花火

 船は10分ほど、進んだところで止まった。

「さあ、来るぞ。」

坂口の祖父が楽しそうに呟いた。次の瞬間、夜空が一気に明るくなった。

ヒュルルルードォーーン!パチパチパチ。

大輪の花火が夜空に咲いた。

「わぁ!すげぇ!」

僕と坂口は口をそろえて言った。

次々と花火が打ち上げられる。海に映っていて、とても綺麗だ。お兄ちゃん、すごいよ。兄にも見せたいと思った。

その時、ドォーーンと打ち上がった花火に応えるように、僕が右腕に提げていたビニール袋の中の金魚が袋から飛び出た。

「は!?」

僕が戸惑いの声をあげると、花火に夢中だった坂口が、どうした?と聞いてきた。

金魚は、空中に高く飛んだと思うとその身をくるくると回転させながら、みるみるうちに大きなクジラになった。僕も坂口も驚きで声が出ず、唖然とした。

クジラはジロリと僕達を一瞥すると一声鳴いて、夜空にゆっくりと昇っていった。花火がパッと咲く度にクジラを照らす。クジラは花火が上がっている当たりまで行くと、体を翻して海に真っ逆さまに落ちた。船のすごく近くに落ちたのに船は微塵も揺れなかった。

坂口の祖父には見えていないようだ。特に変わった様子はない。

「なんだ、今の……。」

「あれって、クジラ……だよな?どこから?」

僕は水が入っているだけの右腕のビニール袋を掲げて見せて、金魚がクジラに変わったことを説明した。

「青木の捕った金魚がクジラになって、そのクジラは海に消えて……。は!?」

頭が追いついていない様子だ。もちろん僕も混乱している。花火の音が絶え間なく鳴り響いている。

ふと人気を感じて振り向くとそこには、すずがいた。船のへりに立っている。相変わらず裸足だ。

「え、なんですずちゃんがここに?」

「ははっ。びっくりした?また会おうって言ったじゃん。」

楽しそうに笑う。言っていたけれども……。坂口の方に目をやると、そこには誰もいなかった。坂口の祖父もだ。

「なんで……。坂口ー!坂口のおじいちゃーん!」

叫びながら船の隅々まで探す。本当に誰もいなかった。

「誰もいないよ。今この船にいるのは私とかける君だけだから。」

すずは落ち着いた声で言った。

「そんな……。」

「かける君。もう一度お兄ちゃんに会いたい?」

すずは真剣な顔をしている。

「なんでお兄ちゃんの事知ってるの?そりゃあ会いたいけど、もう会えないよ。」

「そっか。じゃあ決まり。条件クリアだね。」

そう言うと、すずはクジラの様に体を後ろに沿って海に飛び込んだ。僕が慌てて海面をのぞくとそこに、すずの姿は無く、辺りは花火の音だけが空虚に鳴り響いていた。

「え!?ちょっと!契約って何のことだよ?」

「どうしたー?」

声がして、振り向くと坂口が不思議そうな顔をして、こちらを見ている。

「坂口!どこ行ってたんだよ。」

「え。さっきから、ずっとここにいたけど。青木も一緒に花火見てたじゃん。どこにも行ってないよ。」

「そんなはずは……。じゃ、じゃあクジラは?クジラ、一緒に見たよな!?」

「青木……。お前大丈夫か?クジラなんて見えないぞ。ずっと打ち上げ花火見てたじゃん。」

少し不審そうに僕を見ている。

そうだ、金魚は。と思い、右腕を見るとそこには変わらず黒くて大きい金魚が入ったビニール袋があった__。

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