1-3 天使(自称)、ファミレスで妹になる

 どうやら俺は死んだらしい。今後どうしたらいいか考えるため、俺は天使(自称)を連れ、近くのファミレスに場所を変えた。気分も変わって知恵湧きそうだろ。


「それで、具体的にはどうやったら天に昇れるんだ? 考えてみたら俺、別に死んでもいいや。生きててもこの先、シケた人生しか待ってなさそうだし。女の子天国行けるんだろ」


 人目につかない奥のテーブル席に陣取って聞いてみたが、天使(自称)は華麗にスルーした。


「お兄ちゃん、このケーキおいしいよ。ほら、あーん」

「ふざけんなお前」


 思わず手をはたいた。


「こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際だぞ」


 まあ死んでるらしいけどなw


「いったーい」


 涙目になってる。


「それに誰がお兄ちゃんだ。気色悪い」


 出がけに同級生に会ってとっさに「長野の妹が遊びに来た」とか吹いたのを、妙に気に入ったようだ。とりあえずジャージとトレーナー着せたから、金髪赤眼はともかく、スタイルだけはくそダサ中坊に見えるだろう。


「ちょうどいいから、呼び名、決めるか」

「呼び名?」

「お前の名前めんどくさいし。人前で天使とも呼べんしなあ……。うん、ティラでいいか」

「なんかやです、それ」

「ティラミスみたいな名前よりマシだろ。俺のことは直哉くんだな」

「直哉くん」


 ボコッ。思わずはたいてしまった。


「……ちゃんと呼んだのに」


 またしても涙目。


「悪い。気持ち悪くて」

「もう。なら、どうすればいいんですか」


 頬がぷくーっと膨らんだ。


「んじゃあ我慢するか。人前でやばいときは『お兄ちゃん』と『しおん』だな。俺の妹の名前パクって」

「うん、お兄ちゃん」


 ボコッ。


「……練習しただけなのに」

「やっぱりキモい」

「もう知らない」


 ティラは横を向いてしまった。


         ●


「それでですねえ」


 ケーキを三つも食べてようやく機嫌の直ったティラが、本題に入った。


「上天できてないということは、原因があるわけですよ。たとえば……未練とか」

「ええっとそうだな。エッチなことくらいはしておきたいな。死ぬまでに一度くらい」


 ティラはあきれかえっている。それでも続けた。


「あとは遺恨とか。誰かに恨みを持ってたり……」


 俺の頭に、とある男が浮かんだ。嫌な奴だ。


「……ないことはないが。二宮和晃にのみやかずあきって野郎なんだけど」

「それを晴らしましょう。こう……会って殺しちゃうとか。目玉をえぐり出すとか」


 にこにこしながら物騒な提案をする。本当に天使かよ、こいつ。横を通りかかったウエイトレスに、まじまじと見つめられたじゃないか。


「そんなことしたら吐きそう」

「ふん、偉そうな態度のくせに弱いのね」


 ティラの唇に嘲るような笑みが一瞬浮かんだ。


「えっ……」


 ティラはぼーっとし、瞳が宙を泳いでいる。胸を揉んでやると、はっと正気に戻った。


「あっいけないいけない。またぼんやりしちゃった。上司にいっつも怒られるんです、これで。……って、なに触ってるんですかっ。人も見てるのに」


 思いっ切り、手の甲をつねられた。


「いや知らんがアッチの世界に飛んでたし。ワケわかんないこと言って。だから救急蘇生措置を施したわけで。心臓マッサージだな。エマージェンシーファーストレスポンスというか」

「心臓マッサージって、押すんでしょ。もみもみするとか聞いたことないし」

「遺恨は気持ち悪いから、他のにしてくれよ」

「……ならあとは、煩悩ですね」

「煩悩か……」

「はい、煩悩から解脱すれば、あの世に旅立てるかも」

「煩悩は……あるなあ、かなり」


 胸をじっと見られていることに気づいたのか、ティラはメニューを抱え込んだ。


「やっぱり……。測定器のとおりだわ、はあ……」


 肩を落として呟く。


「どうやら未練と煩悩がらみで……その。そ、その……エッチな関連に問題がありそうな」


 言いにくそうに口にする。


「そりゃそうだろ。こっちは十六歳だし。興味ないわけがない」


 ティラは、がっくり首を折った。


「イヤな予感がする……。神様、なんでこの死体にしたんですかあ……。他のじゃダメぇ?」


 手を組んで天を仰ぎ、祈ってやがる。失礼な野郎だ。それでも天使かっての。


「……でもまあ、仕方ないか。男子だしね」


 ほっと息を吐くと、続けた。


「とりあえず、作戦を考えてみましょう」


 ふたりであれこれ検討した。ティラはなんていうのか滝行だのお遍路だの「山伏がどうのこうの」みたいな奴ばかり出してくる。やなこった。


「賢者タイム作戦にしよう」


 そう提案すると、不思議そうな顔になった。男子の神秘「賢者タイム」について、俺は微に入り細に入り説明した。露骨な描写に、ティラの頬が次第に上気してくる。


「――なっ。つまりこう、男子は終わった後に一瞬だけ解脱するんだよ。それが『賢者タイム』。だからあの経験を積み重ねれば、始終解脱ってことになって、成仏できるんじゃないかな」

「は、はあ……」


 ティラは戸惑っていた。何杯飲んだかわからないが、また紅茶を口にする。


「あのその。具体的にはどういう……」

「よしっさっそくこれから実践だ。家に帰るぞ」


 時間がもったいない。ティラの手を取ると小学校以来のスキップで、俺はレジに向かった。

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