合いさせていただいてます、セリア・リーフです……。娘さんと――」

「あの……セリアさん?」

「なんでしょう、マイハニー」

「ハニーじゃないですよ!?」



 くっ……。アイリスに恥ずかしいところを見せてしまいました……

 ご両親への挨拶って、そうじゃないでしょうに……



「あはは、セリアさんでも緊張するんですね」

「それはしますよ……。友だちの家に訪ねるのは初めてなんですから」

「そんなに緊張しないでくださいよ」



 アイリスの言葉でなんとか心を落ち着け、玄関の扉を開く。

 すると、その先にはアイリスのお父様と思しき方がいらっしゃいました。

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