少女との出会い

 僕が目を覚ますと、外からシャワシャワと蝉が鳴いているのが聞こえた。扇風機の風が僕の前髪を揺らす。いつもより1時間も早く起きてしまった。

やけに鮮明な夢を見たな。

祖父と話したことを思い出しながら、朝の支度に取りかかった。

僕が学校に着くと、いつもの登校時間より早いからか、教室には誰もいなかった。

少し眠かったので自分の席で眠ろうとすると、目の前に人気を感じ、顔をあげた。

そこには白いワンピースを着た、見たことのない少女が立っていた。もしかして、昨日坂口がプールで見たという少女だろうか。

少女は黒くて真っ直ぐな髪を胸くらいまでおろしていた。目と眉毛がはっきりしていて、綺麗な顔をしている。

少女はニッコリ笑うと

「私の名前は、すず。平仮名だよ。君の名前は?」

と首をかしげた。突然の質問に僕は少しどぎまぎして答えた。

「あ、僕は翔。飛翔の翔って書いて、かける。」

「そっか。かける君、よろしくね。」

「よ、よろしく(?)」

なんなんだ、この子。ハキハキとした口調でペースにのせられる。

「すずちゃん……でいいのかな。」

「うん!好きに呼んで。」

「すずちゃんは、この学校の子?」

僕が聞くと、すずはクスリと笑って自分の足元を指さした。裸足だった。

「学校に通ってる子が、校内を裸足で歩くと思う?違うよ。」

「そっか。じゃあ、この学校の幽霊……とか?」

僕が恐る恐る聞くと、いたずらっぽい笑顔で

「おもしろいこと言うねえ、かける君。幽霊かもね?あははっ。」

と濁された。すずは、お腹を抱えて楽しそうに笑っている。

「じゃあ、すずちゃんはここで何をしているの?」

質問を変えてみた。

「んーとね。1人で退屈だったから、おしゃべりしに来た。」

少し寂しそうな顔で笑ったのが気になった。聞いたらだめだったのかな。少し、ばつが悪いから、話を変えよう。と思ったけれど、何を話そうか。話題を探していると、すずが口を開いた。

「かける君はさ、クジラって見たことある?」

“クジラ”という言葉にビクッとしてしまった。平静を装ったが

「ないよ。」

なぜか嘘をついてしまった。一方すずは、特に気にする様子もなく、続けた。

「そっか。私ね、クジラとお友達なんだ。」

「クジラとお友達……。へえ。」

「えっ。なんか意外と、すんなり受け入れるんだね。」

僕の反応が期待はずれだったのか、残念そうな顔だ。

「だって、すずちゃんって不思議な子だから。クジラが友達でも、おかしくない。」

「ええー。私って、そんなに不思議かな。」

「自覚なかったの?」

少し、からかい半分で聞いてみた。すずは考える様な身振りをしてから答えた。

「ないこともないかもしれないこともない。」

「どっちだよ、それ。あははっ。」

思わず笑うと、すずが嬉しそうに

「やっと、笑ってくれたね。そっちの顔の方がいいぞっ。」

と歯を見せてニカッと笑う。

よく笑う子だな。

その時、チャイムが鳴った。そろそろ、クラスのみんなが登校してくる。僕の前の机に腰かけていたすずが、すっくと立ち上がった。

「そろそろ行くね。また今度会おう。」

「え、うん。」

とっさにうなずいたけれど、今度っていつだろう。急に睡魔が襲ってきて、首がガクッと落ちた。

危うく、額を机に打ちそうになって、ハッと顔を上げると

もう、すずの姿は、そこに無かった__。

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