第2話 依頼承諾
暗い廊下を進む。明かりは廊下の先から差し込む光だけだ。ここに来るまでに手荒い歓迎を受けたが、彼女にとって大したことはなかった。
「時刻通りか、さすがだな」
「13人の歓迎、大変感謝しております。とでも言えば満足ですか?」
「本物かどうか調べる方法が無かったからね。申し訳ない」
男は惚けた顔でニタリと笑う。
「だがね、まだ君が本物かどうか怪しいな」
そう男が言った瞬間、後ろから殺気を感じた。
「――甘い」
後ろを見なくとも、相手がどのような行動をしているのか、手に取るようにわかる。棒状の物を脳天に向けて叩き下ろそうとしている。
相手の攻撃が当たる前に回し蹴りを入れて対処する。
わたしの靴の踵には強い衝撃を受けると数センチのナイフが飛び出るように設計してある。
予想通り、蹴りを喰らった男は腹から血を流し、もがき苦しんでいる。
「先ほどの言葉14人に訂正していただきます。――満足ですか?」
「……ああ、満足だよ」
依頼主の男は少し残念そうに答えた。
「それにしても、かの有名な暗殺者、
暗殺者の男女比は女性の方が多いそうだ。この業界に手を染めているはずなのに知らないとは、そんなこと興味もないのだろう。今までの依頼主と大差ない。
「そうですか。では、ターゲットを教えてください」
「……こいつだ」
彼は、わたしの素っ気ない態度があまり気に食わないらしい。不服そうに足元へ1枚の写真を飛ばした。それを拾い上げると、若い男――おそらく高校生の顔写真だった。
それだけならいつもの仕事と変わらない。はい分かりましたと言って殺しに行けばいい。
だが、その顔には見覚えがあったのだ。
この男に、わたしが動揺していることは知られたくない。声色が震えないようにゆっくりと言葉を発する。
「詳しい資料もください」
男は「ああ、そうだね」と言ってデスクの引き出しから青いカバーのファイルを取り出した。わたしはそれを受取ると、ファイルの中身を確認する。
顔写真の隣に記載された名前を読み上げて確証した。
「ヤリミズ、トワ……」
「そう。そいつが標的だ」
男は一度咳払いをすると、こちらを見上げる。
「確認だが、君は標的を、必ず事故死にさせる技術を持っているという認識でいいんだね?」
「ええ、そうです。必ず事故死に見せかけますよ。しかし、必要となれば明らかな殺人としての暗殺も可能です」
「いいや、事故死で構わんよ」
「分かりました。それでは失礼します。これからすぐに空港へ向かいます」
「そうか。よろしく頼んだよ」
そう言って、彼は笑いを押し殺した不気味な声をあげた。依頼主の大半はこんな声を上げている。慣れっこな声だ。
わたしは背を向けて、錆び付いた扉へ向かった。14人目の男はいつの間にか床に這いつくばり、動かなくなっていた。
「あぁ、そうだ」
扉に手を掛けた時、依頼主は声を上げた。
「妨害が入る可能性がある」
「……妨害」
「ああ、すまないがその時は妨害してきたやつも殺して構わん」
依頼主は妨害が入ることを確信しているようだ。
どういう経緯なのかはわからないが、わたしも色々と調べたいこともある。好都合かもしれない。
「それと、そいつを殺したら、どうにかして死体を見せてくれ。その時には私も日本へ向かうから」
「……分かりました」
死体を見せるということは、事故死の中でもやり方が限られてくる。一番無難なのは水死だろうか。どこかで溺れさせてから直ぐにその死体を見せて、海へ流す。
暗殺の計画を企てながら部屋を立ち去る寸前、
「これで完璧だ――」
そう言った依頼主の声が聞こえ、錆びの付いた扉は不協和音を立てて光を閉ざした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます