嘘つきの歩む道


詐欺は犯罪だと定められる

しかし、詐欺とは人を騙し、欺き金を貰う

そこには騙された人間が、払うのだ

決して詐欺師が強要したわけではない

あくまでも本人が、その騙された一時の対価として金を出すのだ

嘘というものに悪は無い

嘘だと知るから悪なのだ

嘘とは優しさだ

真実を知るから悪なのだ

嘘に騙されておけば幸せだったのに

嘘に惑わされていればよかったのに

真実は常に残酷だ

だからこそ、嘘は慈悲深い

「君は性善説と性悪説のどちらを信じる?」

私は斜め前に座る女性に聞く

「その問答に何か意味が?」

「質問に質問で返すのはナンセンスだぞ」

ふむ。と、少しだけ考えるしぐさをし、彼女は再び口を開く

「私が信じるのは性善説の方ですかね」

「ふむ、君は人々が元々は善であると感じているのか」

「そう感じることの方が多いというだけの話です。現にあなたも偽善の為に動いているわけではないのでしょう?」

それこそ嘘に騙されているのだ

私は君が思うほど純粋で優しい人間ではない

「そうだな。違いない」

ああ、にこやかに微笑む彼女がこの真実を知ったとき、彼女は一体何を思うのだろう

性善説などないと、性悪説しかこの世にはないと思うのだろうか

私の思う、どちらにも属さない考えに至るのだろうか

真相はまだわからない

「あなたは優しすぎる。とても」

「私は、私がすべきことをしているだけだ」

「だから優しすぎるのです。何かが起こってからでは」

「そうならないようにするのが大人の役目だ」

そう、今のところ問題は無い

確かに私は純粋でも優しくもないが、非情ではない

価値があるなら生かそう、利用しよう、欺こう

優しさは甘えだ。甘えは怠惰になる。怠惰は大罪だ

厳しさは優しさと、稀に怒りや妬みだ。この場合は怠惰と憤怒、嫉妬が加わる

しかし、よい。人は罪の上に立つ

漫画やアニメで言う『皆が笑える素晴らしい世界』とは、実現はしない

誰かが死んだ。その事実だけで皆が笑える素晴らしい世界の可能性は消えた

幾多の血と涙が流れた後に、笑える世界などが存在し得るのだろうか

ゆえに人は嘘にすがる

笑うために、優しさの為に

やはり嘘は悪などではない。優しさに貢献しているではないか

嘘を吐くのが問題ではない。嘘だと気づかれるのが問題なのだ

嘘だと気づかれないようにするのが、優しさだ

「あなたのそんなところが、優しすぎるのですよ」

そういう彼女には世界はどう見えているのだろう

輝いて見えるのか、黒く塗り潰されているのか、はたまた私のように何も見えてなどいないのだろうか

あまり普段は吸わない煙草をふかす

「何を吸われてるんです?」

「ハイライト」

「美味しいんですか?」

「んー、分からん方がいいもんではある。メンソールは私的にはあまり好まないが」

「そうですか」

「シガーキスは少し憧れがあるがな」

苦笑するが彼女の表情は変わらない

「試しにやってみますか?」

「君は吸わないじゃないか」

「今だけですよ」

「やめておきなさい。一時の為に吸うもんじゃない」

「・・・・・・そうですか」

「不満か」

「・・・・・・別に」

「顔がそうは言ってないんだが」

「おや、すいません。表情が硬いものでして」

「お前ほど感性豊かなものを私は知らないよ」

嘘だ。別に私は表情を読み取れるほど内面を見れているわけではない

一日何も食べていない者に「お前は今腹が減っているだろう?」と聞くようなものだ

わからないほうがおかしいような条件なのだ

「そんなに顔に出やすいのでしょうか?」

「一度コツをつかめば簡単だ。特にお前は単純だからな」

「む、それは聞き捨てなりませんね」

「お前にあまり難しい話は向かない」

本当は向いていても考え方が単純なだけなんだが

彼女は教科書のような答えになるからな。複雑に相手を騙すことができない。裏をつけない

だから、向かない

「そんなに単純ですかね」

「それなりにな」ゴホッゴホッ!

「っ!やはり病が」

「問題ない。煙でむせただけだ」

「あまり無理はなさらないでください。お体に障りますし、何より私が心配です」

「うむ。気を付ける・・・・・・」

私がもう長くないのは彼女も気付いてはいるはずだが、まぁ誤魔化せるときには誤魔化しておこう

「ここは設備に不自由はありませんが、あまり日の当たりが良くないので、無理はなさらぬよう」

「ああ、そうだな」

しかし、日の当たる道を私は歩んでもよいのだろうか

それを私自身が許せるのだろうか

それは、かつてどこかに捨ててきた、本当の私の心だけが知っている


◆知識には常に貪欲であれ

「ん?本を読んでいるのか」

「ええ、誰かさんが積み上げるだけで本が可哀想だったので」

ぐっ、なかなか痛い所を突いてくるな・・・・・・

「まぁ積読(つんどく)という言葉もあることだし、いつかは読むだろ」

そう言って光の差し込まない窓に目を向ける

「いいですか。『いつかやる』『そのうち』という人はいつまでもそう言うのですよ」

「・・・・・・まぁ知識を蓄えることは悪いことじゃない。好き嫌いをせずに色々な本を読むことだ」

「人は本当に努力をすれば才能を持つ者に勝てるのでしょうか」

「愚問だな。当然勝てない」

「っ!!?」

本当に彼女は考えることが単純だ。その先へ踏み込めない

踏み込めないからこそ視える景色もあるだろうが・・・・・・

「まぁ私は努力できることも才能だと考えているがな」

大人数に与えられた才能。けれどもきっと持っていない者もいる才能

「・・・・・・なぜ、勝てないのですか?」

「簡単に答えを求めずに考えることだな。確かに探究心は大切だが、思考を伴う好奇心を持つことだ」

「努力では才能に追い付かない、ということですか?」

「確かに努力すれば他者に勝てることも多いだろう」

でもそれは凡人の中だけだ

「才能を持つ天才ってのは、いわば才能の塊だ。結晶なんかじゃない大きな鉱脈だ」

そもそも努力ってのは追加オプションだ。付属品だ

「努力なんてしなくても、努力した凡人を軽々と超えていく。それが天才だ。そこからさらに努力が加わるから『天才』は『化け物』になるんだ」

「天才には努力はあくまでも追加要素なのですか」

「私の考え方の一つだけどね。お前はどちらかといえば『秀才』だよ」

努力に努力を重ねた秀才。天才にも届きうる才能故に、才能に潰れたもの

『天才』の才能を『凡人』に詰め込んだ成れの果て

「ま、私の考えを全て飲み込まないことだ。お前にはお前の考え方がある」

私色に染まってくれるなよ

「パスカルというフランスの哲学者はこう言った『無知を恐れるな。偽りの知識を恐れよ』とな」

「無知を恐れるな・・・・・・ですか」

「知らぬということは恥ずべきことではない。むしろそれは強みだ」

「知っていることよりもですか?」

「確かに知ることは大切だが、知らないことを知っているのは大きな強みだ。知らないことを知ったように思っているよりな」

「ああ、偽りの知識とはそういうことですか」

「己が正しいと思うことは往々にしてそうでないことが多い」

何が正しくて、何が間違いかを見極めるのは、結局自分なのだが

「まぁ結局、自分が何か信じるものを見つけることだ。ブレないものを探せ」

私に無かったもの。彼女には与えたい

ただの知識だけではない、経験を

「私は・・・もしかしたらお前にはよくない影響を与えているのかもな」

「そんなことはありません。あなたのその生き方が、生き様(よう)が、生き様(ざま)が、決して人を苦しめているだけだはないと信じています」

「果たして本当にそうだろうか」

「たとえどんなに人に迷惑を掛けていようと、どんなに酷く、みじめであったとしても、それが人を救うこともあるんです。人が人に与える力は偉大です。言葉で、行動で、ましてや仕草の一つで人を変える力を持ちます」

「過去の人物は皆優秀だった。さっきのパスカルも、哲学者であり数学者であり思想家だった。ありとあらゆるものになっていた。なれていた」

だが今はどうだ

「公式が増え科学は発展し学ぶべきことも増えた。しかし習得にかけられる時間は昔とさして変わらん。凡人には生きずらい世の中になった。本来自由だとされていた未来は学力のみで推し量られる。なのに学ぶことではなく覚えることに重点を置いている。考えることではなく知ることを強要している。かつて許されていたことを規制して、抑制して、抑圧して、かつてと同じものを創ろうとしている」

「つまりは無理に短縮したところでより良いものは創れないということですか?」

「うん、まぁ……そういうことだ」

力説したのを簡単にまとめられるとなんか悲しい

「ではもっと学ばなければなりませんね。あなたもこの積まれた本を消化したらどうです?中々面白いのが揃ってましたよ」

「当たり前だ。誰が選んできた本だと思ってる」

「はて?どなたでしょう。少なくとも買ったまま読まずにいる人ではないと思うのですが」

こいつめ、言うようになったな。てか、ずっと読んだまま話してたのか。女は本当に器用だな

「ま、とりあえずだ。知識をつけろ、経験を積め。お前はきっと輝ける」

だからこそ、知識には貪欲であれ


◆急な飯テロはご飯を美味しくする(気がする)

「昼寝って気持ちいいよな」

「どうしたんです急に。もう老後の気分なんですか?」

「いや別に。腹が膨れたら眠くなってきたなぁ、と」

「膝枕でもしましょうか?」

座って膝をポンポンとする

「ん?ああ、じゃあして貰おうかな。なんだか眠いんだ」

「死ぬんですか?」

「いや、いま腹いっぱいになったら眠くなったって言っただろ」

「あなたそんなに胃が強くないのに、あんなに食べて平気なんですか?」

「まぁ、脂っこくなければ多少は平気だ。薬も飲んでるしな」

色々と

「全く、脂物は好きなのに胃もたれするなんて。猫アレルギーのくせに猫大好きな人ですかあなたは」

「自分も己にほとほと愛想が尽きるよ」

「仕方のない人ですね」

「飯があんなに旨いのが悪い。あのロースカツは絶品だった」

あの厚さにソースとの相性。あれは卑怯だ

いかん。思い出したらまた食べたくなってきた

「確かにあれは美味しかったですね。また機会があれば行きたいですね」

「たまにはテレビで見たところに行くのも悪くないな」

「食べすぎないようにしてくださいね」

「気を付ける・・・・・・」

だが、たまにはこういうのも悪くない


◆自由に生きる

「ああ、焼き肉食べたい」

「・・・・・・太りますよ?」

「仕方ないだろ、テレビとはいえあんな美味そうに食われたら食いたくなるのが人ってもんだ」

「最近食が細くなったというのに、外食ばかりして。食べきれなかった分を食べる私の気持ちになってください」

最近また体重が増えたとぼやいていたが、そもそもそんなに太ってないだろ

女性に体重に関することはタブーだし、黙っているが

「食べたいものを食べたいときに食う。それほど贅沢なものは無い」

「だからと言って栄養バランスを考えなくていいというわけではないのですけれど」

「出されれば手を付けるさ。出さない店が悪いのだ」

「出てこないのはあなたが頼まないからよ」

「ドレッシングがかかっているからな」

「その歳で好き嫌いなさらないでください」

むぅ、そう言われると弱い

「わかった、今度から気を付け「もういい歳なんですから」は?」

まだまだバリバリの三十代なんだけど。私まだそんな歳じゃないんですけど

「最近腰とか痛くありません?」

「ん?まぁ立ち上がる時に少しは痛むかな」

「肩とか上げるの辛くありません?」

「真上まで上げるのは辛いかな?」

「目が霞んだりは?」

「そういえば最近眼鏡が欲しいときがあるな」

「ほら」

あれ、もしかしなくても私って思ってたよりもう若くない?

「あぁ、そういえばお前もそろそろ二十歳か」

「ええ、来週です」

「ここを出ていく気は無いのか」

あくまでここは仮住居。今は私が育てているが彼女は捨て子

独り立ちできるのならばしてほしい

私にはもう時間もあまりない


◆プレゼント

「誕生日、おめでとう」

「ありがとうございます」

「コレとコレ、あとコレも私からのプレゼントだ」

「あなたがプレゼントとは珍しいですね。何か良いことでも?」

「お前が二十歳になっただろうが。特別な日だろ?」

「確かにそうですね。特別な日です。お互いに」

・・・・・・今日はお互いに特別な日

一方は良い意味で。もう一方には悪い意味で

「独り立ちの準備はできているのか?」

「元からそんなに物も無かったですし。あ、このプレゼント、開けても?」

「もちろんだ」

プレゼントといっても軽く袋に入れておいただけで包装紙に包んでいたわけでもないのですぐに開いた

「預金通帳に、携帯電話、これは・・・・・・判子?」

「それなぁ、悩んだんだが私と同じ名字で彫ってもらったんだが、気に入らないなら新しいのを買ってくれ。まだ市役所に持って行ってないから」

一応元保護者として、何かを繋げたかった

そんなもの、ただの枷にしかならないことはわかってはいたんだが、どうにも新しい姓を考えてやれなくて。結局私と同じ姓にしてしまった

「いえ、これを使うことにします。感謝します」

「礼など不要」

「失礼を承知で私から一つよろしいですか?」

「うん?なんだ」

「私を、その・・・・・・養子に、してほしいの」

・・・・・・そうきたか

「私は一言も独り立ちするなんて言ってないわ」

「そうだな」

「それに、その、あなたへの恩も返したいし」

「言ったはずだ。礼など不要だと」

「恩だけじゃないわ。私がそうしたいの」

「お前はこれから先、輝かしく煌びやかな闇に向かって進んでいく」

「闇?」

「一寸先は闇だ。だからこそ道の進み方を、私は教えた」

だからあとは、自分で進むだけだ

自分で進まなくてはならない

「行きなさい。未来へ」

「今まで、ありがとう、ございました」

今にも泣きそうなのを抑えた声で深々と下げた頭に背を向け、私は言う

「礼は不要だと、何度言えばわかるんだ。まったく、人の話を聞かん奴だな」

まったく、仕方のない奴だ

パタンと扉が閉まる

静かだ

二人で食べたケーキの残りをどうするかな

ワインもまだ残っているし、一人で飲み食いする量でもないしな。どうしたものか

ガチャリ

音がして、扉を見る

「なんだ?忘れ物か」

本当に仕方のない奴だな

「警察だ、〇〇だな。詐欺の容疑で身柄を拘束させてもらう」

ふむ。なんとか入れ違いだったようだな。丁度いい

「刑事さん、少し、手伝ってもらえませんか」

「何をだ」

「このケーキ、消化するの。このままだと少々勿体なくってね」

「このケーキは?」

「娘がね、誕生日だったんですよ」

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