日常会話における殺人事件の用法

モリアミ

第1話 モナリザのようなもの

私は報道番組が大好き。あの秀逸な表現の数々には感動をきんじえない、というのはちょっと誇大広告だけど。まぁ、そこそこ見てはお話しのネタにする程度の、興味深いことがたまにある?位かも。さてさて、今日のお話のテーマは「◯◯のようなもの」、それではどうぞ。


「先輩は、バールのようなものって見たことありますか?」

文字にしか興味がないって感じで、本ばっか読んでる先輩でも、テレビぐらい見てると信じたい。


「?」


こんな疑問符見たいな顔が出来る人って、先輩以外にはいないかも。まだ喋る気はないらしいけど、顔挙げたってことは私って興味深いのかも、本よりは。

「ニュースでよく言うじゃないですか、あれって何なんですかね。バールじゃねぇのかよ!って、思いません?」


「断定できないってだけでしょ。」


悲報、私への興味、1ランク下がる。

「刃物のようなものってのは理解できるんですよ、私も。ドライバーとかヤスリとか、刃物っぽく見えそうに思えなくもないですよ。でもですよ、バールっぽいものってないんですよ。強いて言えば、ロープ止めの鉄杭位ですよ?」


「君位ホームセンターに入り浸ってる人のために言ってるんじゃない、バールみたいなものって。」


私のホームセンターへの熱意だけじゃ、先輩の興味ランクは上昇しないらしい。ここはもっと根本的な問題定期が必要だろう。

「分かりました。100歩譲りますよ。確かにバールっぽい見た目のものはあります。何なら、バールっぽく使える工具だってありますよ。でも、拳銃のようなものってのはあり得ないですよね。」


「エアガンとかモデルガンとか在るけどね」


これは想定された回答に過ぎない。

「でも、実弾は使えませんよね。」


「本体の強度によるとは思うけど、一発射つだけならどうにかなるんじゃない。改造すれば。」


これは盲点だった。先輩の知識以前に私に知識がない、つまりは反論ができない。


「単に現場で発見できなかったってことだと思うけど、拳銃って構造自体は単純だから、単装式で拳銃のようなものなら案外簡単に作れるんじゃない。」


これはまずい展開だ、もっと白熱したディスカッションを期待してたのに。先輩のサービス精神に期待出来ない以上、さらなる発想の転換が必要だ。

「私はですね、◯◯みたいなものって絶対に呼ばれない凶器を見つけたいんですよ。」


「?」


ついに興味ランクが更新された。


「誰か殺したい人でもいるの?」


何でもないことのように、不穏なことを訊いてくる先輩って、やっぱりゾクゾクする。

「そういう訳じゃないですけど、なんというか、ナンバーワンじゃなくてオンリーワンの凶器を見つけたいというか。そういうシチュエーションってないかなぁって。」


「そう……」


ついに、先輩を思案させるに至りました。

「何かないですかねぇ」


「例えば、洗濯機とか乾燥機に入れて、最悪冷蔵庫とか冷凍庫でもいいけど、その中で発見されればいいんじゃない」


先輩って、目に写る全てのもので、いかにして人が死ぬかを常に考えてるのかも。

「なんか、あんまり凶器っぽくないですね」


「多分、事故死も考えられるから、ただ単に洗濯機の中で発見されたって言われ方するかな」


「じゃあダメじゃないですか」

自説に囚われない姿勢って素晴らしいけどね。


「ぱっと見じゃあ死因って判断できないと思うから、そもそもが難しいんだけど。」


「そこをなんとかお願いします。」

私は、何をお願いしてるんだろう、でも、楽しい会話のためには仕方ない。笑顔で受け入れよう。


「前提条件として、最低でも誰かが殺害現場を見てること。殺害方法は、撲殺とか刺殺とかのような目撃情報と死体とで齟齬が生じないこと。」


「分かりました。衆人環視のもと実行しなければいけないのは、甘んじて受け入れます。」

受け入れれば気持ちも楽かもしれないし。

「でもやっぱり、目撃証言だけじゃ刃物のようなものになっちゃいますよ」

3歩進んで2歩下がる、いや、振り出しに戻ってる?


「凶器に求められる条件は、見ただけで名称を特定できること、類似品が存在しないこと、複製が出来ないことあるいは複製品である可能性が除外できること。」


「類似品と複製品って分ける必要ありますか?」

どれだけ的確な質問ができるかが良い生徒の証である。良い生徒の印象はとても良い。by 私


「類似品が無いことは名称の特定に繋がり、複製品が無いことで断定が可能になる。後は知名度が高ければベストかな。」


「そんなものありますか?」

決して思考を諦めた訳じゃないんです、目の前の近道を通りたいだけなんです。


「パリの美術館で、飾られたダ・ヴィンチの絵を使うとか」


絵で殴るの?絵を刺すの?あ、絞め殺すとか。その前に取れないんじゃない?

「できますかねぇ、そんなこと。それにモナリザって、複製品?模造品?いっぱいあるんじゃないですか?」


「少なくとも、展示中に人前でやれれば、モナリザのようものとは言われないと思うけど。」


これが論理的帰結ということなの?

「モナリザだと殺りにくくないですか。」

方法も去ることながら、プライスも気になるし。


「展示中の美術品なら壷でも皿でも花瓶でも、何なら刀もあると思うけど。」


「やっぱり難しい気がすします。」

どうしたってプライスが気になるし。


「やるなら、陶芸が良いんじゃない、適度に固そうだし」


「えっ?」

陶芸で殺るってことだよね。


「絵は難しいだろうし、刀鍛冶はあからさまだろうし。」


絵が難しいってのは殺るのがってこと?単純に下手ってこと?それより、やっぱり陶芸をやるってこと?絵が下手なら陶芸も難しいんじゃ……

「あのぅ、別にやる気はないんですよ。」


「そう?」


「はい。」

会話終了、先輩の興味、消失……

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