言霊戦記

@kamiyama__ooka

第1話

ピピピピッピピピピッピピピピッ

 眠い目をこすりながら携帯電話の画面を見る。

「眩しっ」

 画面には7:15の文字。

「天ー? 起きてるー?」

 1階から母の呼ぶ声が聞こえる。

「ああー」

 気の抜けた返事をしてベッドから出る。

 学校の荷物を持って下へ降りると母は玄関にいた。

「遅いよ!お母さんもう仕事行くからね!」

「ああ、いってらしゃい。帰りは?」

「わからない。今日はいろいろ立て込んでいるみたいだから。あ、あと今晩お父さん帰ってくるみたいだから夕飯は出前でも取って。ごめんね。誕生日なのに」

「大丈夫だよ」

「じゃあ、遅刻しないようにね」

 そう言い残すと母は家を出ていった。



 居間のテーブルにはご飯とみそ汁があった。

『昨夜未明。第五地区で男女5人が通りすがりの男に刃物で刺されるなどの事件が発生しました。犯人の身元は分かっておらず、警察は犯人の身元の特定を急ぐとの事です」

「最近物騒な事件が多いな」

 ふと時計を見ると針は7:45を指していた。

「やべっ。遅刻するっ」

 天は急いで朝食を食べた。



 「森田ー。あれ、休みか?」

 ガラガラッ

「います! 来てます!」

「遅い。遅刻だ。おとなしく席に着け」

 天はガックリと肩を落とし、自分の席に着いた。

「なあ天、今朝の第五地区のニュース見たか?」

 後ろの席からコソコソと耳元で囁かれた。

 天の幼馴染の手島空だ。

 空はいわゆる天才肌。

 顔もよければ頭もいい。

 天は空に何1つ勝てるところがない。

「少しなら……」

「なあ、お前の母ちゃん警察だったよな?なんか詳しく聞いてないの?」

 空の言う通り天の母は警察官であるが、事件のことについて一切母の口から聞いたことはなかった。

「いつもだけどなんも聞いてないよ」

「えーまじかよ」

 空は何か大きな事件があるたびにこうして聞いてくる。

 頭がいいからか、近頃は知り合いの探偵事務所に世話になっているらしい。

 知り合いに探偵がいる時点でおかしいと天は不思議に思っている。

「おーい森田ぁ。遅れてきて喋っているんじゃないよ」

「すみません」

「ま、今話していたように第五地区で通り魔殺人があったみたいだからな。みんなも気負

を付けるように」

「はーーい」

 気の抜けた返事が教室に響く。

「じゃあ1限目始めるぞ。」



 「えー、このように、日本では昔から言霊思想があったんだ。手島、言霊思想って何か説明してみてくれ」

「はい。日本では昔から言葉には霊力が宿っていると考える思想のことで、ある言葉を口にするとその内容が実現するという信仰の事です」

「おお、そうだな。例えば今から先生が『以心伝心』って言うとするだろ?そしたらその言葉の意味通りの事が起きるってことなんだ」

 なるほど。

 そんな便利なことがあったら今すぐにでも手に入れたい能力だぜ。

 コツッ

 あ?

 そんなことを考えていたら隣の席から紙屑が飛んできた。

 隣を見ると口パクで何か言っている。

『開いて』

 紙屑を開くと丸っこい文字で小さく何かが書いてあった。

『今日誕生日でしょ?一緒に帰ろ!     舞   』

 舞は天の彼女だ。

 天が空に唯一勝っているところは彼女がいるころである。

『OK』

 天はまた怒られると嫌なので口パクで答えた。



 キーンコーンカーンコーン

 放課後、天は校門の前で舞を待っていた。

「天ー!待たせてごめんね。委員会が長引いちゃって」

「いや、大丈夫だよ」

 2人は歩き始めた。



 「そういえばさ、天は予備校とか行く?」

 天と舞は今年高3になり受験勉強に本腰を入れなければならなくなっていた。

「そうだな、俺は行かないかも」

「そうなんだ。あーあ。本格的に受験モードになるとこうして2人で帰れないかもね」

 すると、ちょうどいつもの分かれ道についた。

「それじゃあ、これ誕生日プレセント」

「お!ありがとう! 開けていい?」

「まだ開けないで! 帰ってから開けて!」

「うん、わかった」

「じゃあ!」

 そう言って舞と分かれた。



 天はプレゼントの中身が気になって仕方がなかった。

 ゴンッ

 突然の衝撃に、天は倒れた。

「痛っ。ちゃんと前見ろよ……」

 振り返ってみると黒い服の男が走り去っていくのが見えた。

『クソッなんだよ』

 まったく、ぶつかっといて謝りもしないのかよ。 

 また何かあると面倒なことになると思い、天は足早にその場を去った。



 ガチャ

「ただいまー。あれ?」

 家に帰ると既に靴が1足置いてあった。

「おう、おかえり」

「ああ、そっちこそ」

 父だった。

 天の父親の森田万事ばんじはイギリスに単身赴任をしている。

 天が顔を合わせるのは正月以来の約5か月ぶりだ。

「今日、誕生日だよな。夜どっか食べに行くか?」

「んー。行きたいけど母さんが帰って来れるかわからないんだ」

「そうか、じゃあ何か出前でも取るか」

「うん。じゃあ夜ご飯まで勉強してくるよ」

 そう言って天は2階へと上がった。

 天は万事と仲が悪いわけではないが年に3回程度しか会わないので、何を話していいのかわからなくなる時がある。

 ふと外を見ると雨が降り始めていた。



 「おーい、天。そろそろ出前届くぞー」

「はーい」

 天は世界史の問題集を閉じて部屋を出た。

 ピーンポーン

 下へ降りるとちょうどインターホン」が鳴った。

「ちょっと出てくれ。お金はげた箱の上にあるからー」

 玄関のドアを開けるとそこには雨の中ずぶ濡れになって配達に来た大男がいた。

『デカッ』

 天は思わず声を出しそうになった。

「お待たせいたしましたー。デラックスピザ2枚の御注文で、4250円です」

天は5000円を払った。

「5000円お預かりいたします。750円のお返しですねー」

 その男の小指は無かった。

 しかも顔をよく見てみると赤い何かがついていた。

『うわっ。まじかよ』

 天の視線を感じたのか、男はすぐに手を引いた。

「あ、すいませんね。雨で滑って、そこで転んじゃったんですよー。では、ありがとうございましたー」

 そう言って男は帰っていった。



 ふたを開けるとチーズのいい香りがした。

「じゃあ食べるか。天、お誕生日おめでとう。今年は受験だから頑張れよ」

「うい」

「いただきます」

 久しぶりに父子で食べる夕食は出前のピザでも何か違う味がした。

 少しして天はさっきの宅配の事をふと思い出した。

「そういえば父さん、さっき宅配に来た人がさ、身長2メートルくらいあって、小指がなっかたんだよね。やばくね?」

「小指が?そりゃあ何か過去にやらかしてるんじゃねえのか」

 プルルルルプルルルル

 そんなことを話していると突然電話が鳴った。

『こんな時間に誰だよ。』

 天は立ち上がった。

「あーいい、父さんが出るから」

「あ、そう」

 ガチャ

「はいもしもし」

 すると、急に万事の顔が暗くなった。

「わかった。今すぐ行く」

『なんだ?』

 万事が電話を切る。

「なんかあったの?」

 天は恐る恐る聞いた。

「天、今すぐ着替えてこい。母さんが捜査中に刺されたらしい」

 天は額に嫌な汗が噴き出してくるのを感じた。



 天と万事は車に乗り込む。

「父さん、母さんどこの病院に運び込まれたの!?」

「いや、病院じゃない。取り敢えず父さんが運転するから」

 天は万事がいつも通りじゃないことに焦りを感じた。



 『まもなく第1地区に入ります』

カーナビの無機質な音声が車内に響く。

『おかしい、病院があるのは第3地区と第15地区なのに』

「天、いいか。今日からお前の人生が変わるかもしれない。だが、父さんがいる。何かあったら助けになるからな」

「何言ってんだよ。まだ母さんの安否もわからないんだから! しっかりしてくれよ!」

「ああ、すまない」

 万事は車を飛ばした。



 『目的地に着きました。案内を終了します』

カーナビの無機質な音声が流れる。

『なんだここ』

天が窓の外を眺めると大きな建物があった。

「ここって……」

「ああ、そうだ厚生労働省だ」

「なんで!? 今こんなところにいる場合じゃないだろ!」

「いいから、黙ってついてきなさい。ひと段落したら話すことがある」

 そう言って万事は車を降りた。

『なんだよ。どうなってんだよ』

 天も遅れずについていく。

 建物内は至って普通の公的機関の感じだ。

 万事についていくと1人の女性職員がいた。

「森田万事特捜、お待ちしておりました。ただ今、天子てんこ准特捜は地下の集中治療室にいます」

『もう、何がなんだかわからない』

 天は混乱していた。

 厚生労働省まで顔の広い父、その父を特捜とか呼ぶ謎の女性職員。

「よし、案内してくれ」

 天は2人の後をついて行った。

















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