第5話 転校生

「おはよう翔和……おい、どうした?顔色悪くないか?」


 星奈と別れて、僕のクラスである2年A組の教室に入るとすぐに、親友である前園まえぞの大和やまとが声をかけてきた。


「おはよう。……あー、実は今朝交通事故に遭遇してな。ヒヤヒヤしたよ」

「マジかよ!いま学校中、その話題で持ちきりだぞ」


 あれだけの事故だ。学校で騒ぎになるだろう。


「ケガはしてないのか?」

「特に何も無かったからな。無傷だよ」

「それは良かった。それじゃあ色々と話を聞けるなぁ」


 大和は悪役を演じるかのような笑顔を作った。


「なんだよその顔は」

「いやぁ、実はその交通事故で不思議な噂を聞いてな。起こした車に人は乗ってなくて、無人で走ってたらしい」

「……」

「まぁ、そんな馬鹿な話あるかよって感じだよな」

「…………」

「どうした?」

「いや、俺も無人で走ってたような気がするんだ」

「おいおい、見間違いだろ」

「いや、事故後の車を見たけど、それでも人は居なかった」

「へぇー、不思議な話もあるもんだなぁ」


 どうやら、自分で話を振っておきながら、そこまで信じていないらしい。


 大和は腕を頭の後ろに回して、自分の席へ戻って行った。僕も自分の席へ向かい、鞄から教科書やノートを出していく。


 と、あることに気づいた。僕の席は窓側で一番後ろの特等席なのだが、なんと一番ではなくなっていたのだ。

 

 つまり、机がひとつ増えていたのだ。


「……転校生」


 耳を澄まさなければ聞こえない程度で口を開いたのは、隣の席の土門どもんだ。

 

 彼女は一年生の時から同じクラスで、特徴と言えば、肩まで降ろした長い髪と口数の少なさだ。そして、いつも本を読んでいる。よくいる文学少女かと思いきや読んでいるものは漫画なのだ。


 彼女は、授業中でも漫画を読んでいるどこかの不良男子高校生――みたいな女子高校生。


「転校生?」

「そう」


 今朝、星奈が言っていた転校生か。まさか本当に僕のクラスに来るとは。 


「こんな時期に、ここに、不思議」

「そうだな」


 土門は、星奈のように疑いの目を持たない無邪気な子供とは違う。いたって冷静だ。彼女ならば、そう簡単に詐欺などには引っ掛からないだろう。


「ホームルーム、始めるわよぉ」


 色っぽい声で教室に入って来たのは、僕たち2年1組の担任教師である天城あまぎ先生だ。


「ほらー!みんなー!席に着けー!ホームルームが始まんだぞー!」


 そう言って、突然声を上げたのは大和だ。いつもなら先生の言うことも聞かず、おしゃべりでもしている彼だが、天城先生の前ではいい顔をしている。


「いつもありがとねぇ、前園まえぞのくん」

「い、いえ、ワタクシは一生徒として……そのぉ……振舞っているだけであって、えー……今後ともご協力させていただきます!」

「うん、偉いわね」


 天城先生は飛び切りの笑顔を見せる。


「ぐはぁー」


 それを正面から喰らった大和は直立で倒れてしまった。


 天城先生は元モデルという噂がある。強調された胸、細い脚、180cmはあろう身長。あながち間違ってはいないだろう。


 そんな先生に感情的になる男子生徒は少なくない。もちろん、大和はその内のひとりだ。


「せんせー、前園を保健室に連れて行きますねー」

「ほっとけー」


 結局、大和は放置させることになった。世の中は非情である。


「……えーっと、今日はみなさんに大事なお知らせがあるのぉー。すでに気づいている人もいると思うけど、転校生よ。学校側の手違いにより、4月に間に合わなかったのでこの時期に転入という形になってちゃったんだけどね。それじゃあ、遠藤えんどうさん、入って」

「――失礼します」


 扉を開けて入って来たのは、青い眼鏡が印象的な、ショートカットの美少女だった。礼儀よく一礼をして、サラサラとした綺麗な髪を耳に掻き上げる。


「遠藤芽久吏めぐりです。これからどうぞ、よろしくお願います」


 再びの一礼。


 教室は拍手で彼女を迎い入れた。それと同時に多くの男子たちがコソコソと喋り始めた。これほどの美少女がクラスにやって来たのならば、その内容はおおよその見当がつく。


「席は窓際の一番奥ね。困ったことがあったら、前の鑓水と土門に聞きなさいな」

「分かりました」


 先生の指示通り、彼女は僕の後ろの席にやって来た。


「鑓水君、土門さん、よろしくお願いします」


 一礼。


「あ、うん。よろしく」

「……よろしく」


 僕と土門は彼女の礼儀正しさに、一瞬間をおいて挨拶を返した。


 しかし、どうして僕が鑓水だって分かったのだろうか。彼女は2人の名前だけしか聞いていない状況で、僕の名前を「君」と付けて呼んだ。土門も気づいたのだろうか。少し訝しい顔をしている。

 

 まぁ、2分の1の確率で鑓水君なのだから、特に深く考えはしなかった。


 彼女は微笑みながら美しく席に座った。椅子に座る姿勢の良さが、お嬢様のオーラを引き立てている。これで勉強、運動ができるとなれば僕の苦手なタイプだな。

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