兄の生きる家

僕が家に帰ると、母が兄の仏壇に花を生けていた。そうか、もうすぐ兄の命日だ。

「ただいま、お母さん。」

僕は髪の生え際の汗を手で拭いながら母に声をかけた。

「あら、おかえりなさい。暑かったでしょう?お風呂入っちゃいなさい。」

「うん。」

僕は自分の部屋に入り、ランドセルを置いて扇風機をつける。僕の部屋とカーテンで仕切っているだけの兄の部屋はまだ兄が生きていた頃のままだ。

黒いランドセル。

小学5年生の時間割。

兄の気に入っていたバスケットボール。

兄が生きていたら今頃は中学2年生だ。しかし、兄の時間はあの夏の日で止まっている。兄が海に落ちた後、大人がたくさん来て捜索が行われたが兄は見つからなかった。

波が大きかったからだろうかと、大人たちが話しているのを聞いた。

懐中時計も見つかっていない。今もあの海に兄と共に眠っているのだ。

僕はあの夏の日を忘れない。

忘れてはいけない。

僕のせいで、兄は死んだようなものだ……。僕は今も自分を責めている。父や母は、今も自分を責め続けている僕に、気にするな、翔のせいじゃない、と言うが僕の心には、これっぽっちも響かない。

兄に会いたい。僕にいつも笑いかけてくれる兄が大好きだった。涙が出そうになったが、必死にこらえた。兄は我慢強く、僕には絶対に涙を見せなかった。

僕は兄のような人間になれるだろうか。

そんなことを考えながら風呂に向かった。

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