4.任務
「それでは、お手続きを……!」
少し焦ってますね。本当に納得してくれたんですか?
それにしても、私は《ラングエイジ》の王様が誰か知りませんよ? なぜか依頼書に名前が載っていませんでしたし。
なにか理由があるのか。もしや、狙われていなかった要因……?
詳しいことはわかりませんが、なにかしらの案内はあるでしょう。
手続きが終わったようで、小さなバッジを渡された。
赤茶色ですね……見た感じは銅でしょうか。
「こちらは、お二人のランクを表すものです。初めは
上がれば上がるほど、その人の力量や依頼への貢献度が一目でわかるわけですか。
様々な場面での指標となるものは、なにかと便利ですからね。
これで依頼は受注はできたことですし、明日から行動開始ですかね。
「では、今日は帰りましょうか」
「そう、ですね……」
「どうかしましたか? 元気がないようですが」
「いえ! なんでもありませんよ!」
なんでもないとは思えませんが……。《以心伝心》を使用し、心の声を聞けば、アイリスの真意を探ることは容易です。
しかし、人の気持ちを詮索することはよくありません。彼女から話してくれることを待つだけです。
依頼の受注をした辺りから、声に元気がなくなり始めましたからね。無理矢理声を張っていた気がします。
「悩みごとなら、私に相談してください。少しでもお力添えができるかもしれません」
「やっぱり、セリアさんは優しいですね。そのときはお願いします」
心なしか、先ほどよりは元気になったみたいです。
◇
「それで、王女様はどちらにいるのでしょう?」
「えっ、あー……どうでしょうね……」
なんだか要領を得ませんね。
アイリスは《ラングエイジ》に住んでいるので、国の統治者くらいは知っているでしょう。なにか隠しているのでしょうか……
「あっ、セリアさん! 家まではこっちの道が近いですよ!」
急に腕を引かれ、躓きそうになるも、なんとか持ち直す。
いや、近いとは言っても……ここ裏路地じゃないですか。
危なすぎますよ。アイリスの家に近いとしても、あの世にも近そうで嫌です。
「本当にここを通るんですか?」
「はい、いつも使ってますから!」
「一つ言いますと、今までなにも起こらなかったのは奇跡です。下手をすれば、ここで死んでしまってもおかしくありません」
アイリスは、キョトンとした顔で首をかしげる。
彼女は、よくも悪くも純粋すぎます。普通に見れば、薄暗い路地など通りたがりません。
ですが、彼女はきっと『この地域の路地だから大丈夫』と、安易な気持ちで通っていたのでしょう。
「……今は私がいるので大丈夫かもしれませんが、これからは通ってはいけません」
「わかりました……」
シュンと肩を落としますが、これも彼女の安全のため。
心を鬼にしていかねばなりません。
とはいえ、こういった薄暗い裏路地を歩くのって夢でもあったんですよね。
アニメでは、このような場所を歩けば、なにかしらのハプニングが起こるじゃないですか。それをパパっと解決したりしてみたかったんですよ。
「……今日が最後ですよ? さ、行きましょう」
「はい!」
言ってしまえば、なにかが起こるとしても、それを察知することは可能なんですけどね。
《悪事千里》、悪事というものは、どれだけ隠したとしても世間に知れ渡ってしまうことをたとえた言葉。
この能力は、私へと悪意を向ける存在の気配に気づくことのできる、索敵能力です。これでひと安心ですね。
ただ、私以外へと向けられた悪意は察知できないことが懸念する点ですかね。
「しかし、どこを見ても綺麗ですよね、この街は」
「そうですね。ときどきボランティアで人を募って、街の大掃除をしているそうですよ」
「なるほど。心優しい人が多いわけですか」
元の世界では『ボランティア』なんて聞こうものなら、面倒だからと避ける人が多かったですからね。
私も参加してみたかったのですが、なにぶん病室からは出られなかったものですからね。いえ、本当に。病弱を言い訳にとかしてないですよ? ……してないですよ?
やはり、《ラングエイジ》は住み心地がよさそうです。
今のところなにかが起こる様子も見られませんし、杞憂に終わればなによりですが……
これ、もしかしてフラグになったりしますかね?
「セリアさん、あそこにワンちゃんとネコちゃんがいますよ!」
「ほう。イヌとネコは存在するんですね」
路地の隅を数匹の野良犬と野良猫が闊歩している。
魔物などはいなくとも、普通の動物に関しては一部いるみたいですね。
あの子たちは凶暴だったりするのでしょうか。襲っては来ないみたいですが……
見たところ、商店街の人たちに可愛がられているのか、辺りのゴミを漁る、なんてこともありません。
ときどきこちらをチラチラと見てきますが、きっと私たちの美しさに惹かれたのでしょう。
エサとして見ているわけではありませんよね……?
それよりも、ワンちゃんとネコちゃんって! 呼び方が、なんか、こう……いいですね。
私の語彙力を低下させるとは……アイリス・フェシリア、恐ろしい子!
それから再び歩いていると、前方からネコが四匹、こちらへと近づいてきます。
「ネコちゃんがこっちに来てますよ! 可愛いですね~」
「すり寄ってくるところがまた可愛らしいです」
そのネコは、頬を私の脚へとすり寄せてくる。
人懐っこいのかもしれません。野良猫が人に懐くことは、あまりよくないと言われますが、確かに、この可愛さを持った命を責任なく扱えるわけですからね。
ペットショップの動物と違い、なにかしらの契約を交わすでなく世話が可能とあれば、こぞって手を出し始めてもおかしくないです。
少し撫でてみようかと手を伸ばした瞬間、電撃が走ったような感覚が頭をよぎる。
「アイリス、ネコから離れてください!」
「えっ? は、はい!」
頭をよぎった感覚。それは、《悪事千里》のセンサーに引っかかった証拠。
私が叫び、一気に距離を取ると同時、ネコの姿がグニャリと歪み始め、やがて人の形を取り始める。
変身系の能力ですか……。もう少しでアイリスが怪我をするところでしたよ。
「貴様、どうやって俺たちの変身に気づいた」
人の姿に戻ってみれば、その姿は薄汚れたローブを身を纏った男たち。その手には、小刀が握られている。
暗殺者……でしょうか。
「いえ、ただ直感が私に囁いたんですよ」
この人たちの目的はなんでしょう。私たちの暗殺……にしては、私には興味がなさそうに見えます。アイリスを狙っているのでしょうか。
「ふん……まあいい。それにしても、ようやく見つけたぞ、アリシア・ラングエイジ」
アリシア? もしや、アイリスのことを言っているのでしょうか。人違いでしょう。
しかし迷惑な人たちです。いきなりすり寄ってきたと思ったら、それが人だなんて。相手が人間の男だったと思うだけで気分が悪いです。
これ以上の問答は不要。お帰り願いましょうか。
「彼女は『アリシア』ではなく『アイリス』。見当違いもいいところですね。人違いです、お帰りください」
「アイリス・フェシリア……だったか。偽名を使ってお友だちまで騙してつらくないか?」
「っ――!」
男からの言葉に、アイリスは唇を噛み、顔をうつむかせる。
偽名……? 一体どういうことでしょう。
「先ほどからなにをおっしゃっているのですか?」
「そうか。お前は知らないみたいだな。その女、アリシア・ラングエイジは――《ラングエイジ》の王女だ」
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