その4 木曜日 前編

 木曜日、俺とジョージの凸凹コンビは又しても世田谷の植木邸の斜め向かいに、警官おまわりと近所の住人の目を気にしながら車・・・・今日は足回りのいい4WD車だ・・・・を停めて、門の前に視線を集中している。


 依頼人(夫)の仁氏はいつも通り、息子と娘も定刻より少し早く出てきた。


『しかし昨日のあの野郎、やっぱりあのかみさんの”コレ”なのかねえ?』 

 ステアリングの上に顎を載せ、ジョージが片手の小指を立てて見せる。


『さあな、今は分からん。しかしあの時、相手は”お嬢さん”といった。声の感じからすると、彼女より年下のように思える。”そういった関係”なら、”奥さん”と呼ぶか、名前で呼ぶかのどっちかだろう。それに彼女の声は何かに怯えているように思えた。不倫関係だとは・・・・』

『おい、ダンナ、出てきたぜ』

 時刻は午前10時かっきり、玄関から出てきた彼女、つまりは植木聡子が玄関を開けて出てきた。

 地味な紺色のパンツスーツに、同色の丸い帽子を被り、顔が半分隠れるようなサングラスをかけている。はっきりとは分からないが、垣間見える顔も、あまり化粧はしていない。

 階段を降り、門扉を開ける。

 ガレージから車?と思ったが、そのまま通りを歩きだした。

『気づかれずにつけてくれ』

『オーライ』

 彼女の歩調に合わせ、早すぎもせず、遅すぎもしないほどのスピードで、後をつける。


大通りに出ると、彼女は歩道の端に立ち、流しのタクシーを探した。


 この時間帯だ、空車を見つけるのは中々難しかったが、それでも何とか黄色のボディーにチェックのラインが入ったタクシーが止まった。

『”東京チェッカー”だな』

 ジョージが呟く。

『行く先は銀座のM屋百貨店だ。見失うなよ』


 俺の言葉にジョージは、

『俺を誰だと思ってるんだ?ダンナ。東京一、いや、日本一の走り屋だぜ』


 彼はそういうと、ギアをローからセカンドに入れ、タクシーを負い始めた。

◇◇◇◇◇

 M百貨店に着いたのは、かっきり午前11時。


 聡子は正面入り口前で停車させると、降車して歩道を横切って、建物の方に歩いてゆく。

 俺は少し離れて停車させ、車から降りるとジョージに、

『済まんがここから先は俺一人でやる』というと、彼はにやりと笑い、

『水臭いぜ。ダンナ、最後まで付き合うさ。俺だって結構、好奇心が旺盛な方でね』

 と言ってから、車を立駐に回してくると言って、そのまま走り去った。


 流石、東京一のプロドライバーだ。

 この銀座の混雑の中、どうやったのか知らないが、ものの五分もしないうちに、

『車を入れてきたよ』と、口笛を吹きながら俺の前に現れた。


 例の何とかウィルスは収束していたから、銀座は久々の混雑だ。


 芋を洗うとまではゆかないが、百貨店の中はウィークデーだというのに、結構な賑わいを見せている。


 俺たち二人は彼女を見失わないように、人ごみの中を縫って歩く。


 エスカレーターに五~六人の距離を取って、上へ上へと昇ってゆく。


 やがて五階のフロアに着いた。

『特別催事場』というプレートが、天井から下がっている。


 中は着飾った客、それも殆どが女性、それもどう見ても、

『そこそこお金を持っていますわよ』というタイプの奥様たちだらけだった。


 無理もあるまい。

 その日は、

『宝飾品展示即売会』だったのだ。

 品物には問題はないが、いささかグレードの落ちるという宝飾品がお手頃価格で売りに出されている、というわけだ。


 聡子はエスカレーターを降りると、辺りを一通り見まわす。


 すると、そこに”あの男”がいた。


 背が高く、ほっそりした顔立ちの若い男・・・・薄いグレーのジャケットに、チェックのシャツ。

 彼は柱にもたれ、彼女の姿を確認すると、かけていたサングラスをずり下げ、目で合図を送った。

彼女は男の顔をほんの少しだけ見て、何食わぬ顔で前を通り過ぎる。


 彼女の目が二~三人前の派手なワンピースを着た五十がらみの女性に向く。人垣を縫うようにして近づく。

彼女の後には、あのノッポの若い男が続いた。

 俺はジョージに目配せをすると、彼は頷き、すっと横に離れる。

 ワンピースの女性はショーケースの宝飾品に夢中で気づかない。

 そのすぐ横を聡子はすり抜けた。


 俺は見逃さなかった。


 彼女の手が女の肩から下げていたバッグの口金にかかったのを。


 



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