言霊戦記

第2話

天と万事は女性職員に連れられて厚生労働省の地下に降りて行った。

『何回まで降りるんだ?』

　天は母の心配と今の状況によって、終始混乱していた。

　エレベーターは地下三階から表示が消えた。

　チンッ

　エレベーターのドアが開くと職員らしき人達が騒がしく動き回っていた。

「天、早くついてきなさい」

　天があっけにとられていると万事に背中を押されてハッと我に返る。

「ごめん……」

「大丈夫。母さんはきっと無事だよ」

「こちらです」

　母の病室はエレベーターを降りてすぐの場所にあった。

「特捜、現在の准特捜の容態は極めて不安定です。それと、あまり直視しないほうがよろしいかと思われます。天君の場合は特に」

「わかっている。いざとなれば私がなんとかできるかもしれない」

「わかりました。では、私はここで」

「ああ、ありがとう」

『ここに母さんが』

　天は扉に手をかける。

「あっ……あれ?」

　手が震えて力が入らず、開けられない。

「天、大丈夫か」

「う…うん」

　天は深呼吸をして扉を開いた。

　「ああ……」

　天は出す言葉がなかった。

　ベッドに横たわる母。

　周りには数人の白衣を着た医師らしき人物と母の体に管で繋がるいくつかの機械があった。

「特捜、お疲れ様です。准特捜の意識はまだ戻りません」

　天はベッドに駆け寄る。

「母さん!」

　天子は全身にやけどを負っていて左足は膝から下が無かった。

「ああ……そんな……足が。父さん、どうしよう!母さんが!」

　万事もベッドに駆け寄る。

「クソッ。どうしてこんなことに。特医、周りの人間を離れさせてくれ。私がなんとかしよう」

「わかりました」

　白衣の男たちがベッドから離れる。

「天、お前もだ」

「は?　どうしてだよ。父さんに何ができるってんだよ」

「いいから、一刻を争うんだ。説明をしている暇はない」

　天は渋々ベッドから離れた。

　万事が目を閉じ、両腕を合わせた途端右腕が光りだした。

『な……なんだ？』

「“森羅万象”《しんらばんしょう》」

　天子の傷口が光りだしたが、すぐに消えた。

『なんだ？　終わったのか？』

　万事は再び目を開いた。

「クソッ」

「特捜、どうでしょうか」

「ダメだ。“言霊”の能力の縛りがかかっている。何とか意識を戻せるかもしれないが、天子の身が持つかどうか」

「そんな。特捜の“森羅万象”でも無理なんて……」

『なんだ、“森羅万象”って』

　その時だった。

「う…ここは…」

　天子の意識がかすかに戻った。

「ああ！母さん！父さん！意識が戻ったよ！」

「天……なの……」

「母さん。どうしたんだよ、こんなになって」

「ごめんね。捜査中にミスしちゃって……」

「大丈夫だよ！　今も父さんが何かしてくれたんだ！」

　天子は病室を見回し、万事を見つけると安心したように目を瞑った。

「ああ……お父さん。だからこんなにも体が軽く感じるのね」

「ああ、だが天子、すまない」

「いいの、自分の身体は自分が一番わかっているわ」

「何言ってるんだよ母さん！　ダメだよ！　目を開けて！」

　天子は首を振る。

「天、今日お誕生日祝えなくてごめんね。そして、これからあなたの周りは劇的に変わると思うの。けどね……」

「もういいよ！　喋らなくていいから！　父さん！　何とかしてよ！」

　万事は静かに首を振った。

「天、よく聞いて……何かあったら逃げてもいい。無理はしちゃだめよ。それくらいかな、あなたに言うのは……あなたは私がいなくても大丈夫。何か困ったらここにいるみんなが助けてくれるから」

「いや、ダメだよ！　俺は母さんがいないと！」

　天子は最後の力を振り絞り、右手で天の頭を撫でた。

　天は両手でしっかりとつかんだ。

『こんなにボロボロになって』

　天子の右手は包帯で巻かれており、小指はなくなっていた。

「いいね、天。強く生きるのよ」

　天子の腕に力は無くなっていた。

　ピーーーーーーー

　心電図の止まる音が病室に響く。

「ああ！　母さん！　そんな！　起きて！」

　天子が再び天の声に反応することはなかった。

「天、母さんは戦っていたんだ」

「なんだよ！　何と戦っていたっていうんだよ！　なんで母さんなんだよ！　こんなことなら警察なんて辞めればよかったのに！」

　天は万事の腕を振り払った。

「天、母さんはな、ただで死んだわけではない。お前に力を与えたさ」

「いらないよそんなもの！　父さん！　またさっきの光るやつやってよ！　そうすれば！」

　万事は首を横に振る。

「あーーーーーーー！」

　天はベッドに泣き崩れた。

　あれからどれくらい経っただろうか、天は父に連れられて病室を出てそのまま隣の病室に連れてこられた。

「天、少しは落ち着いたか？」

　万事はペットボトルの水を天に渡してそのまま天の隣に腰かけた。

　天はもらった水を少し飲んだ。

『いまだに混乱している。朝まであんなに元気だったのに』

「天、もう少ししたらきちんと話さなけれべならないことがあるんだ」

　天は少し苛ついていた。

「父さんはなんでそんなに落ち着いていられるの。やっぱり全然家にいなかったし、母さんのことも全く気にならなかったんだよね」

　天は思ってもいないことを口にしてしまった。

「ああ、ごめん。父さんも辛いに決まっているのにね」

「いや、それは言われても仕方のないことだ。」

　部屋が重苦しい空気が漂う。

　コンコンッ

　部屋のドアをたたく音がした。

「失礼いたします。特捜、総長がこちらにいらっしゃるそうです」

　天達を案内した女性職員だった。

「わかった。今すぐ行く」

「では、失礼いたします」

　そう言って女性職員は出ていった。

「天、すまない。少し行ってくる」

「うん」

　万事は出ていった。

　部屋に残された天は何も考えることができなくなっていた。

　母の死、それに関しての今までに無い状況の数々。

　天はベッドに横になった。

　その途端、今まで張り詰めていた糸のようなものが切れるように、深い眠りに落ちてしまった。

　『なんだ。右腕が熱い』

　天は右腕に走る激痛とともに目を覚ました。

　少しすると痛みは次第に消えていった。

　落ち着いて部屋を見回すと時計の針は午後十一時を回っていた。

『家を出たのが八時くらいだったから、三時間くらい経ったのか』

　すると再び右腕に激痛が走った。

『ああ！　なんだこれ！』

　焼けるような痛み、まるで何か虫のようなものが腕の中を這い回っているかのような感覚がした。

　腕を見ていると黒く痣のようなものが字の様に浮かび上がってきた。

　その時だった。

“お前が次の主か”

　病室の隅を見ると着物のような服を着た男が立っていた。

「うわああああああ」

“そんなに驚くようなことでもないだろう”

『なんだこれ。この脳内に響く感じは』

“まあいい、貴様名は何と言う”

　天の脳みそは今の状況を処理することができなかった。

　そして天はまた、気絶するかのように深い眠りに落ちてしまった。