やりたいことリスト

DAT(Rabbits' Ear Can

やりたいことリスト

 僕の趣味は、やりたいことリストを作ることだ。観たい映画や行きたい場所、やりたいことはなんでもリストに入れておく。

 もともとは一日のタスクやスーパーで買う物などを携帯のアプリに細かくリストアップしていたのだが、それの延長で今では、"読みたい文庫本リスト"、"カラオケでマスターする曲リスト"、それから"食べにいきたいご当地ラーメンリスト"まである。

 もちろんリストは作るだけではなく、ちゃんと実行もしている。やりたいことの横にある四角いマークにチェックを入れる瞬間が、何よりの快感である。

 その中でも僕にとって一番重要なのは、成し遂げたい目標を年単位でつけているリストだ。誕生日の夜に次の1年間に達成したいことを考え、リストアップする。


 今日、僕は24歳の誕生日を迎えた。平日だったけど、仕事終わりに彼女が最寄り駅まで来てくれていた。僕はニヤつく彼女に手を引かれ、普段通ることのない裏道へと連れて行かれた。細い道のどん詰まりにあったのは、小さな沖縄料理屋だった。

 彼女はわざわざ予約してくれていたらしいが、お客は僕らと1人で飲んでいるおじさんだけだった。沖縄は僕の生まれ故郷でもないし、特段好きな訳でも無い。だけど確かに何か特別な日じゃないと行かない種類の店かもしれないと思った。

 沖縄料理と言われても、ゴーヤチャンプルーか島豆腐くらいしか思い浮かばなかった。独特な味付けのイメージがあったが、思っていたより美味しくて驚いた。特にナーベラなんとかっていうヘチマの煮物は、僕の"死ぬまでにもう一度食べたいものリスト"に入った。それでも、誕生日ケーキがサーターアンダギーっていうのはどうかと思ったけど。


 一人暮らしの僕のアパートで、彼女がお風呂に入っている。今のうちに1年間のリストを作ってしまおう。僕は6月始まりの新品の手帳を取り出し、後ろにあるメモ欄を開いた。


⬜︎ 宅地建物取引士の資格を取る。

⬜︎ 車を買う。

⬜︎ リビングの断捨離をする。


 彼女はとっくに髪も乾かし終え、僕の手元を後ろから覗き込もうとしていた。僕が隠すように体をずらすと、口を尖らせて寝室へ行ってしまった。早くリストを完成させなければ。でも、この作業は僕にとって非常に重要な物なのだ。これの出来が僕の1年を占うと言ってもいい。


⬜︎ メガネをやめてコンタクトにする。

⬜︎ 行きつけの美容院をつくる。

⬜︎ 彼女に同棲の話を切り出す。


 最後の1項目を書く間、無意識に呼吸を止めてしまっていたようだ。いささか筆圧の高い文字列になってしまった。でもまぁ、これくらいの意気込みで書くからこそ、これまでの年間リストは全て完遂できたのである。

 僕はゆっくりと手帳を閉じて、彼女の待つ寝室へと向かった。この時の僕は、これが初めて最後まで達成することができないリストになるなんて、夢にも思っていなかった。


 次の誕生日を迎える3ヶ月前、僕は彼女と納品されたばかりの車でドライブに出かけた。この時、まだチェックマークを入れられていないのはあと1項目だけだった。僕はこの日にそれを完遂させるつもりでいた。

 だけど、僕たちは些細なことで喧嘩になり、彼女は途中で帰ってしまった。冬も終わりに近づき、柔らかい表情になってきた青空は、あっという間に曇天へと変化した。ぽつぽつとフロントガラスに落ち始めた雨粒が、僕の心をそのまま映し出しているような気がして一番堪えた。

 雨の音が次第に大きくなる。僕はハッとして外を見た。急に1人で帰った彼女が心配になったからだ。ここから駅まではそう遠くはないが、もちろん彼女は傘を持っていない。

 僕はギアをDに入れ、駅に向かって急いだ。


 結局この日のせいで、僕は一番大事なリストだけでなく、他のものまで中断せざるを得なくなったのだった。リストを完遂させていくことだけが唯一の趣味であり、僕の生きがいでもあったのに。ここで完遂記録をストップさせてしまうことも非常に残念でならなかった。

 でも僕は、基本的には前向き思考だ。やりたいことはまだまだ残っている。これから記録を伸ばしていけばいいだけではないか。

 そうして僕は、奥のほうにしまっておいた古い手帳を取り出す。記入したのは随分前だから、少し埃っぽい。本当に、"死んだらやりたいことリスト"も制作しておいてよかったと思う。まずは泣いている彼女を慰める方法を探すという項目から埋めていこう。


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