第7話 Woody
「ただいま」
「おかえりー、めしー」
僕が玄関の扉を開けると、床に突っ伏している火恋が、虫の息のような声で出迎えた。
「うるさい。僕にそんな気力は残っていない」
「つくれー」
「踏むぞ」
「はっはー、鑓水家の経済力である火恋様を踏むとは、いい度胸じゃないかぁー」
「…………」
僕は空中に留まる足を引っ込め、火恋を跨いで自室へと向かった。
火恋のいう通り、現在の鑓水家は火恋のお陰で経済的問題は解決されている。火恋がくるまでは僕がバイトをして、どうにか遣り繰りをしていた。そこを突かれては返す言葉もない。
火恋は『とあるバイト』をしており、彼女曰く「がっぽ、がっぽ」だそうだ。
『とあるバイト』の詳細については頑なに教えてくれない。妹が犯罪者でないことを祈るばかりである。
服を着替え、火恋のご要望通りに夕飯の準備を開始する。
しかし、冷蔵庫の中身を見てみると、ろくな食材が無かった。これでは料理が作れない。
「火恋、残念なお知らせだ。食材が無い。よって、火恋を買い物係に任命……ああー、そうだな。任命したいところだが僕が行ってくる」
火恋の機嫌をこれ以上損ねないためには、僕が買い物に行くしかないのだ。
火恋は舌打ちしてから「早く帰ってきてよー」と言うと、自分の部屋へ行ってしまった。
*
家から徒歩5分に比較的大きなスーパーがある。基本的に買い物はここでしている。
ピーマンが安くなっていたので、夕食はピーマンの肉詰めに決定。
ピーマン、挽肉、玉ねぎ、その他調味料やカップ麺も籠に入れ、レジに並ぶ。
腕時計を確認すると、時刻は午後5時。レジは食材を買いに求めた人たちで混んでいた。ようやくレジに来た時には10分が経過していた。
そして、レジ打ちの人が知り合いだったことに気づいた。
「あ、こんにちわ」
「……ども」
前髪は表情を隠すかのように長く、後ろ髪も肩まで伸びている。身長は180cm以上はある高身長。彼は隣の家に住む
金良さんはここのスーパー以外でほとんど見かけることは無く、レジ打ちのバイトをしていること以外の情報が全くない。近所付き合いもよい方ではないらしく、僕の知り合いの中で一番の不思議な人だ。
スーパーでの買い物を終え、近くの交差点に立っていた。赤信号が青信号に変わるのを待っていると、ポケットの中のスマホが震えた。スマホを取り出すと、火恋からの電話だった。
「どした?」
「いますぐ店の中に戻りなさい!」
音割れが起きるほどの大声が耳元を突き刺した。すぐさまスマホを耳から遠ざけた。
「うるさい!」
「どうでもいいから早く店の中に戻れって言ってんの!」
「わかった。わかったから大声で叫ぶのをやめてくれ」
火恋の言葉に疑問を抱きつつ、言われた通りスーパーの中に戻った。
――その直後だった。
「きゃああああああああっ!!!」
という甲高い叫び声と同時にガシャン!という何かが潰れるような音がした。この潰れた音にはどこか聞き覚えがあった。この音は……。
「……今朝の事故」
いまの音は、今朝、目の前で車が電柱にぶつかった時の音だ。僕の中でそう確信した時には、スーパーを出ていた。
「――嘘、だろ……」
目の前の光景は、今朝の事故の比では無かった。
血を流し倒れている人。
煙を上げながら燃え上がる車。
騒然とする周囲の人だかり。
やがて、サイレン音が遠くから聞こえて来た。
ここにいてはいけない。そう思った時には、僕はすでに走り出した。考えすぎだと思いたい。しかし、火恋の電話が無ければ、僕が死んでいたのは確実だった。
飛躍し過ぎた思考が脳裏を掠める。
「まさか、な」
*
通話終了ボタンを押して、スマホをベッドに投げ捨てる。
「……危なかった」
電話を掛けなければ、翔和は死んでいた。パソコンの画面に映る、現場を走り去っていく翔和を見ながら、火恋はため息を吐いた。
1日に2度も仕掛けてくるとは思っていなかった。
今朝は車にハッキングをかけてハンドルを操作したのだが、今の車はそれが出来なかった。ハッキング対策をされたのだ。しかも今朝からこの短時間で。
翔和に電話をしたことで、火恋が怪しまれるのは確実だ。しかし、彼が暗殺対象となっていることを伝えたくはなかった。彼には普通の生活をして欲しかったのだ。――完璧なんて幻想を目指さなくても良い生活を。
もう一度ため息を吐くとメールが来たことを知らせる通知音が鳴った。通知からメールを開く。相手の名前は【京】。
『あなたの言う通り、転校生がやって来ましたわよ。それも、かなり怪しいですわ』
京は翔和の暗殺を阻止するために、火恋が頼った数少ない協力者だった。
火恋は高校に行けないので、高校にいる時はお京が翔和守ってくれるということで約束している。
「了解。たった今、翔和の暗殺を阻止したところ。1日に2度も行うなんて、とんでもない暗殺者を持ってきたみたい」
『どのような暗殺方法でしたの?』
「今朝と同じ。交通事故を装ったみたいね」
『……となると、犯人に見当が付きますわね。多分、あなたも同じ名前を思い浮べたはずですわ』
「確実なる死……ジ・エンド」
『ええ。翔和を狙っているのはその人物』
『火恋、勝てると思いますの?』
「さあ?一応、わたしのハッキングはすでに対策されてたわ」
『あらあら、数時間のうちに対応するなんて』
「ともあれ、今後もよろしく。何かあったら知らせてね」
『お任せくださいませ』
火恋はメールを閉じると、デスクトップの左上にある【Woody】というアプリケーションを起動させた。そして、机の端にあるマイクを目の前に引っ張ってくる。
「ウッディー、おはよう」
マイクに向かってそう話しかけると、ヘッドホンから男の声が返って来た。
『やあ火恋、おはよう。何の用かね?』
彼はわたしと栞と、アメリカでお世話になっていた教授が共同開発を行った
「実は、調べてもらいたいものがあるんだけど」
『はは、君が私を起動させる時は、厄介事を持ち込んでいる時だ。何でも引き受けるとも』
さすがはAIだ。これまでのパターンから学習をしている。彼の学習能力に最近はイラっとくることが多い。厭味ったらしく、人間味溢れる皮肉を混ぜてくるのだ。
「翔和の通っている高校の生徒を徹底的に調べて欲しいの」
『なるほど。それは、例の暗殺計画に関係しているのか』
「その通り。怪しい人物がいたら、連絡を頂戴」
『了解した。君が出来ないことを私がやってのけて見せよう』
「……ムカつくわね」
アプリケーションを最小化させると、キーボードから手を離し、肩を回して腕を伸ばす。
そろそろ翔和が帰って来る時間だ。パソコンをスリープモードにする。鼻に掛けていたPC用の眼鏡を頭に乗せる。
椅子から立ち上がると、ベッドに投げ込まれていたスマホをポケットに入れ、自室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます