第6話 校内巡り

「ねぇねぇ、どこに住んでるの?」

「彼氏いるの?」

「んー、可愛い!」

「中学校ってどこだったの?」


 予想はしていたが、休み時間になると、遠藤は女子による質問攻撃の被害を受けていた。

 

 土門は、後ろで繰り広げられている光景にうんざりしているようだ。机にへばり付く形で漫画を読んでいる。


「ほらほら、あんまり質問攻めにしちゃダメだよ!迷惑でしょ!」


 眼鏡をくいっと押し上げ、如何にも学級委員長らしいことを言ったのは、学級委員長の太田おおただ。


「大丈夫ですよ。迷惑じゃありませんから」

「そう?それならいいけど。何かあったら相談してね?わたしは学級委員長の太田まりよ。よろしく」

「はい、よろしくお願いします」


 2人が挨拶を交わしたところで、休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


「もう時間になっちゃたかー。また後でね、遠藤さん」


 そう言って、遠藤に群がっていた女子たちは、それぞれ自分の席に戻って行く。


 土門はようやく漫画を閉じ、授業の準備を始める……のかと思ったら、別の漫画を取り出して読み始めた。授業を真面目に聞く気は一切ないようだ。


 放課後、僕が帰る支度をしていると、突然肩を叩かれた。


「ん?」


 誰だろうと振り返ると遠藤だった。


「どうした?」

「あの、相談、というかお願いがあるんです」

「困ったことがあるんだったら、相談にのるよ」

「あ、ありがとうございます!」


 家にいるダメ妹が心配で、即刻家に帰りたいところだったが、困っている人を見捨てるわけにはいかない。


「それで、お願いって?」

「はい。実は、学校を案内してほしいんです」

「なるほど。いいよ。案内するよ」

「本当ですか!ありがとうございます!」


 遠藤は本当に嬉しいようで、深々とお辞儀をした。


「では、早速――」

「わたしも、同行」


 遠藤が僕の手を掴んで行こうとすると、土門が手を挙げた。しかし、遠藤はそれを断る。


「いいえ。鑓水君だけで大丈夫ですよ」

「こいつ、あんたと2人きりになったら、襲う……確実に」

「襲わねえよ!」


 なんてことを言うんだ土門。


「鑓水君になら襲われても……」

「……え?」


 なんで遠藤は照れている?そこは否定してくれないと困る。


「ダメ。わたしも同行。なんとしても」


 土門はそう言って僕の腕を引っ張る。


「……分かりました。では、3人で行きましょう」


 遠藤は渋い顔をして、土門が付いてくることを了承した。しかし、遠藤は土門に鋭い視線を送っている。

 

 今までの言動とはかけ離れていませんか?すんごく怖いです。


「えーっと、そうなればすぐに行こうか……」


 先程から、まだ下校していない、過半数はいるクラスメイトの視線を感じる。直ぐにでも学校を案内しようと、僕は2人を教室から連れ出した。


 僕たちは3階から、2階にある教室を見て回っていた。


「……ここが社会科準備室」

「放課後、めったに人はこない」

「……ここは会議室」

「名前の割に、会議しない。めったに人は来ない」

「……ここは理科室」

「ここは人がよく通る。要注意」

「……土門」

「ん?」

「何の説明をしている?」

「放課後、誰もいない教室。ムフフな展開。オススメスポット」

「その説明いらないから」

「そう。でも、彼女は、欲しいはず」


 土門は、チラリと遠藤に目線を送る。


「えーっと、ありがとうございます」


 遠藤はなぜかお辞儀をする。

 

「遠藤さん。土門の言っていることは大抵聞き流していいから」

「なぜです?」

「遠藤さんに悪影響しか与えないから」

「悪影響、与えない。むしろ、良い影響」

「……遠藤さん。次行こう」


 僕は土門を半ば無視する形で話を切った。


「はい、分かりました」

「次、どこ?」

「体育館だ。体育館は1階から入るんだ。1階に降りよう」

「体育館ですか。放課後ですから、部活はやっているんでしょうか?」

「バスケ、バレー、バドミントン、卓球……あとは何かあったか?」


 自分が帰宅部のせいか、部活のことなど気にしてもいなかった。


 土門に助けを求める。


「知らない」


 もちろん、期待はしていなかった。こいつは漫画以外興味がないようだ。


「ごめんな、こんなことに答えられなくて。委員長とかなら答えられるんだろうけど」

「いいえ、わたしは鑓水君だからいいんですよ」

「え?」

「鑓水君だからこそ、学校を案内して欲しかったんです」

「遠藤さ――いてっ!」


 突然、頭を強打され、鋭い痛みが走った。


「何すんだ、土門!」

「放置プレイ、よくない」

「放置してないだろ」

「わたしを無視して、2人で、いい感じ。許さん!」


 土門はまた僕のことを殴ろうとする。

 

「悪かった、土門。もうやめるんだ」

「分かれば、良い」


 土門は偉そうに腕を組む。


 それを見た遠藤は、ふふふと如何にもお嬢様な笑い方をする。


「おふたりは仲が良いのですね」

「当たり前。理由、いいな――うっぐううぐうー」


 僕は慌てて土門の口を押える。


「いいな……?どう、なされたんですか?」

「井伊直弼を勉強したもんな!桜田門外の変だな!」

「意味不明!」

「どうことですか?」

「何でもないよ!」

「なんでも、ある!」


 土門は僕の抑え込みから逃れる。


「ぜ、是非教えてください」

「ダメだ!」

「許嫁!」

「ああああっ――」


 僕は土門は止めようとするも、先を越され、言われてしまった。こうなれば仕方がない。


「許嫁?」

「はぁー、そうだよ。ただし、『元』だからな」


 土門は僕の許嫁だ。しかし、それは過去の事。


 彼女とは1年生から同じクラスだったのだが、知り合っていたのは随分と昔のことだった。


「土門は僕の許嫁だった。でもそれは昔の話で、僕の家で色々あってその話は無くなったんだ」

「でも、わたし、翔和の――」

「はいはい。この話は終わりだ。体育館に行こう」


 僕はこの話をあまりしたくはなかった。土門が元許嫁ということは問題ない。しかし、その話についてくるのは僕の家の家庭事情だ。それは、突如として現れた妹の話とも関係してくる。


 すべては父の――


「鑓水君?」


 肩を叩かれ、遠い記憶から抜け出す。


「何でもないよ」


 僕は心配する遠藤をよそに、速足で階段へ向かった。


 体育館を見学すると、今日はどこの部活も活動を行っていなかったようで、すぐに帰ることになった。一旦教室に戻ると、そこには委員長が残っていただけで、他の生徒は教室を出た後だった。


 太陽は沈みかけていて、教室の中は夕焼けの光がレースカーテン越しに差し込んでいる。委員長はふわりと舞うカーテンの中で外を眺めていた。


 僕たちに気づくと少し驚いた様子だった。


「あなた達、まだ帰ってなかったの?」

「委員長こそ」

「わたしは教室の戸締りをしているから」

「そうだったんだ。ちゃんと委員長の仕事をしてて偉いね」


 僕がそう褒めると、照れくさそうに「当然のことよ」と言ってそっぽを向いた。大変わかりやすい人だ。


「ところで、あなた達はもう帰るの?それ次第で教室の鍵を渡すことになるのだけれど」


 僕たちは顔を見合わせた。


「今日は楽しめましたし、この学校のことが良く分かりました。十分ですよ」

「分かった。それじゃあ帰ろう」


 遠藤が満足したなら、僕の仕事は終わりだ。


 落ち着いたところで、妹のことを思い出した。急いで家に帰らなくては大変なことになっているかもしれない。火事でも起きていたら大変だ。


 それと、用事を思い出した。壊れた目覚まし時計の代わりを買わなくてはいけない。別にいつでもいいような気もするが、明日遅刻せずに朝を迎えられる自信がない。


「僕は先に帰る。それじゃあ、また明日」


 手短に挨拶をして、机に置いてあった鞄を手に取り素早く教室を後にした。


     *


「せーんぱいっ!」


 校門を出たところで後輩に絡まれた。


「……まったく、暇なのか?」

「暇な訳ではないですよ!」


 星奈は腕をパタパタとさせて否定した。


「それで、どのくらいここで待っていたんだ?」

「えっ、偶然ですよ?」

「……んなわけないでしょ」


 いや、絶対待ち伏せしていただろう。何度も言ったその言葉を、今更繰り返すつもりはない。呆れた僕は脚を動かす。


 遠くに浮かぶ夕焼けは、数分も持たずして沈みそうだ。


「ところで、今朝のことなんですけど……」


 星奈は視線を落とす。今朝のこととはもちろん、交通事故のことだろう。


「変な噂があって……」

「運転席に人が乗っていなかったって?」

「そうです!先輩も聞いたんですか?」

「いや、聞いたんじゃなくて、見た」

「……えっ?」

「あの時、僕は運転席を見たんだ。確実に人は乗っていなかった。噂は本当だと思う」

「そ、それじゃあ」


 星奈の瞳が微かに揺れる。


「ああ、そうだ。あの車には――」

「の、呪いだァァァ!!!」


 突然、星奈が両手を上げて雄叫びを上げた。あまりにも大きい声量に、僕は思わず肩を竦めた。


「いきなりどうした?」

「呪いしかないでしょ!」

「おまえなぁ……」

「絶対に呪いですからねっ!」


 星奈はそう言って目を輝かせている。


「事故を起こした車の運転手は車に酷いことをしたんでしょうね。ある日堪忍袋の緒が切れて、運転手を運転席から追い出して、車が怒り狂って暴走しちゃったんですよ!絶対そうです!」


 星奈は熱の入った言葉で迫って来る。


「もしかして、オカルトの類が好きなの?」


 若干引いて尋ねる。


「はい!好きです!愛してます!」

「そうか。愛してるのか」


 まさか星奈がオカルト好きだとは思ってもみなかった。後輩の意外な一面を見てしまったようだ。


「先輩はどう思います?やっぱり呪いだと思うんですね!?」

「いや、まったく思わないけど……」


 星奈の熱弁で僕の話のことをすかっり忘れていた。


「あの車に、呪いが掛かってることは無い」

「うっそだぁー!」


 こっちの台詞だ。


「……あれはな、遠隔操作だよ」

「遠隔操作?」

「ラジコンみらいに車を操作するって考えればいい」

「なるほど。それで、無人の車が出来たんですね?」

「そうなる。ただし、それを悪戯で使ったようには思えないけど」

「あれだけの事故を起こして、悪戯なんて表現じゃすまないですよ!」

「うん、あれは僕たちを確実に殺しに来てたもんね」

「……え、先輩、殺しだなんて、それは話が飛躍してません?」

「……ははっ、たしかに。僕の考えすぎかもね」

「そうですよ!」


 星奈は僕の背中をバシバシと叩く。


「そもそも、先輩が殺される理由がないですもんね!先輩が死んで喜ぶ人なんていないですもん!」


――お前が消えれば、私は……


 記憶の奥深くに仕舞い込んだ映像が、瞳の奥に流れ込んでくる。


 胸が苦しい。


 呼吸ができない。


「――ぱい!先輩!大丈夫ですか!?」


 星奈の声と共に、過去から現在へと引き戻される。


「どうしたんですか?顔色が悪いですよ?」

「……なんでもない。僕は平気だよ」


 どうして、今更あいつが出てくる。もう二度と会うことは無いと思っていたのに。関わりたくないと思っていたのに。――妹だってそうだ。火恋もあいつの子なのだ。


 どうして、今……。


「先輩……?」

「ごめん、先に帰る」


 僕は星奈の呼び止める声を無視して、走り出した。


 あの頃の自分から、逃げ出すように。

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