2 標語「明日の美少女天国より、今日の混浴」

2-1 朝チュンの俺うまい棒

 なにかが目にしみて、俺は目を覚ました。


「目、いてっ! くそっ。なんだこれ。俺、汗だくじゃん」


 なにかとんでもない悪夢を見ていたようだ。滝のように汗をかいていて、それが目に入ったらしい。


「だるっ」


 起きたばかりというのに、なぜだかどえらく疲れている。アパートの安っぽい天井が見えている。どうやらベッドで寝ているようだ。そこまでぼんやり頭に浮かんだところで、急に思い出した。


 ――俺はたしか、天使とか言い張るヘンな女に会ったはずだ。


 そう言えば、なんだか温かくて柔らかいものが、腕に当たっている。寝息が首をくすぐってもいるし。


「まさか――」


 手を伸ばして、一気にブランケットを引き剥がした。


「やっぱりか……」


 自分の隣に女の子が寝ている。体育のジャージとTシャツ姿で。俺の腕を胸に抱え込んで。


「マジで夢じゃなかったのか……」


 声が聞こえたのか、ティラが薄くまぶたを開いた。


「……直哉くん、もう起きたの?」


 もぞもぞ動くと大きく伸びをした。胸が揺れて、あくびで涙が滲んでいる。それから大きな目を開いた。


「地上で寝たのは二年ぶりくらい。気持ち良かったー」


 楽しそうに瞳を和らげている。


「そ、そうか。良かったな」


 天然気味の天使(自称)そっちのけで、俺は必死で思い出そうとしていた。


 たしか朝起きたら「あなたはもう死んでますよー」とか言われて胸揉んで、それから昼飯食いに行って胸揉んで、次にベッドの上で裸を見て胸揉んで……ない。


 例の「賢者タイム作戦」で裸を見たあとの記憶が全然ない。


 なんてこった! いちばんオイシイとこじゃんか。


「な、なあ」

「なあにお兄ちゃん」


 また妹が憑依してるな。


「煩悩解放実験したじゃないか。賢者タイム作戦」

「うん」

「あのあと……その……なんかしたよね」

「なにか?」


 ティラは首を傾げた。


「そうだよ、なにかその……煩悩に関連するエッチなことを」

「ああ思い出した。直哉くんは私に飛び込んできて……」

「飛び込んで?」


 俺はぐっと身を乗り出した。聞くだけでもいいから、とりあえず自分の勇姿を確認しておきたい。


「かわいかったから抱いてあげて、しばらく頭を撫でてたんだ。けど、そのままだと危なかったから、私が例の地獄を見せてあげて」

「地獄を……。この世の天国でなくて」


 テンション、ダダ下がりw


 俺の声のトーンだって、一オクターブばかり下がったじゃん。


「そうそう。ベッドでずーっと唸りながら脂汗流してた。干からびかけたナマズみたいというか」


 思い出したのか、急にくすくす笑い出した。


「そのうち眠くなっちゃったから、私も隣で寝たんだよ。だってこの家、部屋ここしかないし。寝台だってひとつっきりだし」

「……ということは」

「なに?」

「ウフフ体験はなにもできず、朝まで夢を見させられたってことか。焼けたナイフで体中を刻まれる奴」

「うーん」


 ティラは唇に指を当て、上を向いて考えていた。


「そうなるのかなあ、はあ」

「はあじゃねえだろ、この『ゆるキャラ』天使」


 また胸を揉んでやった。


「いいかげんにしろ、クソ坊主」


 思いっ切り頭をどつかれた。ガンとかいう、漫画みたいな音したし(痛)


「ったー……」


 頭がくらくらする。痛すぎて鼻血が出てきた。


「……血が出てるよ。大丈夫ですかあ?」

「ってえなあ」


 痛すぎて、そのくらいしか言葉が出ない。


「はい、これ」


 ティッシュを渡してくれた。


「……お前、ときどき容赦ないな」


 ようやくまともに話せるようになった。


「ティラお前、ほんとに天使か? 天使って、こんなに暴力的なのかよ」

「でもこれは正当防衛だし。ちょっと抱いてあげるくらいはいいけど、直哉くんが限りなくエッチだからいけないんだよ……」

「たしかに、そりゃそうだけどもさ。俺はほら、煩悩の塊だから」


 言い訳しながら上を向いて首をトントン叩く。


「やっと止まった」


 俺は周囲を見回した。今日もいい天気。朝の陽が、窓から入ってきている。


「さて、今日はなにするかな。やっぱ賢者タイム作戦の続きか。……ティラさあ、もう襲わないから、地獄見させるのだけはやめてくれよ、マジで」

「でもいいのかな、もう十時過ぎてるけど。ガッコウっていうのがあるんでしょ」

「ヤバっ!」


 いくら引きこもり気味の生活指導的落ちこぼれ生徒とはいえ、いやそうだからこそ月曜の朝礼だけは出て、教師にコビ売っとかなきゃならなかったのに。


 ベッドに立ち上がると、俺は秒速で着替え始めた。天然天使なんて構ってられないんでガンガン裸になったが、あれだな、天使でも恥ずかしがるんだな。俺のうまい棒とか見ると。


 でまあ学校に行ったんだが、ここでまたひと騒動あってなあ……。天使と同棲とか、これからどうなるんだ俺の生活。はあー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る