2-2 せっかく学校に来たんだ、昼飯だけは食うw 

 学校に着くと、ちょうど三時限めが始まったところだった。


「やべっ。……てか、どうやって入ろう」


 いつも思うが、授業中の学校にひとりで入っていくときは不思議な感じがする。あるべき喧騒がなく、教室の緊張感が先生の声とともに廊下まで響いてて。


 なんての、置き去りにされるいやーな焦りと、孤独な感じ。それにさあ、「村の掟」的な奴をぶち破る気持ち良さってか。


 こんなんが入り交じってチビリそうとういうか、なんとも言えない気持ち。怖いのに断崖絶壁に一歩ずつ、つい進んじゃうような感覚よ。うまく言えないけど。



 ただまあ、俺がどう感じたかはともかく、いずれにしろやばいw


 担任の美野美咲よしのみさき先生の授業だ。いつもトラブルのケツを拭ってもらっているので、頭が上がらない。出席日数が規定を割っていたのに二年に進級できたのは、美咲先生が強く主張してくれたおかげだし。


「まあ、行くっかないか」


 ほっと息を吐いて、覚悟を決めた。


「さて……」


 後ろの扉を開けて入っていくと、教室中の視線が集まった。


 くあーこの感じ。やっぱチビリそうw


 ここでチビったら卒業までなんか言われるな。まあ俺、卒業できるか知らんけど。まして卒業云々以前に俺、自分でも知らんうちになんか死んでるみたいだし。


 知らん顔して席に着いた。


 板書していた美咲先生は、引き戸の音に振り返った。俺が座るまで、無言で見つめている。


「海士くん、この授業が終わったら、職員室に来なさい」


 それだけ告げると、化学の授業に戻った。


 とりあえず、最大の難関は突破したな。後はもうどうでもいいやw


 俺は真剣に授業を聴くフリを続けた。フリは疲れるな。授業が終わったら、なんやら知らんがヘトヘトだったよ。


 教室にいても仕方ないし、呼び出しを受けている。廊下を進む先生の後を、俺はひよこのようにおとなしくついて歩いた。


 俺を見て、顔見知りの生徒が「おっ今日は来ているのか」という顔でニヤケている。ここは県立校だが、一応は進学校の部類に入る。落ちこぼれている生徒はもっぱらヤンキーに崩れるか、プロのひきこもり。俺のように「人生なめきってる」(教頭談)パターンの落ちこぼれは皆無だ。


         ●


「あんた、やればできる子なのに、なにしてるのよ」


 職員室の隅で俺の目を見つめると、美咲先生が口を開いた。


「すみません。今日の遅刻は、ちょっとしたアクシデントでして」


 口を濁した。まさか「昨日死にまして」とか言うわけにはいかない。


「留年しないで済んだの、入試成績も抜群だったし、『親が離婚してるから大変だ』ってことにうまく話合わせたからでしょ。二年では、もうその手は使えないよ」

「すみません」


 俺が頭を下げると、美咲先生は溜息をついた。


 まだ二十代前半だが妙に人生経験豊富らしく、うまいこと生徒の悩みを解決へと導いてくれる。だからトップクラスの生徒から落ちこぼれまで、まんべんなく人気がある。それにかわいいし。


「まあ、あんた要領だけはいいから、朝礼の日に遅刻するわけはないとは思うけどさ。だから本当になにかあったんでしょうよ。でも知ってるの?」


 周囲の教師を気にしてヒソヒソ声になる。


「今年出席日数割ったら、淡々と事務的に留年させるつもりだよ、上のほうは。海士くんは、他の生徒に悪影響を与えない。だから放置キャラ扱いだけど、別に好かれてるわけじゃないからね」

「はあ。つらつらそんな空気を感じてます」

「なにが『つらつら』よ。のんきなこと言ってるんじゃないの」


 ごつんと頭を叩かれた。


「遅刻は三回で一日欠席扱いなんだから、もったいないでしょ。教師が言うのもアレだけど、遅刻するくらいなら休んでのんびり英気を養いなさい。そしてその代わり、翌日からは遅刻なしできちんと出席しなさい」

「へーい」

「あと中間テスト、いい成績取るのよ。それで少しでも教頭とかの点数稼いどかないと、先生知らないからね」

「へーい」


 美咲先生に睨まれた。


「……もうこの子は。変に大人びてるんだから。やりにくくて仕方ないわ」


 また頭をはたかれた。


「ほら行って。次の授業始まるでしょ」


         ●


 しかしなんだな。


 その四時限め、眠いだけの現国をまじめに聴いているフリをしながら(作者の気持ちなんか知るかっての)、俺は珍しく真剣に考え込んでいた。


 考えてみれば、俺はもう死んでる。


 そう。あの天使(自称)の言うとおりならば。


 今いるこの世界は、自分が生み出した偽の時空だ。この世を去れば消えて、並行して存在する本来の歴史、つまり昨日「海士直哉」という人間が死んだ日常に収束される。ここは存在しない世界線になる。


 ということは――美咲先生には申し訳ないが――この偽空間で勉強しても意味がない。むしろ毎日面白おかしく暮らしながら「旅立ちの道」を探ればいいのではないか。


 俺様、まさかの人生大逆転か? 毎日遊んで、成仏すれば美少女天国が待っているという。


 そこまで考え到って、俺は有頂天になった。


「なにも授業なんか出なくていいじゃん。……なんで気づかなかったんだ、俺」


 思わず声に出たんで、何人かがこっちを見た。先生にはガン無視されたけどな。


 すぐ帰ろう。いやせっかく来たんだ、昼飯だけは食うw 学食安いし。


 すっかり浮かれた俺は、昼食を食べ終わると午後の授業を無視して、自宅に文字どおり舞い戻った。

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