第9話

 天は目を瞑っていると後ろから空に肩を叩かれた。

「着いたよ」

「え?」

 天が目を開けるとそこは公園だった。

 辺りを見回すとどうやら集合住宅の中にある公園のようだった。

「ここは……?」

「ここは保護対象者の近くだね。はい、これ」

 そう言うと空は外套の胸ポケットからワイヤレスイヤホンを出した。

 天はそれを受け取り、耳にはめる。

『もしもし? 聞こえる?』

 イヤホンからは一ノ瀬の声がした。

「はい、聞こえます」

『オッケー、じゃあ今回の捜査の概要について手短に話すね。空くんもよく聞いてね』

「了解です」

 どうやら一ノ瀬の音声は空のイヤホンにも聞こえてるようだった。

『今回の保護対象は桂木啾、十五歳。先遣隊によると現在はまだ自分の能力に完全には気づいてないみたい。まず、先遣隊と合流して頂戴。位置情報は端末に送るわ』

 そう言うと外套の右腕から3D映像で近くの地図が表示された。

『こちらからは以上よ。現場の指揮は空くんに任せる事になってるから』

「了解。じゃあ行くか」

 そう言うと空は地図を見て歩き始めた。

 天もついて行く。

「空、何個か聞きたいことあるんだけどいい?」

「ん? なに?」

 天は事が急過ぎて現在の状況も落ち着いて考えられなかった。

「俺たちここまでどうやって来たの?」

「ああ、さっきのポータルがあっただろ? あれは科学技術科の雨宮四郎って人の”四荒八極しこうはっきょく”って異能力でな、自分の思い通りなら場所に移動できるポータルを作る事ができるんだ」

「なるほどね。あともう一つ、さっきもらってたライフル置いて来ちゃったけどどうやって戦うの?」

 空は科学技術科で受け取ったライフルをそのまま本部に置いて来てしまっていた。

「大丈夫。その辺は考えてあるよ」

 “天。ちょっといいか?”

 空と話していると御雷が話しかけて来た。

「なに?」

「え?」

 空がこちらを振り向く。

「あ、いや、こっちの話だよ」

 天は心の中で話すのを慣れていないため思わず声に出してしまった。

『そうか、空は御雷の声聞こえないんだもんね。で、なに?』

 “いや、戦闘の事で言っておく事があってな。今私はこのネックレスに憑いてる訳だが、戦闘時はその刀に憑く。天子はそうやって戦っていたからな”

 確かに、ネックレスの状態ではどうやって戦えばいいのか天もわかっていなかった。

『でも、どうやって憑くの?』

 “なに、簡単な事だ。”建御雷之神タケミカヅチノカミ”と呼ぶだけでいい”

『わかった』

「よし、ここだな」

 そう言うと空は一棟の集合住宅を前に立ち止まった。

 どうやら天が御雷と話している間に先遣隊のいる場所に着いたようだった。

「こんな所にいるの?」

 天は空に聞く。

「そうみたいだな。この棟の五階だな」

 天と空は階段を上る。

 五階に着くと空は表札に佐藤と書かれたドアをノックした。

 トントントンッ

 ガチャッ

 ドアが勢いよく開いた。

 中からは小太りで眼鏡をかけ、二人とはちょっと違った丈の短い外套を着た男が出て来た。

 年齢は三十代後半だろうか、生え際は少し後退しつつある。

「手島准特捜! お疲れ様です! 現場異常なしです!」

 男の声は階段に響くほど大きかった。

「うるさいよ! そんなに大きな声で話さなくていいからさ」

 空も耳を塞ぎながら言う。

「申し訳ございません。そちら森田初捜ですね。はじめまして、佐藤光英中級捜査官です」

 そう言うと男は握手を求めた。

 天も手を差し出し握手をする。

「森田天初級捜査官です」

「さて、お二人ともお入りください」

 そう言うと佐藤は部屋の奥へと、二人を案内した。

 部屋の中は普通の集合住宅の一室で、三部屋ある内の一つにパソコンや天が見たことのない機会が所狭しと置いてあった。

「対象は向かいの棟の四階に住んでおります。今は学校へ行ってると思います」

 そう言うと佐藤はちゃぶ台に冷えた麦茶を置いた。

「ささ、対象が帰ってくるまで待ちましょう」

 天は麦茶を取る。

「ありがとうございます。空はいいの?」

「俺は見張ってるよ」

 空は近くに置いてあった双眼鏡を取り、向かいの棟を見始めた。

「あの、佐藤さん。あなたも捜査官なのですか?」

 天は聞いた。

「そうですね、僕は捜査官と言ってもこうした偵察が主な仕事です。ほら」

 そう言って服をめくり大きく膨らんだ腹を出した。

「”電光石火でんこうせっか”? これが佐藤さんの異能力ですか?」

「ええ、そうです。私こう見えても動きが速いものですから、いつも先遣隊なのです」

 天はどうも見た目とは真逆の能力なため、信じられなかった。

「天、行くよ。保護対象が帰って来た」

 そう言うと空は双眼鏡を置き、麦茶を一気に飲み干した。

「佐藤さん、ありがとう。ここから見といてくれる? 対象に何かあったらまずいからさ」

「了解です」

 そう言うと佐藤はパソコンを開き、何かをし始めた。

「麦茶ありがとうございました」

 佐藤は軽く手をあげた。

 天もお礼を言い、空と共に外へ出た。



 向かいの棟に着くと空は腕の3D映像をいじり始めた。

「よし、チャンネル甲に合わせてっと……」

『あ、あー。聞こえますか?』

 イヤホンからは佐藤の声が聞こえて来た。

「オッケー。天も聞こえるよね?」

 天は黙ってうなずく。

『保護対象は現在部屋の中にいますね……』

「よし、このまま行こう」

 空は階段に向かって歩き出す。

 天も遅れずについて行く。

「空? 保護対象の異能力ってどう言うやつなの?」

『私が説明します』

 イヤホンから佐藤の声がした。

『保護対象、桂木啾の異能力”鬼哭啾々”は死者を蘇らせ、自我がない状態で操る異能です。元々この能力は”道化師”の四人の王、前スペードの王の異能でしたが奴の死後、継承者が居なくなり、桂木に憑いたものと思われます』

 そんな話を聞いてるうちに桂木の部屋の前まで登って来た。

「天、準備はいいか?」

「うん」

 空がドアをノックしようとしたその時だった。

『待ってください!』

 イヤホンから佐藤の切羽詰まった声が聞こえて来た。

「どうしました?」

 天は驚きを隠して聞く。

『保護対象の部屋に誰かいます。もう少し待って……』

 佐藤の言葉が途切れた。

「佐藤さん? どうした?」

 空も戸惑っている様子だった。

『二人とも今すぐそこを離れた方がいいかもしれません……部屋にいるのはハートの王亀山業得です!』

「なにっ!? 佐藤さん、チャンネル乙に切り替えて本部との連絡を! 天? 大丈夫か?」

 天は息が詰まりそうだった。

 心臓の鼓動が天の身体の隅々にまで、血液を伝って響き渡る。

『二人とも一旦そこを離れて! 立て直すわよ!』

 イヤホンからは一ノ瀬の声が出るが天にはその声は届かなかった。

 “天、落ち着くんだ”

 当然、御雷の声も天には届かなかった。

「御雷、行くよ」

「天?」

 空が背中をさすりながら聞いてくる。

 “待て、まだだ!”

 天は背中の刀を一本抜いた。

「”建御雷之神”!」



 辺りは雨雲と共に雷鳴が響き渡る。

 天の身体は緑色の鎧に包まれ、刀は黒く変色していた。

「天! 落ち着け!」

 空が慌てて天の身体を押さえる。

「止めるな!」

 天は空の制止を振り解き、刀をドアに向かって振った。

 直後、鋒からは稲妻が放たれドアは木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 天は急いで部屋の中に入るとそこには写真で見たスキンヘッドの男と少年ががいた。

「亀山ぁぁ! 殺す!」

「なんだおめえは!」

 天は亀山に剣を振った。

 鋒から出た稲妻により亀山の身体は吹き飛ばされ、窓を突き破り、佐藤のいる棟の屋上へと吹き飛んだ。

 屋上は住民の家庭菜園があり、亀山は即死とはいかなかった。

 天は壁に空いた大きな穴から屋上を見る。

「てめえ! いきなり何しやがる!」

 亀山は全身に火傷を負っているものの、痛がる様子はない。

「天! ああ、まずい!」

 空は亀山の様子を見ると天に駆け寄った。

「大丈夫か? 怪我は?」

「大丈夫、それよりあいつに母さんの仇を……」

 天は怒りで我を失いそうだった。

「とりあえず一旦ここを離れるぞ! お前も来い!」

 そう言うと空は桂木の腕を掴み外へ出ようとしたが、振り払われた。

「そいつはもう俺たちの仲間だぜえ?」

 向かいの屋上から亀山の声が聞こえる。

「なんだと?」

 空が聞き返す。

「遅かったなぁ、その能力は渡せねえ。そしてお前! その顔、そしてその能力! まさか家族だったとはなあ!」

「お前は絶対に許さない」

「そりゃあ無理だ」

 亀山は天たちのいる部屋に向かって一枚のカードを投げた。

 空はカードを拾い上げる。

「ハートの王……」

「なあ、知ってるか?」

 亀山は立ち上がりながら両手を広げた。

「トランプの柄にはそれぞれ意味がある。ハートは”愛”だ! これは俺の”愛”だぜぇ?」

 亀山が言葉を言った瞬間、天の全身に熱く、そして電流が走る痛みがは広がった。

「ぐあ! 熱い!」

 天の全身には亀山の様な火傷がついていた。

 亀山は焼け焦げた服を破り捨てる。

「俺の異能力は”自業自得”! お前のその傷も! お前が自分自身でつけたものだ!」

 亀山の胸には”自業自得”の文字が刻まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る