1-2 俺はもう死んでる? ウソつけw

 話はこうだった。


 俺は、昨晩死んだ。晩飯に食べた期限切れの缶詰に、ボツリヌス菌とかいう奴が繁殖していたためだ。ところが俺本人に死んだ自覚がなく、この世に留まっている。この謎コスプレ女は、俺を昇天させるべく天から派遣された「守護天使カッコ見習い」だそうだ。


「信じてもらえました?」

「死んだ自覚とかw そんなん知るかよ。生きてるし。ほら」


 手を振ってみせた。


「死んでるなら、こんなことできないし。鏡見てみたけどゾンビの顔色でもないし、脈も体温もある。生きてるだろ普通に」

「そうでもないんですよ」


 湯気を立てるマグカップを手に、イェレレ・ティラミン・なんとかかんとか(覚えてられるかアホらしい)と名乗った少女は、うれしそうに頬を緩めた。


「あなたはもう死んでますよーとか、笑顔でにこにこ宣告されてもなあ……。言われてみればたしかに缶詰、ちょっと膨らんではいたけどさ。……それよりお前、俺が死んだことがそんなにうれしいのかよ。それでも天使かっての」

「いえそんな、うれしいとか」


 首を振りながらも、まなじりが下がっている。


「笑ってるし」

「あわわわ……。た、ただ私もこれが試験なわけで」

「試験?」

「ええ立派な守護天使になるための。生きてる人を助けるのが守護天使ですけど、見習いなんで、とりあえず死体の面倒を見とけって、上司が」

「……死体」

「ええ。どうせ死んでるんだから、いつもみたいにお前がドジ踏んでも迷惑かけるのは死体だけだしって、上司が」


 頭が痛くなってきた。


「俺は死んでるのか。でも普通にメシだって食えるし、さっき泣いてるお前を見つけたとき、歩いてる人がこっち見たぞ」

「ええと。自分が死んでるってわからない人の周囲では時空が歪んで、『その人が生きている』偽空間が生じるらしいですよ。もうひとつの世界みたいな」

「ならそのままでいいじゃん。誰にも迷惑かけないし」

「このままだと歪みが蓄積し、限界を超えると破綻してあなたは地獄に落ちます。期限はだいたい、あと六か月くらいですかねえ……」


 指を唇に置き、上を向いてなにか考えている。


「あっ計算間違った。三か月でした。えーと多分。……もしかしたら、それもちょっと違うかも」

「……どうにも信じられん。なんか証拠はあるのかよ」

「ちょっとだけ死後の世界を覗いてみる? あなたのカルマだと、こんなところに落ちますけどね。……まあ私に協力すれば功徳を積めて、女の子ばかりの天国とかにも行けるかも」


 突然、意識が飛んだ。てか俺は倒れた。そのまま、なんかどえらくとんでもない悪夢に放り込まれたし。


「ぎゃーっぎゃーっぎゅわあーっなにをぱら」


 笑えるくらいマンガっぽい叫び声を上げて、俺は飛び上がった。


「死後の世界、どうでした?」


 天使(自称)は、罪のない笑顔を浮かべている。放心状態で汗まみれのまま、俺は体を起こした。


「え……ええ、ぜっぜひお手伝いさせて下さい」


 思わず口をついた。もうなんでもいい。あんな地獄はごめんだ。


「はい。素直でよろしい」


 俺の頭を、天使(自称)は楽しそうに撫でた。

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