第3話

 「天、朝だぞ。起きろ」

 天は父の声で目を覚ました。

 どうやら一晩中眠っていたみたいだ。

「あれ?」

 病室を見回してみたが、昨晩の和服の男はいなくなっていた。

「天、昨日今日で申し訳ないが、母さんの通夜と葬式の準備をしなければならない。手伝ってくれ」

 父のその言葉で天は現実に引き戻された。

「ああ、そうだね。大丈夫。切り替えれる」

「すまないな」

 天は胸が締め付けられる思いだった。

『父さんも辛いはずなのに』



 通夜には母の仕事関係の人々が多く来ていた。

皆、警察なのだろうか。

 今のところ母の事件をニュースや新聞で見る事はない。

 参列者の中に一際大きい身体をした男がいた。

「あれ?」

「ああ、森田」 

 担任の工藤先生だった。

「先生もいらっしゃっていたんですね」

「ああ、本当に残念だ。だがな、自分の道を貫き通した人だった」

 そう言うと工藤先生は涙を流した。

「そういえば、手島もさっき来ていたぞ」

「空が?」

「ああ、何か話しかけづらそうにしていたからな。あとで先生が連れて来よう」

 そう言って工藤先生は去って行った。



 「天、そろそろ休憩でもしてこい。一日中ずっと対応していたら疲れただろ」

 天は父の言葉に甘えることにした。

 建物から出てすぐ右に空が立っていた。

「お……おう。調子はどうだ?っても、あんまり良くねえよな」

「まあな。来てくれてありがとう」

「気にすんな。ウチの両親が亡くなった時も天の家には世話になったからな。今は何にも助けてやらねえけど、何かあったら言ってくれ」

 そうだった。

 空は幼くして両親を亡くしてから天と一緒に過ごしてきた。

「じゃあ、少し歩かねえ? ずっと挨拶してたら疲れちゃってさ」

 2人は歩き出した。

「そう言えば、舞を見なかった?」

「あー、さっきまでいたんだけど帰ったよ。今はそっとしておいた方がいいかもってさ」

 天はほっとした。

 正直、今の精神状態で会える状況ではなかったからだ。

 しばらく歩くと河川敷に着いた。

「いやあ、夕日が綺麗だな」

「うん。そうだね。よっこいしょ。ほら、空も座ってよ」

「ああ、そうだな」

 暫くの間沈黙が続く。

「なあ、天。お前に一つ言わなきゃいけない事があるんだ」

「なんだよ急に改まって」

「この前、”言霊”についての授業があったのって覚えてるよな?」

「そうだ、その”言霊”ってやつ! 父さんもなんかやってたんだけど、何か知ってんの?」

 夕日が雲に隠れ辺りは暗くなった。

「”言霊”ってのはな実在するんだよ」

 天は数秒間沈黙した。

『空のやつ何言い始めてんだ?』

「まあ、ゆっくりでいいから理解していってくれ」

 そう言うと空は立ち上がり服を脱ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと! なにやってるんだよ! 早く着ろって!」

 天の制止を無視し、空は脱いだ。

「これが見えるか?」

 そう言うと空は背を向けた。

浸潤之譖しんじゅんのそしり

 そこには確かに刺青かのように文字が刻まれていた。

「お前! いつの間にこんな事してたんだよ!」

「違うんだ。これは刺青なんかじゃない。取り憑かれてるんだよ」

 天は空がとうとう狂ってしまったと思った。

「お前も、何か身体に熱い痛みみたいなのが走らなかったか?」

 思い返してみると昨晩、右腕に激痛が走ったのを思い出した。

「そう言えば昨日の夜、右腕がさ」

「なに!? 見せてみろ」

 天は袖をまくる。

 そこには確かに黒く刻まれた文字があった。

天地神明てんちしんめい

「うわっ! なんだこれ!」

 天は腕を擦るが文字が消える様子はない。

「なんだよ空! これ! なに!」

「天! 大丈夫。落ち着け。それが”言霊”だよ」

 訳がわからない。

「その”言霊”っていうのはな、お前の先祖から代々受け継がれてきた異能力なんだ。だから、今日こんなことを言うのはあれかもしれないけど、お前の母ちゃんもそれのせいで亡くなったんだ」

「は!? これのせいでってどう言うことだよ!」

 天には到底受け入れる事ができなかった。

 ブブブッ

 天の制服のポケットが振動した。

 万事からの着信だ。

『もしもし? 天? そろそろ帰ってきてくれるか?』

「うん。わかった」

 そう言って通話を切った。

「なあ、空。今はまだ混乱してるんだ。この話はまた今度でもいいか?」

「もちろん。俺も急に悪かったな」

 そう言い残して天と空は別れた。



 通夜会場に戻る途中、天は今までの出来事を整理していた。

『あの話が本当なら父さんも異能力ってやつを持っている事になるのか? でも、そうでないとこの前の出来事は説明がつかない』

 そうこうしているうちに戻ってきてしまった。

『父さんに聞くか? いや、言ってくれるのか?』

「おう、天。どこまで行ってたんだ?」

 父はいつもと変わらなかった。

「ああ、ちょっと空にあってね。河川敷の方まで行ってたんだ」

「そうなんだ。まあ、とりあえず片付けして家に帰ろう。今日はもうくたびれたな」

「うん」

『まだ頭で整理できてないから言うべきじゃないだろうか』

「なあ天」

「うん!?」

 あまりにもちょうどいいタイミングだったので天は変な声を出してしまった。

「なんだその声は」

 万事が笑う。

「まあ、お前ももう子供じゃないし聞きたいこともいろいろあるだろう?」

 万事はまるで天の心を見透かしているような話し方をした。

「うん」

「それに、空くんからも何か聞いたんだろ?」

「そうだね。いろいろ聞いた。父さんはさ、全部知っているの? てか、知らない訳ないよね」

「ああ、今日お前に全部話す。そして、お前に今後の事について決めてもらいたい」

 外の夕日は沈んでいた。



 沈黙の車内は息苦しかった。

 車に乗ってから既に15分ほど2人の会話はなかった。

『言うって言ってたよな!?』

 次第に天も我慢できなくなっていた。

「なあ天」

 先に沈黙を破ったのは万事だった。

「空くんにはどこまで聞いたんだ?」

「なんか、異能力とか、母さんの死に関わっているとか。もうなにがなんだかわからないよ」

 天は出来るだけ今の疑問点を多く挙げた。

「そうか、じゃあもう右腕のは見たんだな?」

 天は黙ってうなずく。

「じゃあまずは歴史からだな」

 そう言って万事は話始めた。

「かつての日本では言葉にはそれぞれ神々や精霊が宿り、その言葉に特別な力を与えるとされて来たんだ。そのことを”言霊”と呼んだんだ。昔はな、ある程度その存在が公になっていた。だが、時を経るにつれてだんだんと言葉は変化し、現代の日本では言霊信仰でさえ歴史の一つの出来事になってしまったんだ」

「うん。そこまでは授業で習った。」

「しかしそれでも尚、”言霊”は残り続けていたんだ。そしてある時、1人の男が”言霊”の能力を使いそれらの力を人々に与えたんだ。そして能力を与えられた人々は代々継承していくようになったんだ。だがな、力を持った人間はそれを使わずにはいられないんだ。ある時、”言霊”の能力を使い悪を働く奴らが出てきたんだ。最初は少人数だったが段々と増え最終的には三十人以上の大きな組織になったんだ。そいつらはその世界を破壊するほどの力を持って支配しようとした」

 すると万事は車を停めた。

「天、ちょっと降りなさい」

 天は促されるまま車を降りた。

 そこは東京都庁だった。

 万事は話を続けながら歩き始めた。

「もちろん、人々はその強大な力を畏れ、段々と支配されるようになっていったんだ」

 既に都庁は閉まっていたが天は万事に連れられ裏口の警備員の窓口から入った。

「だけどな、悪は淘汰されるのが必然なんだ。そこで5人の異能力を持った人々が対抗勢力として立ち上がったんだ」

 2人は都庁の地下へ降りてゆく。

 エレベーターが止まり、扉が開くと長い通路の奥に扉があった。

 天は置いていかれないようについていく。

 扉には虹彩認証があった。

『森田万事特級捜査官。スキャンしました』

 重厚な扉が開く。

「それが現在の”異能管理協会”。通称”シャドウ”だ」

 扉の先にはNASAの管制室のような場所が広がっていた。

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