その3 水曜日
翌日、水曜日、時刻は午前11時ちょうど、俺は『ハシモト電機』というロゴの入った薄汚いライトバンで、植木邸の前に横付けした。
勿論運転しているのは俺じゃない。ジョージだ。だが、俺も彼も、いつもの着慣れた私服じゃない。
二人とも薄いブルーのツナギに帽子を被っている。
普段、ドライバー以外で俺の仕事に関わらない彼だったが、今日ばかりは何故だか
無論ハシモト電機なんて店は存在しない。
依頼人が奥さんに、”いつもの電気屋が休みだから”という理由で臨時に頼んだと話を通したってわけだ。
え?
(お前さん、ただの探偵だろう?電気屋なら資格が必要じゃなかったのか?)
見損なっちゃいけない。
はばかりながら俺は陸上自衛隊で10年以上禄を
100の資格・・・・とまではいかないが、10くらいの資格は持っている。
パソコンは苦手だが、他の電化製品くらいなら何とかいじれる。
”実はご主人に頼まれまして、テレビと電話機の調子が悪いと伺ったものですから”
俺の言葉に、彼女・・・・つまり聡子夫人は何の疑いもなく家の中に上げてくれた。
俺とジョージは適当に修理をするふりをしながら、固定電話と三台ある子機、
それからテレビの裏側に、合計で八個の小型盗聴器を仕掛けた。
本来俺はこういうやり方を好まない。
盗聴なんて、
然しこの際だ。
四の五のいっちゃいられない。
腹を括るときには括るもんだ。
依頼人の植木氏も渋ってはいたものの、ようやく納得させることが出来た。
結局、半時間もかからず、盗聴器は全てセットし終わった。
俺たちは愛想よく見送ってくれた奥さんに何度も頭を下げ、十分に距離を取ってから(半径1キロ圏内の電波なら、十分に拾える)、車を近くの有料駐車場に入れる。
『ジョージ、いいか?』
ヘッドフォンを耳に当て、ライトバンの後ろの席に縮こまるようにして、トランシーバーのセッティングをしたジョージが、俺に向かって、
(OK!)というように、右手の親指を立てて見せた。
俺もヘッドフォンをして、トランシーバーから聞こえてくる音に神経を集中させる。
俺たちは午後11時、植木仁氏が帰宅するまで粘るつもりだ。
その間にかかってきた電話は合計10本。
外食産業の社長宅というのは忙しいものだ。
まずかかってきたのは長男からで”今日はサークルの飲み会があるから、夕食はいらない”という電話が一本。
次は長女から”授業が終わってから、友達と図書館で少し勉強してから帰る。夕食はウチでちゃんと食べるわ”という電話が一本。
どちらも携帯からだ。
あとは店のマネージャーから、”新作のメニューについて社長(植木氏)と相談をしたいので、家に戻ったら連絡を下さい”という電話。
ああ、何でも植木氏は携帯が嫌いで、よほど特別な場合を除き、使うことがないので、こうして固定電話が賑やかになるようだ。
他は聡子の友人(女性)から二本。
残りは公認会計士、保険の勧誘、間違い電話である。
『随分忙しい家だな。』ジョージがヘッドフォンを耳に当てたまま言った。
それから、夫の植木氏からもかかってきた。11時に帰ると言ったくせにわざわざ電話して、食事は家で摂るからという。最後に”愛してるよ。”だとさ。
俺たちは苦笑いしながら、顔を見合わせる。
問題は10本目だった。
”はい、植木でございます”
”お嬢さん、俺っすよ。分かってますか?”
低い男の声だった。
電話を取った聡子は、しばらく黙って何も答えなかった。
”本当に、本当に、後一回だけよ。そうしたら・・・・”
”分かってますよ。俺だってパクられるのは嫌ですからね。”
”いいわ、明日の午後十一時、銀座のM屋デパートね”
電話はそこで切れた。
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