第2話 多少無職
「先輩って、自称大学生ですよね?」
読書家って職業じゃない限り、先輩だって一般的な大学生にカテゴライズされるはずである。
「別に自分から触れ回ってはいないけど?」
私だって、この程度で先輩が顔上げるとは思ってない。
「例えば先輩が、その本で私を殴り殺したとして、警察に職業きかれたら、学生って答えますよね。」
楽しい会話の為に、自己犠牲はいといません!
「必ず捕まるんだ。」
先輩にはこんな単純な暴力では、捕まらない自信があるんですね?
「とりあえず捕まってもらって。そしたら、報道番組では自称大学生って流れる訳です。」
「大学の中なんだから、すぐ裏付け取れるんじゃない?自称は付かないと思うけど?」
なんという盲点、確かに事務棟は目と鼻の先ではないですか!前提崩壊?
「でも、やっぱり個人情報何で警察には開示しても、メディアには大学側もちょっとやそっとじゃ流さないと思うんです。」
「学生って職業じゃ無いから、無職ってことになるんじゃ無い?」
この際、学生が職業じゃ無いかは棚上げして、何なら無職の方がありがとうございますです。
「それでは自称無職ってことにしてもらって。ちなみに職業学生ってあるんですかね。」
「学習すること自体で収入が発生しているなら有り得るんじゃない?」
疑問は出来る限り速やかに解消する、それが学習の秘訣。
「まぁ職業学生の話は置いときましょう。自称無職って良く有りますけど、他称無職ってのは聞かないですよね?」
事情通の先輩でも、聞いたことはないのでは?
「自称無職が良く居る状態なのは問題だけど、他人が誰かの無職を公然と宣言するシチュエーションってそんなに無いんじゃ無い?」
ここで、堂々の選手宣誓!
「そこで私は、他称されたいと思う訳なんです。」
「一度何処かに就職して見れば?雇用保険の関係で離職票とか必要になるから、辞めた時に会社側から証明して貰えると思うけど。」
私としたことが前提条件を提示するのを忘れてしまっていたようですね。
「ニュースとかで容疑者として報道される時に他称されたいんです。」
「誰を殺したいの?」
これ以上論点がズレないように、修整しなければ。
「相手のことはともかく、私のことだけ考えて欲しい訳です。あくまで今回の場合。」
そう、あくまでも。
「何か職業を他称されるケースって無いですか?」
「他称されたら定義されて終わりなんじゃない?自称の裏付けってことで。」
このまま終わる何て、そんなのあんまりです。
「そこを何とか、先輩のお力でお願いします。」
「力技じゃどうしようも無いけど、厳密な職業というよりも通称で良いなら可能性が有るかな。」
さすが先輩、あらゆる可能性を常日頃から考慮して生きてるんですね。
「問題ありません。可能性の話をしましょう。」
「そもそもの前提として、自ら呼称する様なものじゃ無い象徴的な存在であること。そして、それでいて対外的にその活動で収入を得ていることが明らかなこと。」
私、給料を貰えるようになっても給与明細を衆目に晒す趣味が持てそうに有りません。
「ちょっと良く分かんないんですけど、収入が明らかってどういう状態ですか?」
「つまり自称した時と他称したときにギャップがあるが、相対的に同一の職業として捉えられるモノ。」
このパラドクスはこれ以上解り易くなるというのですか、教えて下さい、先輩。
「さっぱりイメージ出来ないんですが。」
「明確に答えが有る訳じゃ無いから、強いて言えばアイドルとかがイメージに近いかな。」
それってつまり私がアイドルに向いてるってこと、そんな、先輩ったら。
「アイドルは表裏が激しいってことですか?」
「職業として呼称するときは歌手とかタレントとかの方が一般的だけど、その様態から大衆的にアイドルと呼称されるってこと。」
なるほど、でも果たしてそれはどうでしょう?
「それでも他称アイドルとは呼ばれないんじゃ無いでしょうか、それに所属事務所とかもすぐ声明出すでしょうし。」
「世間的な知名度は低いが一定の支持があって、マネジメント契約とかもしていない完全な個人事業主ってところだろうね。活動の実態はあるけど報じられるまで明らかではない。」
何といか釈然としない。決してアイドルとしての素養を疑われているからではありませんよ。
「それってアイドルですか?」
「現実的な範囲で条件に近しい存在って位かな。他称○○っていうのがやっぱりあり得ないシチュエーションだよ。」
そんな、先輩に限界があるなんて。
「なんともなりませんか?」
「やっぱり誰かを殺す為にアイドルになるって、動機が不順だからね。どう仕様もないかな。」
もしかしなくても勘違いしているってこと?
「えーっとですね、誰か殺したい訳でもアイドルに成りたい訳でもないです、本当に。」
「そう?」
「はい。」
本日の会話、終了。
日常会話における殺人事件の用法 モリアミ @moriami
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