5.戦闘
「それは本当なんですか、アイリス?」
アイリスはうつむき、肩を震わせながらもなにも答えない。
彼の言っていることは本当なのでしょうか?
しかし、依頼受注時のアイリスの様子から考えるに、信じざるを得ないですね。
街で出会った人が、実は上流階級だったなんて、普段の私なら、アニメ的展開に目を輝かせるところ。
ですが、今はそれどころではありません。
「偽名を使ってやがったもんだから、探すのに苦労したぜ」
男が肩をすくめ、首を振る。なんでしょう、このフレンドリーな感じは。
なんにしろ、アイリスを狙う輩は私が叩きのめします。
「なぜ姿を変えて近づくなどという、回りくどい方法を取ったのですか? 背後から不意を打つなどできたでしょうに」
「こういった場所を歩くようなやつが、なんの警戒もないとは思えないからな。人間の一番の敵は油断。それを狙ったわけさ」
「それにしても、見たところ全員が《変幻自在》を持った人たちですよね」
「ああ、集めるのも大変だったさ。でもな、王女の殺害を成功させた暁には、多額の報酬が出るんだもんよ。それを考えれば大したことねえよ」
私の《全知全能》のような例外はあるものの、同じ《言霊》を持つ人間は当然ながら存在します。
とはいえ、そんな相手に出会うことは奇跡に等しいものです。それを三人も見つけるなど、彼の苦労が窺えます。
やはり、人間お金のためならばいくらでも働けるみたいです。私もお金は大好きですから。
しかし、そんな苦労も今から水泡に帰すわけですから、今のうちに、手のシワとシワを合わせて死合わせに対する気持ちを心の中で言っておきます。
ご愁傷さまです。死に対しても、私と出会ったことに対しても。
とはいえ、無駄な殺生はしたくないので、半殺し程度で勘弁してあげますよ。
「さて、あなたたちには二つの選択肢があります」
指を二本立て、ピースサインを作って見せると、怒りを露わにし始めました。
構わず私は続ける。
「すぐに撤退するか、私に殺られるか。二つに一つです。さあ、生と死、どちらを選びますか?」
「ガキが、舐めやがって……! 三つ目、お前たちを殺して任務を達成する、だな」
「ほう、あくまであきらめないと。死を選ぶとは……なかなかに頭が悪いですね」
軽く煽ってみれば、歯をギリギリと鳴らし、こちらを睨んできます。おお、怖い怖い。
実際のところ、《空前絶後》がある今の私には、武器などの外的要因による『死』の概念が存在しませんからね。負ける道理などないのです。
どうしたものでしょうか……
《一網打尽》は街中での使用となると、家屋の倒壊などが懸念されるため使用不可。
《一刀両断》は刃物がないため、こちらも使用不可。
《百発百中》ならば安全に制圧可能ですが、この街の住人は極度の社ち――んんっ、働き者ばかり。道は綺麗になっており、石ころ一つありません。
弾になり得る石が一つもないとはこれいかに。
なにかないものかと、六法全書ならぬ『言霊全書』(勝手に命名)でいろいろと探してみると、なんとも面白そうなものが。
「なに俺らのこと無視して本なんか読んでんだぁ?」
「ちょっと探しものを。来ていただいても構いませんよ」
「くそっ……! 調子に乗りやがって……。お前ら、さっさと片づけるぞ!」
「「「おう!」」」
リーダーらしき男のかけ声に、あとの三人が同調する。
四人相手なら、すぐに済んで楽なので助かりました。
いっそのこと、一〇〇人斬りとかやってみたいものです。あ、ヘンな意味じゃないですよ? いたって健全です。
攻撃が効かない絶望感に陥らせるのも、また一興ですかね。
「へっ、まずはお前からだ!」
勝ちを確信したのか、口元を歪ませニヤつく男。
いやあ、この顔が今から絶望に染まると思うと楽しみですね。
短刀の刃が、私の腹部へと突き刺さる――が。
「どう、なってやがる……。今、確かに刺した感覚はあったはずだ……!」
「あっははは! みなさん同じ反応をしますね。《空前絶後》、私へのあらゆる事象を無効化する能力です」
「そういうことか……。でも、戦闘向きでないなら好都合。王女から殺るぞ!」
「させるわけがないでしょう?」
私は、男たちへ向けて手をかざし叫ぶ。
「――《迅雷風烈》!」
その瞬間、激しい突風と雷撃が暗殺者たちを襲う。
《迅雷風烈》、烈しい雷と猛烈な風を表す言葉。
この能力は、言葉のまま、雷撃と突風を呼び出し、相手へと当てる力。
雷撃は強力なもので、対処をするか、身体をかなり鍛えていなければ耐えられません。
彼らの体格では、耐えることはおろか、丸焦げになってしまうかもしれません。
強力な雷撃によってダメージを与え、突風で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる四人。
それが意識を刈り取ったようで、電池が切れたおもちゃのように、ピクリとも動かなくなりました。
散々私のことを弱い者として見てきたので、どれほど強いものかと期待していたのに。
一撃でノックアウトとは、まったく面白くありませんね。
のちほど、騎士団にでも引き渡しておきましょうか。じっくりコトコト絞られてください。
そして、私にはしなければいけないことがありますからね。
アイリスへと向き直り、私のするべきことを為す。
「アイリス、あなたが王女だということは本当ですか?」
「な、なんのことですか……?」
瞳からは涙を流し、身体はブルブルと震えている。
恐怖を感じているか、なにかしら隠していることがある証拠となり得るでしょう。
「正直にお願いします。なぜ、隠していたのですか?」
「だって……! わたしが王女だと知ると、みんな離れていくんです。自分で言うのもなんですが、位が高いものですから……」
確かに、位の高い者のことは、どうしても敬遠してしまうもの。
近寄りがたいオーラもありますし、なにかしらの人間関係のトラブルが起きれば、自身にどのような処分が下されるかわかったものじゃありません。
でも、一つだけ聞き捨てならない言葉がありましたね。私は、アイリスでも許しませんよ。
私が近づくと、アイリスはじりじりとあとずさりをし、壁に阻まれると、ようやく動きを止める。
これ以上は逃がさまいと、壁に手をつき進路を塞ぐ。
壁ドンですね。意図していたわけではないのですが……。やだ、近い……
「『みんな離れていく』というのは、私も入っているんですか?」
「だってそうでしょう? 王女な上に、それを隠してセリアさんを騙していたわけですから……」
人とあまり触れ合う機会がなかったのでしょうか。
……まあ、私が言えた義理ではありませんが。
わかってない。なにもわかってないです、この娘は。
なにをもって私がアイリスを見捨てると思ったのでしょうか。まったく、心外ですね。
「いいですか、アイリス」
「は、はい……なんでしょう……?」
「仮に、仮にですよ? 私がアイリスから離れるとして、今回どうしてあなたを助ける必要が?」
「それは……! セリアさんは優しいから……」
彼女はどこか勘違いをしています。
私が優しい? そうだとすれば、先ほどの戦闘でわざわざ攻撃を受けることなく、すぐにでも逝かせてあげましたよ。あ、死んでませんからね?
初めて使用したとはいえ、火力調整くらいはできます。
「私は、優しいからアイリスといるわけではありません」
「え……? それじゃあどうして……?」
「情けなどではなく、アイリスと一緒にいたいからです。私たちはお友だち、でしょう?」
私がそこまで言うと、アイリスはポロポロと涙を流し、地面へとへたり込む。
「セリアさん……。あり、がとう……」
今回の一件でアイリスとの仲が深まったのなら、彼らには感謝せねばなりませんね。
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