第4話 最初の事件
「あ、おはようございます、せーんぱい!」
僕が家を出てから、一番最初に出会う人物はいつも決まっている。
「おはよう、
「もぉー、
「はいはい。おはよう、星奈」
「よっしゃ!グッドです!」
そう言って親指を立てている彼女の名前は
ある日、僕が星奈のピンチを救ってあげたら、なぜだか懐かれたようで、何かあるたびに僕の所へやってくる。気づいたら学校の登下校についてくるようになっていた。
朝の登校の時には、僕が家から出てくるまで塀の後ろに隠れ、偶然目の前を通ったように挨拶をし、そのまま一緒に登校……という流れになっている。
「隠れているのは分かっている!」と言ったことがあるが、「なんのことですかねぇ~」と言ってごまかす。
「先輩、ちょっとした噂を耳に挟んだんですけど、聞きたいですか?」
「結構です」
「では、教えましょう」
「……」
「実は今日、転校生がやってくるらしいんですよ!」
「へー」
そこでちょうど交差点に差し掛かる。歩行者信号は赤。僕と星奈はそろって足を止めた。
「反応が薄いですよー!転校してくる人は2年生なんですよ!?先輩と同じクラスになるかもなんですよ!?」
「へー」
「もっと反応してくれたっていいじゃないですか!?」
僕があまり反応しないのには理由があった。僕のクラスは特進クラスと言って、学業において優秀な成績を修めていなければ入れないクラスなのだ。転校生がいきなりそんなクラスに入ってくるのはおかしなことだろう。
そのことよりも不可解な点がある。
「おまえな、今何月だと思ってるんだ?5月だぞ?こんな変な時期に転校してくる人がいるか?」
「んー、言われてみればそうかもしれませんね」
「そんなのはあくまでも噂だ。今の時代、ネットの情報だけがすべてと思っているような――」
「その言い方、どこぞのおっさんですか?もぉー、先輩は夢がないんですよ。ユ・メ・ガー!」
信号が青に変わり、2人そろって歩き始まる。――その時だった。
一台の車が猛スピードでこちらに走って来るのが分かった。距離が近くなるにつれ、スピードは下がるかと思いきや、一向に下がる気配はない。
僕は星奈の手を引いて、真ん中まで来ていた横断歩道を走り抜ける。
「ちょっ、先輩!?」
横断歩道を渡り終えて後ろを振り返ると、車は交差点に差し掛かるところだった。しかし、安心したのはつかの間、車が急に向きを変え、僕たちの方向に曲がった。
視界に映る世界が一瞬にしてスローモーションで動き始めた。
そして、僕は見てしまった。フロントガラス越しの運転席に、人が乗っていないことに。
しかし、それに気づいたところでどうしようもない。世界がゆっくりと動いていようが、自分の体は早くならない。
キイイィィ!!!という、頭の中を叩かれているかのような轟音を聞いて、ゆっくりと目を開けた。
「――先輩、先輩!」
左腕には星奈がしがみついている。目には薄っすらと涙を浮かべている。
――生きている。
それを実感したのは正面に広がる光景を見てからだった。
横断歩道の横にある電柱に、赤い車が突っ込んでいた。
道路には黒いタイヤの跡が残っている。どうやら、スピンをして側面から電柱に突っ込んだようだ。窓ガラスや、外装などが細かく砕かれ、あたりに散らかっている。受け止めた電柱は腰を曲げるかのように歪んでいた。
「ふぅ……」
苦しくなって息を吹き出す。どうやら、無意識に息を止めていたらしい。改めて生きていることを再認識した。そして、辺りに人だかりが出来始めていることに気づいた。スマホを構えて写真やら動画を撮影する人が目立つ。
「……星奈、行こう」
「う、うん」
僕と星奈は無傷。
少しばかり、非日常を見ただけだ。でも、運が良かっただけ。あのまま車が直進していれば、僕と星奈は……。
――本当に運が良かっただけなのか?
運転席に人が乗っていない状況で、ハンドルが急に向きを変えるものなのか?そもそも、運転席に人が乗っていない状況とは?いくら自動運転の技術が発達しているとは言え、人が乗っていなくては車の意味がないじゃないか。
振り返って、潰れた車をもう一度見る。やはり、運転席には誰もいない。野次馬たちもそのことに気づいたのか、騒ぎが始まっている。
遠くで、パトカーのサイレン音が聞こえる。
そんな中で、事故現場を去る2人と騒々しい人だかりを、近くのビルから双眼鏡で覗いている人物がいた。
*
「……おかしい。……妨害?」
遠隔操作によって車を無人で制御し、あの男を殺す計画だった。
ハンドルを遠隔操作できる電子機器は絶対に見つかるわけもなく、謎の事故として警察に扱われるだろう。しかも、あの車は盗んだもので、それで警察の捜査を混乱させる。
わたしの足跡を見つけられるはずがない。
だが計画は失敗に終わった。
勿論気に食わないことではあるものの、依頼主の危惧していたことが発生したに過ぎない。
リカバリーの手はすでに打ってある。
携帯電話を取り出し、何度も打ち込んだ数字を並べていく。数回の着信音の後、とある人物が電話にでた。
「先生、作戦が失敗してしまいました」
『珍しいわね』
「妨害が入りました。遠隔操作装置をハッキングされたんだと思います」
『なるほど。それじゃあ、ハッキングされないように対策したものを注文しておいてあげるわ』
「ありがとうございます」
『別に、わたしが作るわけじゃないんだし、お礼なんていいわよ。……それより、本当にいいの?』
先生の問いの意味は分かっていた。躊躇いなく答える。
「もちろんです」
『そう。それじゃ』
「はい、失礼します」
電話を切ると、次の目的地へと向かうため、急いで片づけに取り掛かった。
わたしがここにいた証拠など、絶対に残してはならないのだ。
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