第10話

 『二人とも聞こえる?』

 一ノ瀬の声に天はかろうじて反応することができた。

「身体中が……熱い……」

『空くん、そっちの状況はどう?』

 一ノ瀬は冷静に空へ天の状況を把握する様に指示を出した。

「天は亀山との戦闘で負傷しました。どうやら天子准特捜の報告通り、自分へのダメージを相手へ移す能力みたいです」

『了解。保護対象の様子はどう?』

 空は部屋の中を見回したが、桂木の姿はなかった。

「見失いました。ただ、そう遠くへは行ってない筈なので佐藤中捜、捜索をお願いできますか?」

『了解です』

 イヤホンから佐藤の声もした。

「あー、火傷で体が動き辛えじゃねえか」

 向かいの屋上では亀山が天と空のいる部屋を見下ろしている。

「知恵さん、そちらに四郎さんはいらっしゃいますか?」

『ああ、いるぜ』

 知恵ではなく低い男の声がした。

「じゃあ、ライフルと捕獲用弾の転送をお願いします」 

『了解』

 空は床に倒れている天の様子を見た。

「まずいな……火傷が全身に……」

『転送準備完了。送るぞ!』

 空の横の何もない空間に黒い穴が開く。

 穴からは長さ一メートル程の銃身のライフル銃が出てくる。

『捕獲用弾は既に装填済みだ』

「了解」

 空は銃身を両手で持ち、スコープを覗き込む。

 右手人差し指を引き金に当てる。

 亀山は油断しているのか、全身火傷を負った身体をぎこちなく動かしながら空を見上げている。

「……終わりだ」

「あ?」

 空は引き金を引いた。

 けたたましい銃声が周りの空気を振動させる。

 銃口から飛び出した弾丸は亀山の身体に当たると弾け飛び、ワイヤーが身体に巻き付く。

 ワイヤーの先端は金属製の矢尻となっており、屋上の地面に刺さる。

「くそっ! なんだこれ!」

 亀山は身動きが取れなくなりジタバタし始めた。

「亀山を捕獲、応援を願います」

 空は一ノ瀬らに状況を報告する。

『大丈夫。今向かってるわ』

 しかし、空は安心できなかった。

 こうしている間にも、天の火傷の深度は深まってゆく。

一刻も早く治療しなければ天の命に関わる状態だった。

「天、もう大丈夫だからな」

 空の呼びかけにも天は反応することができなかった。

 空はもう一度亀山の様子を見る。

「おい! 早く助けに来やがれ!」

 仲間がいるのか、辺りを見回しながら大声で騒いでいる。

 すると、どこからともなくヘリコプターの飛行音が聞こえて来た。

「まさか……」

 空の嫌な予感は的中した。

 一台のヘリが亀山の頭上で止まり、機内から縄が下され二十代前半くらいの一人のパーカーを着た男が降りて来た。

 男のパーカーの背中にはハートのQの文字が入っていた。

「おい、回生! 助けに来んのが遅えよ! 早く治してくれ!」

 亀山は男に威張り散らす。

「申し訳ありません王よ」

 そう言うと男は亀山の身体に両手を当てた。

 すると亀山の火傷の傷は段々と消えて行った。

「まずいです、亀山が復活しました」

 空はすぐさま本部へ報告を入れた。

『なんですって?』

「仲間がいた模様です。天もこんな状況ですし、一旦引きます」

 空は天を抱えて動かそうとするとある違和感に気付いた。

 天の火傷が消えていた。

 空はすぐさま天に声をかける。

「天! 大丈夫か!」

「痛みが……引いた……」

 天はかろうじて離せる状態にあったが、今までの痛みのせいか万全の調子ではなかった。

『空くん? 状況は?』

 イヤホンから知恵のこえが聞こえる。

「天の火傷が消えました。恐らく亀山の能力は自分の傷が治ると相手の傷も治るのだと思います……天、大丈夫?」

 天は痛みは引いたものの身体にはだるさが残っていた。

 壊れた壁から亀山の方を見る。

「お前の母親は腕を斬られた時痛みで悶えてたぞ! 可哀想にな。そのまま逝っちまったか」

 亀山は天を煽る言葉を言い続ける。

「天、耐えろ。恐らくあいつには捕獲以外の攻撃は通用しない」

 空は天の怒りを抑える。

「わかってる」

 すると二人の横に黒い穴が開き、中からマッチョの男と笹木と呼ばれていた痩せ細った男が出て来た。

「大丈夫か!」

 マッチョの男は天に駆け寄る。

「応援に来ました。奴が亀山ですね」

 笹木は壊れた壁から亀山の方を覗く。

「ええ、でも、迂闊に攻撃しない方がいいです。奴の能力は厄介です」

 この時点で今現場にいる“影”の捜査官達には亀山に手も足も出ない状況だった。

 するとイヤホンから声が聞こえてきた。

『手島准特捜、桂木を見つけました』

「本当ですか!? 保護を頼みます!」

 現場に安堵の空気が流れる。

『申し訳ございません。”道化師”と思われる連中に連れ去られました。既にヘリコプターの中です』

「空、どうする?」

 天は現場の指揮担当の空に指示を仰いだ。

「撤退しましょう。今この状況では勝ち目はありません。ただ、奴らの戦力が少しわかっただけでも収穫はありました」

 空以外の三人もうなずく。

「佐藤さん、こちらへ来てもらえますか? ポータルを通って撤退します」

『了解です』

「おーい? 何ごちゃごちゃ喋ってんだ? 早くかかってこいよ」

 亀山が天を挑発する。

 天は怒りに震えていたが、自分の今の力ではどうすることもできない自身の能力不足に失望していた。

「まずいな、住民も出てきてる」

 空が下を見ながら呟く。

 それもそのはず、この様な場所で爆発などが繰り返されていればただ事ではない。

「まあいいさ、今回はこれで終わりだ」

 すると”道化師”の仲間と思われる者達三人ほどが桂木を捕らえていた。

 ヘリコプターが屋上の上でホバリングし、縄梯子を下ろす。

「じゃあな! また会おうぜえ!」

 そう言って亀山とその仲間達はヘリコプターで上空へと消えて行った。

 四人の間に沈黙が流れる。

 しかし、その沈黙は小太りの男によって破られた。

「皆さん、申し訳ありません。桂木を取り逃してしまいました」

 ついさっきまでいなかったが、突然現れた。

「大丈夫ですよ。それよりも無事で良かったです」

 空が優しく声をかける。

 天は母の仇である亀山を逃してしまった事への後悔が募り、佐藤が無事で戻ってきたことにも大したことはないと思ってしまった。

 空や御雷の言うことを聞いていれば奴を取り逃がす事もなく、桂木だって捕らえることだってできたかもしれないと。

『御雷、ごめん』

 しかし、御雷からの声は無い。

 天は刀を背中へ戻す。

 すると、たちまち鎧が天の身体から消えていった。

 “天! あれほど行くなと申したではないか”

 天は御雷の声でやっと張りつめていた緊張の糸を緩ませることができた。

『ごめん……つい、あいつを見ると怒りがわいてきて』

 “まあ、そう気落ちするな。私も奴の顔を見ると天子を思い出してしまってな。だがな、何度も言うようだが復讐にとらわれすぎるなよ”

 御雷の声はいつもより優しかった。

『わかった……』

 すると空が立ち上がった。

「終わってしまったことをどうこう言っていてもきりがありません。さあ、事後処理です。天以外の三人は先に本部へ帰還してください。天は僕と近隣住民への説明へ」

「森田は精密検査のためにも、本部へ帰還させたほうがいいのでは?」

 笹木が言う。

「そうですね……天には一度僕の能力を知ってもらいたかったんですが……」

 空が天のほうを向いて言う。

「僕は全然大丈夫ですよ! ほら! ピンピンしてますから!」

 天は空元気ながらも、答えた。

「そうか、本人がそう言っているのならばいいだろう。四郎、ポータルの用意を」

『もう設置した』

 五人の真ん中に黒い穴が出現した。

「では先に戻っているぞ」

「気をつけてな」

「お先に失礼します」

 そう言って三人は黒い穴を通って戻っていった。

 程なくしてポータルは閉じた。

『二人とも、帰還の時は声をかけてね』

 イヤホンから一ノ瀬の優しい声が聞こえた。

「はい。じゃあ天、行こうか」

 そう言って二人は爆発で粉々に吹き飛んだ玄関を出て、一階へと階段を降りた。



 降りるとそこは買い物帰りの主婦や、学校帰りの学生の野次馬で溢れかえっていた。

 建物から出てきた二人をおばちゃんの野次馬が取り囲む。

「あなたたち! 大丈夫なの?」

「すごい爆発がしたけれど……」

「倒れてきたりしないわよね!?」

 息をつく間もないほどに降ってくる質問の雨。

 動揺している天とは違って、空はいたって冷静だった。

「落ち着いてください! 大丈夫ですから! 僕たちは東洋ガスの者です。今回はただのガス爆発ですから」

「あら、そうなの」

「倒れる心配がないなら安心だわ~」

 そういうと人込みは瞬く間にいなくなった。

「どう言うこと……?」

 天は空に聞く。

「俺の異能力さ。言ったろ?嘘を現実にする能力って。まあちょっと違うんだけど実際は自分の指定した人々が嘘を信じるって能力なんだけどね。でも、信じると現実だって変わっちゃうんだよ」

 そう言うと桂木の部屋を見上げた。

 天は言葉が出なかった。

 確かに、天自身の異能力によって爆発したはずの壁が元どおりになっていたのだ。

「ね、嘘って現実になるんだよ。言葉って怖いよね」

 空は右腕の3D映像を切り替えて時計にした。

「まだちょっと時間あるからさ、少し散歩しようぜ。 親友同士水入らずでさ」

 そう言うと空はまた歩き出した。

 暫く歩いてここに着いた時一番最初にいた公園に着いた。

 空はブランコに乗る。

 天は隣に乗った。

「あいつが亀山か……お前の前でこんなこと言うのもあれだけどさ。正直勝てる見込みがないね」

 空は俯きがちに言った。

「確かにな……あの異能力じゃあ俺の力は絶対に勝てない。殺したらきっと俺も死ぬだろうし」

 天は現実を認めたくは無かったが、空の言う通りだった。

「なあ、天? そもそもなんでこんな戦いになったか知りたいよね?」

 空はこちらを見ながら言った。

『空くん、その話はまだよ』

 突然、イヤホンからは一ノ瀬の声が聞こえた。

「ごめんよ一ノ瀬さん。でも、天にも知る権利があると思うんだ」

『まだだめ……』

 そう言って空は天と自分のイヤホンの接続を切った。

「始まりって……?」

 天は聞く。

「たぶん、異能力の始まりは聞いたことあると思うんだけどな」

 天はうなずく。

「元々一人の男が作ったのが”言霊”始まりだよな? その男、所謂、始祖の”言霊”の一つは”森羅万象”、お前の親父さんの異能力だ」

 突拍子もない空の発言に思わず天はリアクションが出来なかった。

「父さんの異能力が?」

「ああ、そうだ。“森羅万象”の能力は”全能”。つまりこの世の全ての事象、例えば医療や何かを造る。それら全てを司る能力だ」

「そんなの無敵じゃないか」

 空は無言で首を振る。

「言ったろ? 一つだって。始祖の異能力はもう一つ、”空前絶後くうぜんぜつご”を持っていた。その能力はこの世にない事象を具現化する能力だ」

 天の頭はこんがらがっていたが、そんな天の顔を見て察する様に空はため息をついた。

「要はな、今までにない事を創造する能力と、今までにある事を全て使える能力だよ」

 そう言うと空は手を差し出した。

「例えばこの掌に炎を灯したいと思うだろ? でもそれは普通はできない。けど、過去にその事象が一回でも起こっていないならば炎を灯せる。それが”空前絶後”。反対に、もし一回でも起こっているならば灯すことができるのが”森羅万象”と言うわけだ」

「なるほど、理解した。けど、それがどう父さんと関わってくるんだ?」

 天は一ノ瀬が話したがらなかった理由も知りたかった。

「”空前絶後”は一般的な”言霊”と同様に、一子相伝だよ。つまり、家系に憑く。だが”森羅万象”は違う。元々の取り憑かれた人間を殺した者が取り憑かれる能力だ」

 天は一ノ瀬が話したがらなかった理由がなんとなくわかった。

「そうか、だから一ノ瀬さんは言いたく無かったのか」

 空はうなずく。

「その相対する能力を一度に有していた男がいた。それが先代の”道化師”を率いていた男だ。”空前絶後”を止められる能力は”森羅万象”しかない、それはまた逆も然りだ。だからこそそいつが”影”にとって一番の脅威だった。それを倒したのが、当時無能力で特級捜査官に登り詰めた森田特捜だった」

 いくら正義の為とはいえ、自分の父親が人を殺した話などは聞くに耐えなかった。

「じゃあ、その”空前絶後”はどうなったの? その男に子供がいたら?」

「ああ、その存在は不明だがいるならばそれは”影”の脅威になる。その為に我々は戦っているし、”道化師”の連中も後継者を探している」

「そうだったんだな」

 天は納得できた。

 両親が能力者だった事、自分が生まれてこれた事。

「まあ、話しておきたい事はこのくらいだな。じゃあ帰るか!」

 そう言って空はブランコから飛び降りた。

「あ、ポータルお願いします」

『空! あんたね! 勝手に接続切らないの! 天くんには時期が来たらって話だったじゃないの』

「俺は大丈夫です。逆に知れてよかった部分もあるし……そこに父さんいますか?」

 天は一ノ瀬に聞いた。

『天、どうした?』

 イヤホンからは万事の声が聞こえてきた。

「父さんはずっと前から悪と戦っていたって知れて良かったよ」

『ああ、ずっと黙っていてすまなかったな。空くん、ありがとう』

 すると二人の前にポータルが現れた。

「じゃあとりあえず、任務完了だな」

「ああ、空、ありがとう」

 天は拳を空に突き出す。

「なあに、気にすんなって。俺たち親友だろ?」

 二人はコツンと拳を合わせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言霊戦記 @kamiyama__ooka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ